記憶の片隅
前回の続きです
そして新年初の投稿です
今年も一年よろしくお願いします。
やっと着いた客間。
そこでガイバーは「少々お待ち下さい。」と言って出て行った。
ぐるりと室内を見渡した私は、用意されたソファーへと腰を下ろす。
兄はというと。
突っ立ったまま窓の外を見ている。
何かあるのかと思い、私も覗き込んではみるものの、そこにはこれといった物がなかった。
では、どこを見てるのかと言うと、その瞳は遠くを眺めているのだった。
ずっとそんな様子なので少し心配だ。
あくまでも、少し、だ。
心配して損するのは目に見えている。
そして時はそのまま流れ、もうそろそろかな、という頃合いにノックの音が響きわたった。
入ってきたのはダンディーのようなお洒落な老紳士と、少しばかりふくよかな熟女だった。
それを見て人目で分かった。
これが自分の叔父、叔母なのだろうな、と。
なぜなら雰囲気が母と似通っていたからだ。
母が醸し出す雰囲気は、優しく和やかなのだが、どこか毅然としている。
正にそのようなのを二人から感じた。
まず、兄が向き直って挨拶をする。
「バイトリー叔父様、アラグレラ叔母様、お久しぶりです。」
「ああ、久しぶりだ。その様子だと元気そうだな。」
「ええ、本当に久しぶりね。元気で何よりだわ。」
二人とも言い方は違っても言っていることは一緒だ。
似た者同士、といったところか。「そうですね。お二人ともお変わりないようで何よりです。このたびはお騒がせしてすみませんでした。それから、モニカをよろしくお願いします。」
このたび?
お騒がせ?
何もやってもないし、お騒がせした覚えもない。
(どういうことかしら?)
「あんなの大したことではない。それにモニカのことなら任せろ。」
自分の知らないところで何かあるようだ。
兄に促され、私は二人に挨拶する。
「……初めまして叔父様、叔母様。母、エイシャーの娘、私です。お世話になりますがよろしくお願いします。」
とりあえず、挨拶をしてみるが、ぎこちなくなってしまう。
自分の叔父、叔母、といっても会ったこともないのだ。それもそうだろう。
「まあ、そんな他人行儀なこと言わないで、モニカ。貴女は覚えていないとは思うけれど、小さい頃良く遊びに来てたのよ。だから、初めましてじゃないわ。そこはアラグレラと呼んでくれなきゃ。」
誰を口を挟む間もないまま、叔母が喋り出した。
なかなか親しみやすそうな人のようだ。
「私のこともバイトリーと呼んでくれ。」
次いで口を開いたのは叔父だった。
こちらも気さくな人柄のようだ。
「ええと、――――」
――――兄もバイトリー叔父様、アラグレラ叔母様、と呼んでいた。
「――――それじゃあ、バイトリー叔父様、アラグレラ叔母様。」
「ダメよ。叔母様だなんて付けないでアラグレラと呼んでちょうだい。」
他人行儀は嫌なの。
と言われてはそうするしか私にはなかった。
ベルシアの地に来てから2日が経つ。
叔父、叔母の屋敷には最低限の使用人しかいないことが分かった。
ガイバーさんはこの屋敷の執事だという事も。
後に聞いて驚いた。
私には特にすることが無く、ぼーっとして景色を眺める事が多かった。
もちろん自分に宛がわれた部屋からだ。
母達の居た屋敷でもそうだった。
景色を眺めることが好きだった。
風に揺れる草花が遠くからでも見て取れ、自然と笑みがこぼれる。
秋風で少し冷たいが、支障はない。
そこへ、ノックの音が響いた。
現れたのは兄、フィオーラ。
「どうしたの兄様?」
開け放たれたバルコニーから室内へ戻りながら、私は尋ねる。
確か兄は、休んでいては溜まる一方の仕事を従者に届けてもらい、部屋に立て篭もってやっていたはずだ。
「……ビジィーラの言っていた通りだな。」
ポツリと。
兄はそう漏らした。
「ビジィーラが何か言ったの?」
別に言われるようなことしてないわよ、と呟く。
そう言えば、今朝早くに彼を見た。
馬を駆けて、兄に仕事を持って来ていたような気がする。
「いや、ビジィーラはどうでもいい。モニカ、少し外に出たらどうだ?天気もいい。」
「外、に?」
「ああ。ずっと部屋に篭っていると聞いて、な。」
自分だって、ずっと部屋に篭っていた癖に、と思う。
やはりビジィーラから聞いたのだろう。私のことを。
