怒涛、「サリュエナの場合6」
「それで、いつまでいらっしゃるんですか?」
私は眉間に皺を寄せながらトニアにせっついた。しかし当人はカウンターの中の椅子にしっかりと腰をおろし、一向に帰る素振りを見せない。くつろいでいく気満々である。
「そんなに居て欲しくないの?」
トニアは苦笑いしながら頬杖をついて小首を傾げる。女性がしたなら可愛い行為だが、25歳の立派な男軍人がしても何ら可愛い要素は無い。幾ら明るくて和やかな雰囲気を持つ人物であろうと、そこに可愛らしさはこれっぽっちもない。私はイライラを抑えきれず、声を荒げた。
「何度言わせるんです! ここは女性に愛される場末のアンティーク店だって説明したじゃないですか! 朝からがたいのいい軍人が居るなんて、どう考えても不似合なんです!」
それだけではない。この店の中は、棚や椅子、テーブル等を使い、客が次々に商品に目移りするよう、部屋全体で商品をディスプレイしている。その為、足元にも商品が置かれており、決して動き回りやすいとは言えない。そんな場所に大の男が居るのは、幾らカウンターの中とはいえ、邪魔だし危ない。
「俺、隊長に今日1日はサリューの手伝いしろ、って命令されてきたし。帰るわけにもねぇ? 上司命令は絶対だろ?」
「ぐっ……」
それを言われたらおしまいだ。やるからにはとことんやる、それが我らが隊長、グラン・マホット。現在直属の部下でなくなったとはいえ、悲しいかな、私はかつての上司且つ師匠に刃向う根性等持ち合わせていない。
「本当に面倒なことに……。あぁ、もうっ、じゃあとりあえずその上着だけでも脱いでください。上着が無ければまぁ、軍人にはそうそう見えないでしょう」
私が妥協案をあげると、トニアが何やら思案する。そして何か思いついたように、ポンッと手を打ってこう提案した。
「上目づかいで「トーニャ、脱いで?」ってお願いし、」
「とっとと脱ぎなさい! 居ることは許してあげますから!」
「言い方ひっどーい」
「あとカウンターから出ないで下さい、邪魔なので」
ぴしり、と言い切ると、カウンターの中からこれまた「ひどー」と気の抜けた声があがった。しかし開店時間が迫っていたため、私はとりあえず無視して開店の準備を進めることにした。
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ここは場末のアンティーク店。営業日も不定期で、そんなにドッとお客さんが押し寄せることは無い。だというのに、今日のこの盛況ぶりはどうしたものか。
「お兄さんって、いつも居るんですか?」
「んーん。今日だけの助っ人なんだー。だから、何か買ってくれると嬉しいなぁ。助っ人に来たのに売上悪いと、お兄さん怒られちゃうからさ。あ、お嬢さんにはそっちの赤薔薇のブローチが似合うと思うよ。あぁ、ほら良いね。お嬢さんの可愛らしさに磨きがかかった」
「か、買います!」
「お兄さんお兄さんっ、私はどれが似合いますかっ?」
「んー? っとねぇ、」
きゃっきゃと騒ぐ少女達を尻目に、私は店の奥に引きこもり、さっき握りしめた手紙を伸ばす作業を延々と続けていた。1度皺の寄った紙が元通りになるはずもないが、他にやることが無いので仕方ない。当のトニアは依然としてカウンターの中から動かないものの、店内の女性達にヘラヘラと笑顔を振りまいている。普段より柔らかい口調で、普段より優しく笑い、さりげなく女性達を褒めながら、スルッと物を買わせている。売上を上げてくれるのは嬉しいが、なんだか悪い商売をしている気分になる。
(今日は早めにお店閉めようかな……)
自分の店があまりうるさいのも得意ではない。こぢんまりとした雰囲気で細々とやるのが1番楽なのだ。私はよいしょ、と腰を上げ、表の看板を書き直す為、カウンター横から身を乗り出した。すると。
「サリュエナさんっ!」
「あ、あら? クレアさん」
カウンターに群がる女性達から1歩離れた位置に、緋色のワンピースを身にまとったクレアが立っていた。そういえば今日店を開けると事前に連絡していた気がする。
「あぁ、サリュエナさん! 私、サリュエナさんが見当たらないから、お店を譲っちゃったのかと思って……」
そう言ってクレアはちらっとカウンターのトニアに視線をやった。知り合いの店に来たら、見ず知らずの男がカウンターを乗っ取っていたので驚いたのだろう。
「心配させてすみません。ちょっと奥の方で作業をしていて……」
作業と言うほどの作業でも無かったが、要らない事は言わず、クレアに対応する。だがクレアの視線はトニアに投げられたままだ。やはりカウンターを乗っ取るあの男が気になるのだろう。少し濁してでも紹介しなくてはいけないか、と、私が口を開こうとした時だった。
「あの人、恋人さんですか……?」
クレアの絞り出された声に、店の中が一瞬でシンッと静まり返った。
「……はいっ?」
理解が追い付かなかった私は、素っ頓狂な声をあげてしまう。しかしクレアは私の反応を気にする余裕もないのか、グイッと詰め寄って問い詰めてくる。
「もしかして、恋人さんなんですか?! カウンターを任せてるってことは、それなりに信頼してる方なんですよね……!? 私、私っ、サリュエナさんはシューベンの家に嫁いでくれるんだとばかり……!!」
「ちょ、ちょっと待ってください? クレアさん、話がよく見えないのですが……!」
私は突然の展開に混乱しながらも、なんとかクレアを落ち着けようとする。恋人だという発想も驚きだが、私がシューベン家に嫁ぐ事が確定していた事も驚きだ。だが私の行動を邪魔するかのように、離れたところから間の抜けた声が上がった。
「俺サリュエナの恋人だったのかー」
先ほどまでこちらを傍観していたトニアだ。なぜこうもタイミングが悪いのか。いや、タイミングが悪いという事ではない。多分本人はこの状況を楽しんで、わざとやっている。
「余計な事言わないで下さい! クレアさん、違うのですよ!? あの人はっ、」
トニアに一喝入れて、私はさっきよりも慌てて訂正に入ろうとする。が、トニアの声に触発されたクレアの行動の方が早かった。
「っ……! サリュエナさんは私のお義姉さまになる予定でしたのにぃっ!!」
バッと身を翻したクレアは、この狭い店を涙ながらに駆け出て行ってしまった。引き留めようとした私の片手は行き場を無くし、空中で止まったままとなってしまった。
「一体何なの……?」
今日は怒涛の1日だった、と締め括りたかったのだが、まだ日は高い。これからまた何が起こるのかと思うと、気が気ではなかった。




