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詰め合わせ。  作者: ゆきみね
愉快なシューベン家と共に!
15/42

学校で、「ベルの場合3:前」

 7月ともなると、閉めきった体育館はジメジメと暑いもので、誰もが出来る事なら早々に退出したいと思っているだろう。だがそんな不快な温度に包まれた体育館には、全校生徒約600人がジャージ姿で待機させられていた。何故朝からこんな目に遭っているのか。

 俺達は長期休暇前の定例行事、防犯訓練の事前説明の為に体育館に集められていた。しかし担当教師が「あ、説明資料忘れてきちゃった! みんなちょっと待っててぇ」等と言って、一旦職員室に戻ってしまったのだ。そしてかれこれ30分も帰ってこない為、このような苦行を強いられているのである。

全員が全員、心の中で(忘れたんじゃなくて無くしたんだろ……)と毒を吐きながらも、あえて口には出さず、隣同士でおしゃべりをして何とか時間を潰していた。

「朝から面倒くさいこと、この上ない。あっつーい」

 耐えかねたオットーが、体育座りした足に顔を埋めながら左隣でぶつぶつと文句を言っていた。オットーは、3年間クラスも部活も一緒の何かと縁がある友人だ。顎まで伸びる少しウェーブがかかった黒髪と、右目の下の無きぼくろが特徴的な、どこか気だるげな奴である。どことなくどっかの兄に似ている気がするのは、気にしないでおく。

 俺は「めんどうくさーい」と連呼する友人の横で、ポケットに潜ませていた包みからクッキーを取り出し、パリッ、とかじった。かじった瞬間、ふわりと甘い匂いが口内に広まる。次いでもう1枚口の中に放り込む。

「はっ! 甘い匂い! ベル何それ!」

 オットーがぐりんっと顔を回転させ、こちらを期待に溢れた目で見てきた。

「悪い、もう食べきった」

 パンパンっと手を払い、空になった包みをジャージのポケットに押し込む。小さなクッキーだったからすぐ食べきってしまったのは仕方ないが、食べる前に一応聞いておくべきだったかもしれない。

「ずるいなぁ。っていうか、それあの有名な店のだろ? 壁がピンクの。男が入るのは結構勇気いるけど、美味いんだよなぁ」

「クレアが好きなんだ。今日寝坊して朝飯食べ損ねたら、学校来る前にくれた」

「妹とかいるといいよね。今度俺にもちょうだ、」

「クレアちゃんとお付き合いさせてくださいお兄さん!」

 突然オットーの隣から熱のこもった声が上がった。俺はその声にげんなりしながら、オットーを超えて近づいてくる顔を、掌いっぱい使ってベシッと制止した。

「近寄るな、ただでさえ暑苦しいのに」

「お兄さんんんっ」

「キィルうっせ」

 オットーが不愉快そうに、キィルと呼んだその男子に蹴りを入れる。キィルは、ツンツンと尖らせた黒髪に黒縁眼鏡の、一見真面目そうな学生だ。だがそれは一見だけである。化けの皮をはがしてみれば、どっかの兄より女遊びの激しい超級のプレーボーイだ。1週間で彼女が変わることなど稀ではない。今度は今年入学したばかりのクレアに目を付けているらしい。

「お兄さんじゃないし。そもそも俺に言うな」

「近づこうとすると何故かお前が居る」

 どうしてだか分からない、と真面目な顔でキィルが食い下がってくるが、オットーが心底面倒くさそうに「けん制されてんだよ気付け」ともう一度蹴りを入れる。キィルからグフッと鈍い音が漏れ、そのまま静かになった。俺は屍と化したキィルに心の中で合掌しながら、オットーに向き直る。

「座ったまま蹴れるんだから、オットーは器用だよな」

「要は慣れだ」

 オットーの目がきらり、と光り、思わず苦笑が漏れた。

ピクリともしないキィルの事はそのまま放っておき、俺達が色々と話に花を咲かせていると、突然体育館後方から「ごめんなさぁい!」とテンションの高い声があがった。その場にいた全員が反射的に後ろを振り返ると、体育館の入口に、この防犯訓練の説明担当の女性教師がいた。やっとのご登場である。

「本当ごめんなさいねぇ。見つからないと思ったら、お弁当の下にあったわぁ」

 全体に声がいきわたるようにマイクを掴んだその反対の手には、薄い紙が1枚だけ。たったあれだけの紙に収まる情報の為に30分以上も待たされたのか。(その位の情報暗記しとけよ……)と、これまた皆が心の中で思ったのは言うまでもない。だが女性教師は暢気にその薄っぺら1枚を読み上げる。

