思い出の郷愁
サイトでは第2章とここから分けられているんですが、まあ、あまり関係ないんですがね。
朝から外が騒がしい。
だいたい私は夜型だ。早起きは得意でもない。
いつもならお昼前に寝台から起き出すのだが、今日は五月蝿くて目が覚めてしまった。
日はまだ出ていないので今は5時過ぎくらいだろうか。
「………な、に……?」
我ながら人様の屋敷で図々しく昼過ぎまで寝るのもどうかと思うが……。
こっちまで駆けてくる足音がする。
私に宛がわれた客間まで走ってくる人など心当たりがない。
というより、みんな不自然なほど足音がしないのだ。まあ、単に私が気づかなかっただけかもしれないのだが。
なんだろう、と思いつつ急いで、椅子に掛けていたカーディガンを引っ掛けるように羽織る。
寝間着は寒くなってきている季節とはいえ、室内管理はしっかりとされており、薄着でもいけるくらいなので薄い生地で、身体のラインがわかってしまうものだ。
森で襲ってきたやつではないだろうが、一応武器になりそうな鉄製のパイプとおぼしい物を手に取った。
(なぜそんな物があるのかは謎だが)
膝丈より下まであるネグリジェの裾を大胆に捲り上げ、手早くドレッサーにあったピンで手早く留めた。
胸元にある紫色の光が私を優しくはげましてくれているようで、私はホッと息をついた。
そして素早くドアの隣に移動し、壁に張り付いくのと、バタンと扉が開いたのはほぼ同時だった。
「乙女の寝所に無断で入ってくんじゃないわよ!」
私はその物に向かって飛び込むように地を蹴り、頭にパイプを減り込ませようと勢いよく振り下ろした。
が、それは思わぬ形で受け止められることとなった。
自分の置かれている状況に目をぱちくりさせる。
背に回った手、パイプを捕まれた感覚、頬に当たる温かさ。
そして
「やあ、モニカ。元気してたか?」
―――懐かしい声。
「―――は?」
状況が飲み込めない。
まるで久しぶりの友に会ったかのような口ぶりで、話し掛けてきたのは兄だった。
兄を探しに行く、と言って4日目。
なんと兄は自分からのこのことやって来た。
「ほらモニカ、素に戻ってるぞ。口調、口調。」
そんな妹を余所に、兄はポンポンと言葉を投げ掛ける。
ようやくフリーズしていた脳が正常に動き出した。
敵と思ってパイプを振り下ろした相手は兄、フィオーラ。
そして―――
「―――なんで兄様が居るの!しかも乙女の寝所に無断て入ってくるなんていい度胸ね。っていうか、どさくさに紛れて肩抱かないで。」
なまじりを吊り上げて口早にまくし立てるが、この兄には全く効果がない。
「なんでってモニカを迎えにきただけだし、乙女の寝所って………妹が飛び込んできて、抱きしめない兄はいないだろう。お兄ちゃんうれしいぞ。モニカが自分から俺にハグをしてくれるなんて。」
ああ、思い出した。
兄はこういう人だ。
いつも最低では2日に1回は顔を出していた兄だったから、4日も離れていて忘れていた。
「兄様、わかったから……。」
いっそ脱力する。
心配していた自分が馬鹿みたいにに思えた。
自分に抱き着いている兄をペリッと引きはがし、向き直る。
「どうして私がここに居るのが分かったの。」
そう、私がハーレイ達に助けられたのは偶然のはずだ。
必然なんかじゃない。
なのにどうして。
「ああ、それは」
私から離された兄は、名残惜しげに自分の手と私とを見比べていたが、尋ねられたとたん雰囲気が変わった。
いつも思うが、人が変わったかのような豹変振りだ。
「月華の森の周辺であるのはこの屋敷ぐらいだからな。君に限っては賢い馬のことだ、ここに来ると思ってね。」
だが、返ってきたのはなんとも単純かつお気楽な返事だった。
「………そこにたどり着かなかったらどうするつもりだったのよ……。」
妹に平気でそんなことをする兄の正気を疑う。
この屋敷の所有者らしきハーレイはどうしたのだろう。
というより、兄が非常識すぎるのだ。
こんな朝っぱらから良い迷惑だろう。
あの後、この客間からアスペによって追い出されたらしい二人。またヴィオラは監禁されているのだろうか?
