そして、「サリュエナの場合4」
私は今シューベン家の応接間に居る。ふかふかしたソファに腰かけていて、隣にはロイが座っている。そのロイと言えば、シューベン家に帰って来てからずっと黙りっぱなしで、私の傷の手当をしてくれていた。
(手当をしてくださるのは嬉しいです。私も色々混乱してますから、考える時間があるのも嬉しいです。でも、でもこんな重たい空気、耐えられない……!)
私は手当を受けていない右手をぎゅっと握りしめた。
応接間に居るのはロイと自分だけ。ティーは「僕平気だし、宿題やんなきゃだから!」とさっさと逃げてしまった。玄関で鉢合わせし、弟だと紹介されたクイットさんは、ロイが「自分でどうにか出来ますから!」と謎の言葉と共に他の部屋へと追い払ってしまった。
(ここは、私から切り出した方がよいのでしょうか……)
不確定要素が多すぎるので、出来れば自分から話し出して墓穴を掘るような事はしたくない。しかしだからと言ってこのシンッとした空気に耐え続けるのも辛かった。
「え、えっと」
意を決してロイに話しかけた。包帯を巻き終え、もう用は無いはずの私の左手を掴んで見つめていたロイは、私の声に反応してフッと顔を上げた。
「あの、」
「黙っていてすみませんでした」
「私、……え?」
私の言葉を遮って、ロイが突然謝罪の言葉を口にした。
「あ、あの?」
「僕の話を、聞いてもらえますか?」
ロイが私の左手を優しく包み込みながら、グッとその視線を私に固定した。私は反射的にコクコクと頷き、次の言葉を待った。ロイは私を見つめたまま、大きく深呼吸し、そして吐き出した。
「本当、言わなくて済むなら言いたくないというか、出来れば無かったことにしたいというか、今までの言動が恥ずかしい限りなのですが……」
「は、はい」
少し長めの言い訳をし、ロイは決意したかのように一気に吐き出した。
「貴女が魔女だと以前から知っていました。ティーの護衛をつとめる、サリアだと」
私は思考が停止した。
**
「知っ……!?」
という事はつまりあれだ。ルルの言っていた事が正解だったのだ。
(シューベン家なら魔女だと知られていても不思議ではない)
まさか、本当にばれていたとは思わなかった。開いた口が塞がらない。そして言葉が何も出てこない。私は1人、ばれまいと必死に空回りしていたということか、そうなのか。
「すみませんでした」
ロイが申し訳なさそうに目を伏せる。何故だろう、何故かはわからないが、しゅんっと垂れた耳と尻尾が見えた。ロイの告白を脳内で整理した瞬間、「何故知っていた」とか、「何故言ってくれなかった」とか、問い質したいことは山のように生まれていた。だが、この悪いことをして反省している子犬のような男――ただし32歳――を前にして、そんな問い詰めるようなことが出来ようか。
私は一気に脱力して肩を落とした。しかし何かしら返事をしなくてはならないと思い、なんとか「知っていたなら、是非、もっと早く知りたかったです……」とだけ言葉を絞り出した。ロイは未だしゅんっとしたまま、「すみませんでした」と謝る。
「いえ、もう謝らないで下さい。知られていることに気付いていなかった私も私ですし。今回ティーにも自分からバラしちゃいましたから、まぁ、結果的にはお兄さんにも伝わる事態になってたでしょうし、ね?」
私が苦笑いを返すと、やっとロイが伏せていた目をあげた。その顔はまだすまなそうな表情を浮かべている。だがロイは何も言わず、そのまま沈黙してしまった。かといって私からかける言葉も見つからず、お互いにぎこちない表情のまま沈黙が続く。
頭の中で「どうしよう」と考えていると、ふと、かつて抱いたものの、解決されずに終わっていた疑問が再浮上した。よし、この沈黙を破るのにもちょうどいいから聞いてしまおうではないか。
「あの、そういえば。なんであんなにサリアの事を、えと、褒めてくれてた、んですか?私だって、知ってたんですよね……?」
まさか自分で直接的に「なんで小っちゃい私にアタックしてたんですか!?」とは聞けないので、言葉を選んで質問する。
「あ、それは……貴女の反応が面白かったので」
なんじゃそりゃー!!と私が心の中で叫んだのは言うまでもない。つまり、つまるところ、結局。
「からかわれてただけなんですねっ……!?」
私ときたら、なんて恥ずかしい勘違いをしていたのだろう。ロイはロリコンなのではなく、ただ私の反応を見て面白がっていただけなのだ。それだけなのだ。ロイがサリア、つまり私を好きだなんて勘違いしていたなんて、なんて自惚れていたのか。
何度でも言おう、なんて恥ずかしい勘違いだったのか。これ以上ないほど顔が真っ赤になっているのが、まるで自分を鏡で見ているかのようにわかる。だめだ、これ以上この場に居るのは耐えられないほど顔も身体も熱い。
「わわっ、私ったら、本当に失礼を……!」
「いえ、僕のやり方がよくありませんでした。あの、それでっ、」
「あ、私っ、ティーにもまだきちんと話してなくて!!! さすがにこのまま有耶無耶にするのはよくないですよね。ちょっとティーにもお話してきます!」
「え? え!? まっ、サリュエナさっ、」
私は恥ずかしさのあまりロイの手を振りほどき、ダッシュでその場を辞させてもらったのだった。
「ロイ」
「……何」
どこからともなく現れたクイットが、背後からポンッとロイの肩に手を置く。
「私ね、あの流れは、「サリアじゃなくて貴女が好きだったんです」的な告白にいくものだと思っていたよ……」
「えぇ、僕もそう思っていましたよ……」
クイットは兄の哀愁漂う背中を見つめながら、「ロリコン疑惑から始まる片思いは、そうそう簡単に成就しない」と心のノートにそっとメモったのだった。




