挨拶に
「あ、れ……?」
いつの間にか、川の向こうに大きめのウッドハウスが建っていた。煙突からは煙が上がっていて、既に人が住んでいることが見て取れる。窓越しにそれを発見した私は、眉間に皺を寄せた。先ほどまで睨めっこしていたパソコンの前から立ち上がり、窓辺によって凝視してみるが、その光景は変わらない。
「うわぁ、いつの間に……。私何日外に出て無かったっけ。あの家運んできたのかなぁ……。いや、そうだよ、運んで来たに決まってるじゃない。組み立てていた期間ずっと気付かなかったとか、いくら引きこもりとは言え、そんな筈ないし、有り得ないし!!」
無理矢理自分に言い聞かせ大きく頷きながら、そそくさとキッチンへと移動し、業務用かと見紛う大きな冷蔵庫に手を掛けた。
「……おおっ?」
しかしその冷蔵庫の中はすっからかんだった。この大きさの冷蔵庫が空とは、本当に軽く数週間は引きこもっていたのかもしれない。ネット上の仕事をしているから滅多に外に出る必要はないと高をくくっていた。
「いや、しかしこれはまずいぞ。食料が尽きたらさすがに死ぬ……」
こんなところで死んだら、そのまま白骨化間違いなしだ。気付いてくれる人が居るとは思えない。
「うぅ、仕方ない。久々の日光浴兼食料確保の外出ついでに、私の夢の世界をぶち壊しそうなお向かいさんに挨拶しにいくか……!」
せっかくの悠々自適な生活にひびが入るのは残念だが、だからといって一度目に入ったものを無視するわけにもいかない。それにこのままいくと、人間との会話方法を忘れそうなので、これは久しぶりに人語を交わす丁度良い機会だ。
ぐーっと背伸びをして身体をほぐしてから、とりあえずシャワーを浴びに行くことにした。最後に入ったのがいつか、ちょっとばかし記憶があやふやだったから。
「うわぁ鳥さんと豚さん」
お土産にと集落で買ってきた赤ワインを片手に、お向かいさん家の前まで来ていた。自宅の窓からは見えなかったが、お向かいさん家の影になるところでは、数羽の鳥と何匹かの豚が飼われていた。多分食用。
(そういえば最近お肉食べてなかったな、美味しそう……)
「って違った! 挨拶しに来たんだった!」
危うく本能に流されるところだった。爛々と輝いていた自分の目を落ち着かせ、低いところで2つに結わえた黒髪を揺らしながら、木製の階段を上って玄関のドアをノックした。木製のドアは、コンコンッとノックを気持ちよく反響させる。すると中から「はぁい、ちょっと待ってくださいねー」と、若い男性の声がした。
(男の人、なのか……)
自分の格好を確認する。チェック柄のシャツと黒のショートパンツ。先程自宅で着ていた、びろんびろんの部屋着より100倍マシだ。大丈夫、多分、大丈夫だろう。そうやって不安にしていると、「お待たせしましたー」と、ドアがギィッと外向きに開いた。ハッとなって、咄嗟に笑顔を作って挨拶しようとした。
「こんにちは、川向かいに暮らしているシエンで、」
「あぁなんて可愛らしい方なんですか!!」
突然熱い抱擁を受け、一瞬意識が飛びかけた。
大変だ、お向かいさんは変態さんだっ!!