というより、二人とも一緒に寝ているんじゃ……。という考えに行き着いた瞬間さあー、っと血の気が引いていく。
「兄様なんてことしてくれたのよ!ハーレイと兄様は知り合いなんでしょ。なのに、たとえ兄様の想い人がヴィオラだったとしても、なにも邪魔することないじゃない。」
勝手な予測をして兄に詰め寄る。
私はあの優しさに甘えそうになるのを我慢し、極力関わりを断っている。
なのにその決意が台無しではないか。
「?どういうことだ?確かに俺はあいつと知り合い?だが、別に遠慮するようなことは何もないぞ。」
全くもって意味が分からない、といった風な兄は、戸惑った目でこちらを見てくる。
「何馬鹿なこと言っているのよ。十分あるわ。あの二人は付き合ってるのに。」
つい意気込んで、推測を口にすると、ブッと噴き出す音がした。
音の方を見ると、兄が肩を震わして笑っている。
「…付き合ってる?有り得ない、有り得ない。だってあの二人――――」
「――――朝っぱらから俺の睡眠妨害するとはいい度胸だな、フィオーラ。」
何かを言いかけたフィオーラを無作為に遮る声が突如として現れた。
開け放たれたままだったドアに手を付けて、不機嫌そうに現れたのは話に上がっていたものその者だった。
「おっ!ハーレイじゃないか。やっぱり来ていたんだな。この節はどうも、感謝はするが―――」
フィオーラはそのままハーレイに向かって歩いて行き、耳元で何かを呟く。
もちろん、彼等から離れている私には聞こえるわけない。
兄の言葉に何か反応した彼はチラリと私の方を見ると、何かを言い返している。
なんだろう。
ものすごく気になる。
少しして兄が戻って来て、もう行くぞ、と言って私の手を引いた。
「えっ!何突然、どうしたの。」
ものすごく突然だ。
何が何だか分からない。
探していた兄が、突然やって来たかと思えば、次は私の手を引いて早々と出ていこうとする。
兄はハーレイの知り合いなのに、碌な挨拶もしないで去ろうとしている。
世間知らずの私でも分かる。
これではかなり失礼だ。
フィオーラはこんなふざけた性格をしているが、礼儀は弁えている。その彼がなぜここまでぶっ放しているのか。
それほど心を開いている、ということもあるのかもしれない。
だが、これでは失礼窮まりない。
「ちょっと!待って兄様。」
私は兄を急いで引き止めようとするが、兄は聞く耳を持たない。
ハーレイの方を振り、仰ぐが彼は気まずげに顔を反らすだけで、口を挟もうとはしない。
さっきまで不機嫌丸出しだった彼だが、今はなぜだか申し訳なさそうな顔をしている。
どういうことだろう。
何があったかなど、とても聞ける雰囲気ではなかった。
兄に引っ張られて、ハーレイの隣をすり抜ける瞬間。
私は兄に分からないように、こっそり魔法を使った。
ただの、指先だけの軽い魔法。
もう彼には森で見られているので、これくらい支障がない。
これは彼を守る魔法。
実際使える者はほとんどいない。もし使えたとしても、弱いものしか使えないのが普通だ。弱くてもそれを使うには全力をかけなくてはならない。
誰かを守ることは生半可にはできないということ。
しかし例外もいる。
私のような。
しかも異例中の異例だ。
軽く、指周りにスペルを書き、指全体に纏わり過ぎてから彼に向かって投げる。
効果は一回分だが、ないよりはましだ。
多分彼は、高位の位のある貴族だ。
嫉まれ、命を狙われることもあるだろう。
そんな大変な彼の力になりたかった。
自分は逃げてしまった道だから。
淡い光りが彼を包み込む。
ハーレイがそれに驚き、こちらを見上げた。
私は兄に掴まれていない方の手で、笑って唇の前に人差し指を立てた。
口パクで言う。
『あ・り・が・と・う』
声に出したら、兄に見つかってしまう。
今の兄はとてつもなく不機嫌だから。
そして兄の背中を追い掛ける。
ドアを出る前。
やっと兄が振り返った。
「妹が世話になった。だけど、もう私には関わらないでくれ。」
そして、じゃあっと手を挙げると、すたすたと行ってしまう。
私も兄の意見に賛成だ。
私に関わると彼に迷惑をかけてしまう。
私には関わらない方が身のためだ。
兄にとってはハーレイや私の事を思っての言葉。