「えぇと。今日は皆大好き防犯訓練です。そもそもうちの学校は、試験的に年齢でクラス分けをしてる数少ない学校よね? つまり、16~18歳までのうら若い子ども達しかいないわけで、危ない思考の人達の標的になりやすいのよねぇ。だから今日は1日いっぱい使って防犯訓練します。覚悟してね! で、女子全員と、体育がC評価以下の文化部男子はA棟の実習室に集合してちょうだい。実際の映像を見た後、初歩的な護身術の練習をします。それ以外の運動部男子と、体育B評価以上の文化部男子は、校庭に集合するように! 説明はその場でしますから。以上でーすっ」

 あまりにさっぱりとした説明をし終え、女性教師は満足したようににっこり笑って、早々に体育館から出て行った。それを合図に周りの生徒ががやがやと動きだす。俺達もその動きに合わせ、よっこらせ、と腰をあげた。運動部の生徒が何となく同じ場所に集まって来て、塊になりながら一緒に玄関に向かって歩き出す。

「なぁ、俺達何すんの?」

「体力で分けたんだから、雑用とかじゃん?」

「護身術の初歩とか生ぬるいことするよりはいっかぁ」

「俺雑用より身体動かしてぇ」

「僕は帰りたいんだけど」

「サボると欠席つくってさ」

「マジかー」

 各々好き勝手に自分の意見を言いながら、俺達は陽が照る校庭へのろのろと移動した。



**



 校庭に出てみると、老教師が木陰の下で待機していた。

「いやはや、みなさん来るのが遅いですよぉ」

 老教師が間延びした声で不満をたらす。が、すぐに「暑いですから皆さんも好きな陰に入ってくださいねぇ」と手招きして、生徒を移動させた。

「これで全員すかねぇ? では説明を始めますよ。ここにいる体力のある皆さんには、実際に不審者に対応してもらいます」

「……実際に対応?」

 生徒の中から、「先生意味がわかりません」という声が上がる。老教師が「ううんとですねぇ」と詳しく説明をし直す。

「手配した不審者役の方が校内のどこかに居ますので、ばったり出くわしたら、どうにか対応してください。実際にどうすればいいか、考えながら実行して経験してもらうっていう訓練です。だから逃げちゃだめですよぅ。逃げたら補習です」

 生徒たちの間に、体育館に居た時とは明らかに違う質のざわめきが生じた。

「先生、それ、マジですか……」

 文化部でありながら、B評価でギリギリこのグループに放り込まれたキィルが、恐る恐る質問する。

「体力のある男子が「きゃあ助けてぇ」なんていう練習するよりは、「きゃあ助けてぇ」と叫ぶ子を助ける方法を実際に学んだ方が、実用的だしかっこいいでしょう?」

 キィルは「なるほど!」と即座に納得する。キィルのことだから、「かっこいい」のところだけで納得したのだろう。「かっこいい」かどうかは置いておいて、確かに実際に体験する機会があるのはいいことかもしれない。と、俺が自分に言い聞かせようとしたら。

「それに毎年同じ防犯訓練してたら飽きるじゃないですかぁ」

 はい、教師陣の本音が丸聞こえしました。ただの教師陣の暇つぶしじゃないか。実用的などとは、後から取ってつけた理由というわけだ。

「新しい事を取り入れるのは、いつだって大事な事ですからねぇ。それと、不審者の方は、下はピチピチの20歳から、上はムキムキの65歳まで、より取り見取りですからぁ、好きな人に襲われてくださいねぇ」

 老教師の発言に、ざわざわとうるさくしていた学生たちの間に笑いが零れた。「どうせボランティアとか警邏隊のおっちゃんだろ?」「その位ならさ、数で勝てそうじゃねぇ?」「若い人なら勝てんじゃないか?」「いや、ムキムキとか言うけど、意外にお年寄りの方が勝てるかもしれんぞ」等と、各自が勝ちを想像して一瞬和んだ、次の瞬間。老教師がゴホン、と意味あり気に咳払いをした。生徒達の視線がザッと老教師の笑顔に集まる。

「いいですか、説明を続けますよぉ。今から10分後に不審者を放ちますので、とりあえず校内に散らばってください。因みに」

「ち、因みに……?」

 勇気あるどこかの運動部員が、老教師の言葉の先を促す。

「因みに、全員退役軍人ですので、数で勝とうなどとせず、とりあえず気を付けてくださいねぇ。はい、スタートォ」

「ちっ、くしょぉおおおおおおおっ!!!」

 俺達は、叫ぶと同時に、一斉に校内に散らばっていった。


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