ついに、「サリュエナの場合3」
ティーといつも通り下校していると、突然後ろから身体を突き飛ばされた。あまりに突然の事に、まるでか弱い少女のようにあっけなく路地裏に倒れ込んでしまう。
「よぉお、ひっさしぶりじゃねえのぉ?」
その声は聞き覚えのある、あまりに阿呆そうな声だった。
「あんた……!」
ティーが驚いたように声をあげる。
「おめぇらのせいで暫くムショのお世話になっちまったじゃねえか。今日はそのお礼してやんよクソガキィ」
キレているのかイッているのか、その男はゆらゆら揺れながらこちらを脅してきた。その後ろに居る人間も含めれば、ざっと8人。この男が声をかけて集めてきたのだろう。
(子どもの身体1つで、8人は、さすがにきつい……)
突き飛ばされたのは狭い路地裏。相手は大の大人8人。こちらは戦力外の少年1人に13歳の少女1人。今までの経験から考えても常識的に考えても、あまりに不利なのは明白だ。
「サリア……!」
私の左横で心配そうに声をあげるティーを見て、私はその肩に手を置きグッと力を入れ、彼をけん制する。
「私に頼る約束は違えないよね?」
するとティーが目を丸くする。「なんでバレた」と言わんばかりの表情だ。
「そんな力んでれば誰だってわかるよ……」
苦笑を漏らすと、ティーが少しむっとする。力になろうとしてくれるのは嬉しいが、この場合私がティーの護衛なのだから、そうそう助けてもらうわけにはいかない。ティーはまだきちんとした訓練を受けていないのだからなおさらだ。そうやって男達を無視する私達の態度が気に入らなかったのか、集団の後ろの方で控えていた男が、「無視してんじゃねえぞ!」とお決まりの文句で前に躍り出てきた。私は瞬時に身を起こし、その突進してくる男の急所、股間を蹴り上げた。馬鹿の一つ覚えのように突っ込んできた彼の勢いも助け、かなりのヒットとなったようで、男は醜いうめき声をあげてその場にへたり込んだ。
「て、めぇっ……!」
無様に背を丸める仲間の姿を見た他の男達が、逆恨みとしか言いようがない声をあげ、じりじりと詰め寄ってくる。
(今のはどう考えてもあっちが悪い……っていうか、今のは誰でも出来たから)
だが男達はそんなことを考える余裕はないようだ。じりじりじりじりと寄ってくる。幾ら8人から7人に減ったといっても、この人数に一気に襲い掛かられたら、さすがに一たまりもない。
「……仕方ない、かな」
「サリア?」
急に何を言い出したのかと、ティーが私を見上げてくる。私ははぁ、と深くため息を吐き、ティーに視線をおろした。
「ティー、これから起こる事を、絶対に他言しないって約束できる?」
「え?」
「約束しないと殴るけど」
「約束する!」
半ば脅し、というより本気でティーを脅し、約束を取り付ける。
「良い返事。じゃあ……」
今まで人目につく可能性のある場所でこのような事をした試しは無いが、ティーを守る事が、今私が優先すべきことなのだから躊躇う事は無い。
「少しばかり後悔して頂きましょう?」
視界の端でティーの肩がビクッと揺れるのが見えた。殺気を感じ取れる程には成長したという事だ。私は内心関心しながら、1歩男達の方へと踏み出した。
「な、んだおめぇ……」
先頭に立っていた男が詰めていた足の動きを鈍らせる。
「何でしょう? その目でしかと確認してみてくださいね?」
辺りの空気がざわっと揺れ、元々暗かった路地裏に一層闇がかかる。私の膝丈のワンピースが意思を持ったかのように波打ちだして、セミロングの黒髪がふわりと浮いて私の顔を包み隠し、両者その長さを変えていく。異様な光景に男達から「ひっ!?」という悲鳴が漏れるのが聞こえた。
「おおおおお前!! なんだ、なんなんだ!」
震える声で男が叫ぶ。まるで化け物でも見たような脅えっぷりだ。だが残念ながら私は「化け物では」ない。
「そんなに脅えないでくださいな」
「な、なっ……!!!」
辺りに渦巻く暗い雰囲気を吸収し、すっと背を伸ばせば、それは完成する。身長は一気に伸びて162、髪の毛はウェーブのかかった黒の長髪、瞳は同じまま、クリアブルーの瞳。ワンピースは膝丈のまま変わらないものの、身体に合わせて伸縮させてある。
私は普段より短めのワンピースの裾をつまんで、にこり、と笑って見せた。
「お初にお目にかかります。私、長年魔女をやっております、サリュエナ・ルーベルク、と申します」
小さなどよめきが起こる。この瞬間こそ、私は自分が「魔女である」と確信を持てる絶対の時だと思っている。
「ま、魔女っ……!?」
驚愕の声をあげたのは、何も男達だけでなく、ティーもだった。目も口もこれでもかと言うほど大きく開かれている。
(……さすがにあとできちんと説明してあげなくては)
心の中でティーに謝りつつ、私はタンッと地を蹴った。大人の身体なら、7人位楽なものだ。
**
路地裏から逃げようとする男達を一人ずつ地面にたたき潰し、路地裏からの脱出を阻む。そして自分が路地裏の出口に陣取り、男達を袋のネズミにした。退路を断たれた男達は案の定僕を人質に取ろうとした。が、僕に手を伸ばした瞬間サリュエナの左ストレートがその男の顔に決まった。男がよろめいて少し屈んだ瞬間、更に渾身の前蹴りが顔面を襲い、完全にノックアウトする。そしてまた奥へ奥へと追い詰められていく残りの男達。そしてとてもさわやかな笑顔で男達を落としていくサリア、いや、サリュエナ。まるで久々の体育に汗を流す若き男子学生のようだ。
魔法こそ使わなかったものの、あの笑顔と冴えわたるストレートと前蹴りを操る姿は、誰がどう見ても魔女そのものだったと、僕には断言できた。
――のちに、ワンピースが伸びたことはサリュエナの年齢詐称の魔法では説明できないと気づいた僕が、何気なくその事を聞いたところ、
「それは乙女の秘密ですよ、ティー」
と返された。本人いわく、乙女の秘密は乙女の秘密であり、決して魔法ではないという。なんだそれ。