誰かを巻き込みたくないのは私も同じ。
だからせめて貴方を遠くから見守ることくらいは。
「助けてくれてありがとう―――」
―――貴方は絶対巻き込ませないから。
言葉こそ出さなかったが、私は強くそう心に誓った。
お礼だけ口に出すと、私も兄に倣って出ていく。
できればヴィオラやアスペなどに別れを告げたかった。
だが、私は未練がましくて。
それができない。
ただ私は運命に従うだけ。
抗うことなど私にはできない。
分からない。
やり方が。
怖い。
運命を受け入れることが。
だから一歩を踏み出せないでいる。
逃げてばっかり。
運命からも――――
――――ハーレイからも
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ゴロゴロと整備されていない森。
そこを小振りな馬車が行く。
もうすぐ昼時になるのだろうか。森の中と言っても眩しい日の光りが白昼だと主張していた。
「………」
「………」
向かい席に座る兄。
そして私。
車内は沈黙に包まれていた。
あくまで車内は、だ。
外からは従者、ビジィーラの陽気な鼻歌が聞こえて来る。
だが、音程は合っていないのだ。これでは、とてもじゃないがなんのメロディーかすら分からない。
「………兄様。」
耐え切れず口を開いたのは私。
「………なんだ。」
二人とも言葉少なだ。
「………………あれ、……なんとかして。」
「無理だな。」
私の懇願に間一髪を入れずに返してくる答えは、とても簡潔だった。
「………」
「………」
会話終了。
いつもの兄なら会話が滞るということはなかったのだが。
今回はそうもいかなかった。
何が気に食わないのかと聞ければ苦労はしない。
聞けないからこそ、こういう状況になっているのだ。
もう、誰かこの状況をどうにかしてほしい。
だが、私達の他にいるのはたった一人。
兄の従者、ビジィーラだけ。
しかもその彼、自分は全く関係ありませんとばかりに、陽気に鼻歌を歌っているのだからどうしようもない。
それがさらに追い討ちをかけて、沈黙が重い。
本当にどうしようかしら、と考えるが、良い案が浮かぶわけもなく。
おとなしく黙っていることにした。
しばらくして森を抜けた。
ここの土地は隣国との境すれすれにある。
フケート王子、並びにケイシー王の治める国。
ガイシー国。
鉱山から鉄がよく採れ、それを輸出し、生業としている者が大半を占めるといわれている。
もちろん国家もそれらで財政を補っている。
その国の中で、もっとも人里離れた土地との境にあるので、あちらから訪れる人はいない。
そしてこちらも。
月華の森が目晦ましになっており分からない。
それも、何本もある森の道を正しく通らないと辿り着けないのだ。
そして、正しく通り抜けるとベルシアへと着くのだ。
「―――――ぅわあ!すごい、すごい。」
森を抜けた所から、外の風景を見ていた私は、感嘆して声をあげた。
なぜなら、先程まで森だった風景が野原へと変わったかと思うと、赤黄白て様々な色の花ばなが咲き乱れていたからだ。
いくら自分が可愛くない性格をしていようが、花を慈しむ心はある。
というか、かなりの花好きだ。
あまりの妹の興奮ぶりに、フィオーラも思わず苦笑を漏らす。
「………綺麗か?」
「ええ。とっても!」
そちらに心奪われていて、兄が自分から喋ったということにすら気づかなかった。
花ばなは秋だというのに鮮やかに咲き誇っている。
そのことにとてもおどろく。
それに見たことのない花ばかりなのだ。
後で、良く見て見よう、と降りた時のことを考えるのだった。
それから程なくして馬車は停車した。
止まったのは少し趣のある家の門の外だった。
否、屋敷と言ってもいいくらいだ。
門は頑なに閉まっている。
兄に引き続き、馬車を降りた私は、門と屋敷を見上げた。
「ここはフィオーラ様とモニカ様の母君、エイシャー様の御実家になります。」
兄の従者、ビジィーラが隣に降りたって説明をしてくれる。
「へぇ〜。お母様の……。」
そう言えば、あまり母からは昔のことは聞かない。
この土地と何か関係があるのだろうか。
「―――行くぞ。」
「あっ!待って―――」
先に行っててしまう兄。
思わず、服の裾を掴んでしまった。
