つまり、「サリュエナの場合7」
クレアが駆け出て行った入口を茫然と見つめていると、トニアがパンパンッと手を叩く音が店内に響いた。
「はいはーい、なんか修羅場みたいだから、今日はこの辺で閉店するね。わざわざ来てくれたのにごめんね、また来てね!」
有無を言わせない笑顔を顔に貼り付け、トニアはカウンターから出て、女性達を入口に誘導しにかかる。残念そうな声をあげる女性が多いが、トニアは「ごめんね」とだけ謝り、次々に女性を帰らせる。最後の女性を帰らせ、トニアが私に代わって鍵を掛けようとした時だった。トニアがドアの外の何かに気が付いたように動きを止めた。
「今度は何ですか? っていうか修羅場って何ですか……誰のせいですか誰の!」
私は事を大きくした張本人に詰め寄りながら、一緒にドアの外を確認しようと入口に近づいた。するとそこには見覚えのある人影が2つ立っていた。
「あら?」
「あぁ、こんにちは」
気まずそうに会釈して挨拶してきたのは、ベルとその友人であるオットーだった。
何故私がオットーを知っているかと言うと、あの防犯訓練の際に、事前にベルの交友関係を確認していたからであり、かつ実際にオットーも襲撃していたからである。オットー自身は覚えていないかと思ったが、彼が私と目が合った瞬間「げ」という顔をしたから、それはそれは素晴らしい印象で覚えてもらっているのだろう。本人には確認しない。
「どうしたんですか、こんなところで」
ベルがクレアとこの店に来たことは何度かあるが、男2人で来たことは無い。
「いや、今、クレア来ましたよね……?」
ベルが苦笑いしながら尋ねる。
「来ました、が、帰りました……」
「あー、ですよね……。いや、すぐそこですれ違ったんですが、なんか只ならぬ雰囲気だったので……。あの動揺っぷりはサリュエナさんかな、って。ですからもし失礼をしてたなら謝ろうかと」
私は「ふんふん」と話を聞いていた。が、ちょっと待ってほしい。どうして「サリュエナの店の近くですれ違った妹の只ならぬ雰囲気」がそのまま「サリュエナ絡みの出来事」に変換されるのだろうか。店の近くで見かけただけで、私が絡んでいると断定する根拠は何なのだろうか。
「失礼なんてそんな事はありませんよ。……ところでどうして私絡みだと?」
疑問をそのまま口にすると、ベルはひくっと口元をひきつらせた。
「……普段からサリュエナさんがお義姉さまだったら、って熱を込めて言ってましたから」
なるほど納得。知らないのは当の私だけだったんですね。クレアの兄まで知っていたとは、恐るべし、シューベン家。
「それで? 君達は何してるの? 男2人でデート?」
少し引き気味の私を差し置いて、トニアがふざけてからかうと、オットーが物凄く嫌そうな顔をして吐き捨てた。
「ふざけるなよ気持ち悪い。部活帰りだ」
「ちょっとトニア! 失礼な事言わないで下さいっ。初対面なのに失礼ですよ!」
私が慌ててトニアの袖を引いてけん制すると、トニアは「ごっめーん」と軽く謝った。そのあまりの軽さに私がトニアを再度叱責しようとすると、トニアが「でもなぁ」と零した。
「初対面じゃないからなぁ」
予想外の言葉に、私は思わず「は?」と間抜けな声を漏らしてしまった。
「ベルも実家によく遊びに来てたし、俺今ここに初対面居ないからなぁ」
「は?」
「ん? あれ? 言ってなかった?」
トニアは首をかしげる。私が遠慮がちに「何を?」と尋ねると、トニアは「あー、っと」と声をあげながら、オットーの隣へと移動した。そしてあっけらかんと言い放った。
「こいつオットー・マーケティア。俺の弟」
「あ、そうだったんですか」
「うん」
「……お前に弟が居たなど聞いていないぞ、トニア・マーケティア!!」
私はつい汚い言葉遣いで叫んだ。
「おおっと!? ちょい待てちょい待て! そんな怒る事か!?」
突然叫んだ私に、ビクッと身を震わしたトニアは、サササッとオットーの後ろに身を隠した。デカい軍人がそんな事をして身を隠し切れるわけがないのだが、今はそんな滑稽な様子に突っ込む余裕はない。
「怒ってるんじゃないですよ!」
そう、怒っているわけではない。ただオットー・マーケティアという人物の登場で、先ほどまで不明瞭だったアレやコレが一気に繋がり、思わず叫ばずにいられなかったのだ。
思い出してほしい、あの、グラン隊長からの手紙を。
『……ついては、今この手紙を持って来た目の前の男などはどうだろうか。私の部下であり且つお前の知り顔――しかも同期――の中では、特に優秀だし信頼のおける人間だ。それに歳も近いし女癖も悪くない。かなりの好物件だと踏んでいる。だがお前が年上が嫌と言うならば、年下にも当てがあるので、遠慮なく申しつけるように――』
そう、『……だがお前が年上が嫌と言うならば、年下にも当てがあるので、遠慮なく申しつけるように――』という、この一文である。さっきこの手紙を読んだ時はさして気にならなかった。しかし、これは、
(オットーの事ですよね……!?)
今の所、私とグラン隊長の両名が知っている年下はオットーしかいない。これはもう、オットーしか考えられない。私がトニアの弟の存在を知らなかったからと言って、グラン隊長が部下であるトニアの家族構成を知らないとは限らない。そしてトニアを推すグラン隊長が、彼と同じ血を引くオットーに目を付けないとは思えない。そのオットーが、私の知り合いであるベルの友人なら尚更だ。
「あああ、もぉおお……」
あの防犯訓練は、結婚騒動を引き起こす為の引き金だとばかり思っていたが、それだけでは終わらなかったわけだ。つまり、グラン隊長の目を付けた「年下の当て」であるオットーと、私を顔見知りにさせる絶好の機会だったのだ。なんて用意周到なのだろう。我が元上司とはいえ、末恐ろしい。今の所シューベン家より恐ろしい。私は思わず頭を抱えて、――事態が把握できていない男共をその場に残して――無言で店内へと踵を返した。
だがオットーには先ほど「げ」という顔をされたのだから、グラン隊長の思惑は出鼻をくじかれたはずだ。それだけが私の唯一の希望。
……くじかれた、はず。