なんと、「ティーの場合2」
「サリアー、早く帰ろうー」
「今行くからちょっと待って」
教室のドアのところから声をかけると、サリアは少し急いで教科書を鞄に詰めて、よいしょ、と肩に掛けた。教科書なんて学校に置いて行けばいいのに、サリアは本当に真面目だ。僕の鞄なんて筆箱とちょっとしたファイルしか入ってないから、ものすごく軽い。
「今日家来る?」
やっとサリアがドアのところまでやってきたので、2人で並んで廊下を歩きだす。
「……宿題? それとも稽古?」
「稽古!」
「宿題が終わったら、ね」
サリアが呆れ顔で肩を竦めるが、そんなのは気にしない。宿題が終わったらしてもいいと言うのなら、さっさと家に帰って宿題を終わらせ、そして稽古だ。
「僕15になったら見習試受けようと思う」
見習試、その正式名称は見習い試験。見習試とは、軍に入るための試験、通称軍試を受ける前に、本当に軍人になる素質があるのか見極める試験だ。素質の無い人間を軍に放り込み混乱や迷惑を生まない為に、そして軍に入ったらすぐに使える人間を育成する為に作られた。見習試に受かれば、2年の見習い期間という名の本格的な訓練を経て、軍試を受ける資格が与えられる。ちなみに見習いの間は少ないが給料も支給されたり、先輩軍人の手伝いにと軍施設の中に駆り出されたりすることもある。
「ティーは軍試受けて、軍に入りたいってこと?」
サリアの問いかけに、僕はうーん、と首を捻る。
「まだそこまでは考えてない。でもとりあえず専門家の居るところで自分の限界知りたいって言うか、サリアみたいに強くなりたいって言うか。別に見習い卒業した後、絶対軍試受けなきゃいけないってわけじゃないだろ? 体力づくりの為に見習試受けるのも公認されてるし、とりあえず入ってから決めようと思ってる」
喋りながら下駄箱に内履きをしまって外履きに履き替えていると、サリアがさっきの僕の言葉に返すように、ぼそっと「まぁ、2年やって芽が出ない人もいるからね……」とこぼした。
「え、何それ、僕将来性ない!?」
バッと顔をあげて、既に靴を履きかえていたサリアを見上げると、サリアはげっ、という顔をして目を逸らした。紺色のワンピースがサリアの動きに合わせてひらりと揺れる。
「そういう意味で言ったんじゃないけど、やってみない事には、ねぇ……?」
「うっわ嫌味! そうだよなぁ、サリアはいいよなぁ、軍人の親戚が居たんだっけ? 稽古つけてくれる人居たんだもんな」
きちんと外履きに履き替えて立ち上がり、視線の位置をサリアに合わせて睨むと、サリアは苦笑いした。
「でも素質が無かったら結局芽は出ないもの、試験受けていても個人稽古つけていても同じことだよ」
「あぁ、それもそっか。でもやっぱり羨ましいぃ」
納得はしたが、それでも羨ましくて、僕はブーブー言い続ける。サリアは気まずそうに苦笑いしたままだ。
――これは後で知ったことだが、実はサリアに軍人の親戚などおらず、きちんと2年の見習い期間を経て、3年も軍で働いていたそうだ。だからこの時苦笑いだったわけだ。
サリアがため息を吐きつつ、校舎を出る僕に続く。
「まぁ見習試まで、微力だけど私が稽古つけるから」
「おう!」
「その代わり、見習試に受かるまでは、危険な場面では私に頼る約束だからね」
「おう!」
後半を空返事で返し、僕らは校門をくぐって学校の敷地を出た。以前はちょっと気恥ずかしかったサリアとの登下校も、今では色んな話が出来る楽しい時間になっていた。
そうやっていつも通りの石畳を歩きながら、いつも通りの分岐点に差し掛かった時だった。急に辺りの人気が引いたかと思うと、誰かにドンッ!!と強く路地裏に突き飛ばされた。
「うわっ!!」
ドシンッ!と、じめっとした石畳に尻餅をつく。サリアも驚いた声をあげて僕の隣に倒れ込んだ。
「っいってぇ……!」
尻だけでなく、掌からも痛みがじんじんと伝わってくる。身体を支えるために咄嗟に地面に付いたせいで、擦り傷を負ってしまったようだった。痛みに耐えていると、スッと、自分に人影が被さった。
「っ……なんだよ、あぶねっ……」
抗議の声をあげようとして、僕は言葉を切った。
「よぉお、ひっさしぶりじゃねえのぉ?」
僕らを覗き込んでいたのは、以前僕らにいちゃもんをつけてサリアにこてんぱんにされた男達だった。1つ違ったのは、その数が倍以上に増えていたこと。