「―――ぁ、ごめんなさい。」
別に悪い事をしたわけではないのだが、つい決まりが悪くて咄嗟に謝る。
変に挙動不信になってしまった。
なにやってるんだろう、私。
兄は立派な人だ。
王宮仕えを立派にこなしている。
私も、兄や家族の恥にならぬように最低限の礼儀作法は身に付けてきたつもりだった。
それが例え、滅多と人前に出ることが無かったとしても。
なのに、ふとした瞬間不安になる。
自分の存在があまりにも不確かだということに。
それがばれないように仮面を被って生きてきていた。
優秀な兄、父なのに釣り合えるように。
弱音など吐いたことはない。
どんなに辛くても。
なのに。
なのに。
兄のいつもと違う様子に。
冷たい態度に
涙が出そうになる。
俯いて涙を出すまいと、必死に堪えている私の頭に優しい手が置かれた。
「!」
「―――わるい。少し素っ気ない態度を取りすぎたな。……別にモニカのことを怒っていたわけではないんだ。考え事をしていたらついイライラして。悪かった。」
思ってもいなかった事を言われ、思わず顔を上げる。
そこに映った兄の顔は相当参っているように見えた。
「……考え事?」
どういうこと?と問い返す私に、兄は知らない方が幸せなこともある、と言われた。
「?」
意味は分かるのだが、意味が分からない。
「ほら早くこい。伯父様と叔母様に挨拶するぞ。」
今度こそ兄は進む。
けれど今度はさっきとは違う。
私に手を差し出して来たのだった。
兄が従者に開けてもらった門をくぐる。
さっきの様子からすると、兄は叔父と叔母のことをしっているのだろう。
いつ会ったんだろう?
少なくとも私は会ったことがない。
どんな人達なんだろう、と考えていると兄が突然止まった。
「?」
兄が無言で見ている方を向くと、そこには少し歳をとった風の老人がいた。
兄が、嗚呼忘れていた、と呟く。いかにも面倒くさそうに口を開いた。
「……お久しぶりです、ガイバー殿。」
(ガイバー?)
聞いたことのない名前だ。
「フィオーラ様、そのように他人行儀にされて、じいやは悲しゅうございますぞ。」
そう言って泣きまねをする老人はいかにもツッコミ処が満載だ。
他人が聞けばかわいく映るが、親しくなればうざったいだろう。
「あ〜、はいはい。じいや、急いでるんだ。バイトリー叔父様と、アラグレラ叔母様に挨拶しなくちゃいけないから案内して?」
兄も後者のようで、面倒くさそうだ。
「嗚呼、旦那様と奥方様ですね。かしこまりまし………おや?」
ガイバーさんの視線が私で止まった。
(あら、挨拶しなかったのがいけなかったかしら?)
ともかく、ガイバーさんの肩がフルフルと小刻みに震えている。
「?」
「………モニカ様でございますか!?」
いきなりズイッと詰め寄られ、私はたじろぐ。
「…え、え。そうですが……?」
「大きくなられましたなあ。じいやは嬉しゅうございますぞ。」
「………?」
私、この人と合ったことあるかしら、と瞬時に考える。
だが、それは無回に等しい。
こんなインパクトのある人と一回でも顔を会わせていたならば、嫌でも覚えているだろう。
「………あの…?」
一人で、感慨深げにしきりに頷いているガイバーさんに声をかける。
だが、返事など返ってくることはなく。
隣にいる兄を仰ぎ見た。
すると兄は、またか、と呟いた。
どうやら、良くあることらしい。
「この前お会いした時は、モニカ様はまだ6歳で御小さかったですなあ。その前はモニカ様が赤ん坊の時にお会いしました。」
(えっ、そんなに前なの!道理で覚えてないはずだわ。)
それでもキラキラとした、何かを期待しているような目で私を見てくるものだから、思わず謝った。
「ごめんなさい。覚えてなくて………。」
「………そうでございますか…。」
言ったとたん、あまりにも落ち込むもので。
少しばかり申し訳なく思った。
「―――バイトリー叔父様とアラグレラ叔母様に会いにきたんだけど。」
そこに兄が割って入ってきた。
そしてもう一度用件を言う。
「嗚呼、そうでしたね。すみません。あまりにも嬉しかったもので……。」
(嬉しかったって……)
この先が少し思いやられる私であった。
サイトの更新している所までなんとか追いつきたいです…