お近づきに
「さて、君はなんて言うのかな」
キトルの視線から逃れるようにずずず……と座る位置をずらしていた私に、ファソンがにっこり問うてきた。そういえばまだ自分の自己紹介をすませていなかった。
「シエンです。今年で18になります」
「シエンちゃんだね。ちょっと遠いお向かいさんってことで、仲良くしてね」
あまり遊びに来る気はないものだから、とりあえず苦笑いしながら頷いた。すると先ほどからずっと横に控えていたチャーリーもこちらに笑いかけてくる。
「僕らは20代半ばくらいです! それと、男3人のむさ苦しいお家ですけど、家畜の肉も有り余ってますので、是非食べるついでに遊びに来てくださいね、シエン様!」
あまりに適当な年齢紹介に突っ込むことも忘れるくらい、私は突然の様付けにぎょっとした。初対面の相手、しかも上下関係などはなく、ただのお向かいさんに様付けで呼ばれたのは初めてだ。
「え、と。シエン、でいいので……」
苦笑いのままお願いしてみるが、チャーリーは何故か引こうとしない。
「いいえ、僕は貴女の下僕ですから! 僕のことはどうぞチャーリーと呼び捨ててください!」
そう嬉しそうに言うチャーリーは、頬を染め、何故か照れている。
「……。ファソンさん。この人どっかおかしいです」
先ほどキトルの視線から逃れるためにずらした位置を、今度はチャーリーから離れるために左にそそそっと移動させる。
「あはは、シエンちゃんたら、確定形で話すんだねぇ。だけどそれが彼の通常運転だから」
「こいつに名前をつけたんだから責任取って下僕になって貰え」
ファソンが笑顔で、キトルが不機嫌そうな顔のままで、チャーリーから逃れられないことを告げる。(犬猫か!)と心の中で突っ込みながら、ごほん、と咳払いする。
「えーっと。どおーしてもお肉が食べたくなったら来ますね?」
だがチャーリーはそんな遠慮はなんのその。
「そんなご遠慮なさらずに! 毎日来てくださって構いませんよ! 僕らはそんなにお肉食べないので、いつでも、幾らでも!」
「あ、はい。本当、たまに……」
(あれ? 自分達で食べないって、何の為に鳥と豚飼ってんだろう。売る用? でもそれじゃあ迷惑じゃ……)
「勿論お隣さんとお近づきになる用だから遠慮はいらないよ」
「心読まれた!?」
声に出してはいないはずの心の声に返ってきた言葉に、先ほどよりもぎょっとする。が、ファソンはニコッと笑ったままそれ以上は何も言わない。代わりにキトルが言葉を継いだ。
「……まぁこういう面白3人組、という訳だ。好きな時に好きなように来れば良い。大体この家の中に居るか、外で家畜の世話をしているかだからな」
「あ、はい、ありがとうございます。あ。そういえば、本業は何を?」
お向かいさんとなるからには、相手の素性は知っておいたほうが良い。変態紳士が居るならなおの事である。すると、すかさずチャーリーが、ついに私の膝前にひざまずき、その手をスッと取って満面の笑みで言い放った。
「貴女の下僕ですッ!!!」
「ファソンさん」
目の前の男は最早居ないものとして、向かいに座るファソンに回答を求めた。
「早くもスルースキルを身に付けたね。そうだね、僕らはネット関係の仕事をしているよ。だから一見無職に見えるけれど、きちんと働いているから心配しないで?」
ね?とファソンに首を傾げて言われると、思わず納得してしまいそうになる。
「確かにネット関係の仕事って一見無職の引きこもりに見えますよね。私もネット関係なんですけど、気付くと1週間……。って、そうじゃなくて! 私はお仕事の中身を、」
ネット関係の仕事なんてごまんとある。その中身が何なのかによっては、これからのお付き合いを慎重に検討しなくてはいけない。問い質そうとすると、私の両手を包んだ状態のままのチャーリーがいきなり感無量といった声をあげた。
「あぁっ、そんなに僕の事を気に掛けてくださるんですね、シエン様! 貴女の為なら、僕は、僕は、何枚だって脱ぎます!!」
「何故!? 何故脱ぐんですか!? え、あ、脱がなくていいですからっ! 脱がないで、脱がないでってば! 本当、脱がないで! もぉおっ近寄るな変態ぃいっ!!!!!」
その後も「何故そんな行動に出るの!?」と問いたくなるようなチャーリーの変態行動によって、私の質問は無かったことになってしまったのだった。
あれ、私の幸せ田舎生活は一体どこに行ったのだろう。