「兄様ほどは篭ってはないわよ。こうして室内に光りを取り入れているもの。」
「そういうことを言ってるんじゃない。………お前も分かっているだろ?」
いつにも増して困惑した様子の兄。
私も諦めて腹を括った。
「………そうね、分かってる。心が、魂が唄いたいと訴えてくるもの。ひしひしと、ね。」
「だったら――――」
「――――できないわよ。」
口を開いた兄の言葉を遮り、否定を口にする。
その言葉に兄は黙る。
「できないの。」
もう一度。
先程とは小さく漏らす。
兄の顔を仰ぎ見れば、痛みを堪えているかのような表情をしていた。
(嗚呼、兄にこんな顔をさせてしまうなんて……)
「……この土地の意味、忘れてしまったか?」
「?」
「この土地は八神将、クレイムの生まれ故郷。空気は澄み渡り、自然が力を貸してくれるから力を制御することもできる。」
言われた言葉に驚いて兄の瞳を見る。
いつもはふざけた調子の兄が、真剣に語っていた。
確かにベルシアの土地は、神将の故郷だというのは母から聞いた。だが、クレイムの故郷だというのは初耳だ。
「力の制御……」
「そうだ。力を制御してくれる。それに、我慢する必要もないんだ。この地で馴らしていけばいい。父様も母様もそうお思いだ。溜まりに溜まった最後、苦しいのは私だ。そうならないように、俺達家族はここを選んだ。私が普通に生活でき、普通の幸せを掴めるように、と。だから、ここで制御することを覚えよう。」
私を思ってくれている家族の存在を感じ、涙が零れた。
「……と、う様…も……?」
私のせいで迷惑を掛けてきた存在だ。
「ああ。あの人は外見からは想像つかない人だからな。けど、私のこと、超が付くほど心配してるんだ。」
本当が嘘か、良くわからないような言葉を吐く。
「うん。ありがとう。」
「だから唄っていいんだ。俺だって私の唄は好きだぞ。」
本当に優しい事を言ってくれる。
それが私を促した。
「なら、少しだけ練習しようかな?」
皆の期待に応えようと思った。
せめて、力が制御できるようになればいいのだ。完璧といわないまでも、多少は。
私の言葉に、兄は明らかに安心していた。詰めていた息を吐き出すかのように、息を吐きだす。
「なら、いつでも外に出かけてきていいぞ。ただし、この辺り周辺にいること。出かける時は誰かに言ってから出かけること。」
これさえ守れれば人でもいいと言う。
こんなこと初めてで。私は無性に嬉しかった。
端から見れば、私は世間知らずの分類に入るだろう。
だが毎年一、回、コッソリと屋敷を抜け出して街へ行っていた。
家族の誰かに許可されて、一人で外に出るのは初めてだ。
「分かった。」
私の返答はもちろんYesだ。
こんなに都合のいい機会は滅多とない。
こんな機会逃してなるものか、と私は取るもの取って用意をした。
兄に「行ってきます」と言えば、「遅くなるなよ」と返された。
「もちろん。」
そう言い残して、私は後ろ手にドアを閉めた。
廊かに出ると隣室に入って、ドレスを勢い良く脱いだ。
私に宛がわれた部屋の隣。ここには持ってきた荷物などを置いてある。
そこには当然衣類もあるわけで。荷物の中からそれらを出した。
そして、その中で一番シンプル且つ軽い者を選んだ。
そしてまた部屋を飛び出す。
走ってははしたないだろう、とは分かっているが、今の私にはそんなことどうでも良かった。
広がる野原。
所々地面から突き出た大きな岩。
気持ちの良さそうな木漏れ日を造っている木々。
そして、名も知らぬ鮮やかな花々。
それらが地平線まで続いているかのような広さ。
風は澄み渡っており、まだ残暑の名残を残した秋風が銀色の髪を揺らす。
私はまず、自然を感じる事から始める。
目を閉じ。
全ての感覚を研ぎ澄ます。
まず耳に入るのは。
鳥の囀り。
擦れ合う木の葉の鈴の音。
そして
大地に吹く、神の吐息。
感じたのは
大地の優しい母の臭い。
最後に
揺れ合う花々の可愛いダンスに。その真上で踊っているのだろう、妖精達のヒソヒソ話。
目に見えないもの、それを感じること。
それが大切なのだ。
例えるなら。
風。
それは確かに感じるのだが、目に見えない存在。
すると、私に気がついた妖精達が近づいてきた。
『奏霊弔者だわ。』
『ほんとだわ』
『久しぶりに見るわね』
『やっぱり、この波動いいわ』
『クレム様の時並ね』
奏霊弔者とは、亡くなった人の魂や自然を弔い、かつ自然の力や精霊や妖精の力を借りた魔法を自在に扱うことができる。今まで公に奏霊弔者と知れ渡り、呼ばれた者はただ一人。八神将にして最強と謡われた、神の担い手、クレム。
この国、アラインダ国の地位はこうだ。
下にレクイエム、上に国守り、そして、一番上には奏霊弔者。
一般的には国守りが一番上だ。
なぜなら、奏霊弔者は初代のクレム以来存在していないとされているからだ。
レクイエム(鎮魂歌)とは、この国では教会などの聖職者などで、ごくわずかな力ある者が妖精などからそう呼ばれることから始まった。
国守りは、その限られたレクイエムの中から国に選ばれし者のこと。両手で数えきれるほどの者しかいない。
そして、全ての生命秩序もを崩しかねないとされるほど、絶大な力を駆使するとされる奏霊弔者。自然に、精霊に、妖精に愛され、力を与えられる。伝説とされる者。レクイエムなど以っての外、国守りなどの力の及ばない存在。
その力は人には隠せても所詮妖精達などにはばれてしまう存在なのか、と私は自嘲してしまう。
小さな、そして薄い羽根を背に付けた妖精。
愛らしい容姿をし、自然と共にある。
花の精や風の精。
種類はばらばらだが、この世界には美しいものにはほとんど妖精が付いている。
だが人前にはめったと姿を現さない。
その、普通なら見えることのないはずの妖精が近づいてくる。
自分から。
だが、慣れてしまえば別段返すリアクションもない。
もう見慣れた光景にもなっている。
「あなたたちはここの土地の妖精?」
手を差し出せば指先に一人の妖精が留まった。
「そうよ。貴女が次の奏霊弔者?」
「どうやらそのようね。」
「なら、ずっとこの土地に居るのね。」
無邪気に、とてもかわいらしく問い掛けてくる小さな妖精。
だがその質問は、私には予想もしないものだった。
「え?どうして?」
どうしてずっとここに居ることになるの?
私には初耳だった。
「……なんでって、ねえ。」
指に留まっていた妖精は背後にいた、自分の仲間に同意をもとめるかのように振り返った。
「奏霊弔者は外の世界では生きていくことは難しいんだ。」
その内の一人。
少年の姿をした妖精がが答えてくれた。
が、意味が分からない。
生きていくことが難しい?
どういうこと?
「意味が分からない、って顔ね。」
私の表情を読み取ったのだろう。
再び指先に留まっていた妖精が言う。
私は肯定のため、コクリと頷いた。
「人間に見つかれば、奏霊弔者の力はものとして利用され、王宮に閉じ込められ、世間から隔離される。……このことは知っているわよね?」
確かに母達から口をすっぱくして、幾度となく言い聞かされた。
だから私は余り、世間に公にされることなく育った。
私もそれにはたいして疑問を抱いたことはなかった。
(だって、それは私を思ってのこと)
けれど、時おり感じる反発心からか抜け出すことはあった。
が、これはこのさい許してもらうことにしよう。
妖精の問い掛けに頷き返せば、それを確認した彼女は再び説明を始めた。
「幾度となく奏霊弔者は秘密裏に王宮に隔離されていたの。けど、彼女らは初代クレム様ほど力もなく、奏霊弔者とはとても言えないほどの力ぐらいしかなたかったの。これで、民には公にしなくとも、貴族たちの支持は得ろうとしたの。」
「………偽の奏霊弔者…」
たしか、奏霊弔者の力を持った者は初代のクレムを筆頭とし、人とは異なる者からそう呼ばれたのはわずか5人ほどのはず。
「そうよ。彼女らは良くて国守り、悪くてレクイエムほどの力しか持っていない者達だった。中では国王の妃になりたいがため、金を積んで自分の娘を嫁がす貴族もいたわ。中でも力などないのに、偽って王宮に入った者もいたの。」
「えっ!?それって、王を騙していたってこと?」
王を騙すことは重罪だ。
「そうとも言えるけど、そうとも言えないのよ。」
何かの謎掛けみたいだ、と思った。
「国王は知っていて、知らぬ振りをしたの。……王座がそんなにも大切なのかしら?」
その妖精はボソリと漏らした。
きっとそれは本音。
私は政治、権力、財、どれにも興味もないし、執着もない。そんな私には、とても悲しそうに呟く妖精に掛ける言葉が見つからなかった。
少しずつ主な登場人物が揃ってきました。
グレファーは根は素直でいい子、のはず←