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精霊達のレクイエム(鎮魂歌)  作者: 真条凛
始まりの言葉
5/30

屋敷再び

単純なサブタイトルですみません

――――――――――



屋敷に戻ると侍女などに寄ってたかられ、バスルームに連れ込まれた。


屋敷とは私が彼等に助けられ、連れてこられた場所だ。



「自分でできますから。」

脱衣所で私から離れようとしない侍女たちにどまどうような視線を向け、口にした言葉。


だが彼女等は不満げだった。


私のドレスに手を掛け、手伝おうとしていた手をやんわり退けることで、態度を示す。



いつまでも渋る私にとうとう諦めたのか、服に手を掛けていた侍女の方が手を離した。


「でしたらお体を洗うのをお手伝いさせて下さい。」


5人居る内の一番若い侍女が口を開いた。


となると、彼女が一番偉いのだろうか。


「すみませんが、一人になりたいものなので一人で入らせてくれませんか?」


正直言って疲れていた。


それに兄のこともあり、一人で考えたかった。


目を向けるそこにはハンカチに包まれた眼鏡が棚に置いてある。


その物悲しいさまに侍女は渋々了承せざるをえなかった。


この屋敷の主であるらしいハーレイから何か聞いているのであろう。


若い侍女は目線だけで他の者も下がらせ、私に何がどこにあるのかを教えると自分も、失礼しましたと言って出て行った。


扉が完全に閉められたのを見届けると、ドレスを勢いよく脱ぎ捨てた。


あらわになった身体。

白い胸元。

そこには複雑な紋様があった。

それほど大きくないが、紅く色づいており、白い肌には目立つ。


普段は薄いピンク色なのに今は――


「――真っ赤。」


胸元を見下ろし、指先でなぞりながらポツリと言葉を落とす。


なぜこんな物があるのかという理由はとうの昔に答えを知っている。


あの、時から消えない(アザ)。これからも決して消えることはないのだろう。





バスタブにポチャンと浸かる音が浴室に響く。


詰めていた息をはあー、と吐き出す。


何やってるんだろう、私。


繰り返し考えることは兄のこと、それからハーレイのこと。


一人になったとたん考えが波のように押しかけてくる。


どうしてあの時私だけ逃がしたの?

どうして見知らぬ私を助けてくれたの?

どうしてキスしたの?


考え出したら止まらなくなる。


力の暴走を止めるためならあんなことをしなくてもなにかあったはずだ。

多分……。


あの時のことを思い出して、思わずザブンと頭まで浸かる。


息を吸うために水面から顔を出し、吐き出した息は溜息なのか、息継ぎなのか私にはわからなかった。


「あ〜もう!悩むのや〜めた。今さらうじうじしたってしょうがないわ。母様だってきっとそう言うわよ。」


うんうん、と頷きながら自分を納得させる。

こうでもしないと立ち直れない。


ならばさっそく自分にできることをしないと、と勢いよくバスタブから出て、身支度をテキパキと整える。


そうと決まれば、私の向かう所はただ一つだ。


部屋を出た所のすぐ近くに先ほどの侍女が立っていた。


私が出て来たのに気づくとすぐさま近付いてくる。


「まあ、お風邪を召されてしまいますよ。きちんとおふきになってください。」


そう言うと、どこから出したのか、タオルで私の髪の毛の水分を拭き取る。


銀色の毛先から落ちる雫は、もうすっかり冷たかった。


しばらくすると満足したのか手を離した。


その彼女に私は尋ねた。


「あの、ハーレイの居る部屋まで案内してもらってもいいですか?」


すっかり時間は経ってしまったがまだ聞きたいことは沢山ある。


「ハ、ーレ…イ……様の、ですか?」


なぜかハーレイの名前で詰まった彼女を不思議に思ったが、話したいことがあるの、と言えば彼女は渋りながらも了承してくれた。





長い廊下を彼女に付いて行きながら思い付いたことを口にする


「この屋敷は場所的に何処ら辺りになるんですか?」


先を行っていた彼女は何故か肩をビクリと揺らした。


そんなあらかさまに私を警戒されると正直傷つく。

別にそんなに、振って悪い話題だったの?


「あの、えと、それは……」


何やら歯切れの悪い返事だ。

どうしてか、こちらが虐めているような感じになる。

さっきまでは侍女の鏡のように毅然としていたのに。


「悪かったわ。ハーレイに聞くから気にしないで。」


私がそう言うと彼女が申し訳なさそうに目を伏せた。


「すみません……。」


「大丈夫、ただ不思議に思っただけだから。」


早く先を急ぎましょう、と目線を向ければ彼女わかりました、と足を進めた。


もうそこには先ほど動揺した彼女の面影は、毅然とした姿からは見出だせなかった。






「こちらにきっといらっしゃられます。」


一つの大きなドアの前で立ち止まった彼女はクルリと振り向き、私に道を空けた。


ドアは大きいと言われても丁寧に装飾を施されており、その古い紋様からは歴史を感じさせる。


促された私はドアの前まで静かに歩みドアノブに手を掛けた。


ドアは想像していたものと違い音も無く開いたが、ノブを回す音だけは開けたばかりの室内に響く。






まず私の視界に入ってきたものは闇。


室内にあった窓らしき物は、うっすらと闇夜に浮かび上がる月を映し出していた。


この屋敷に戻ってきたのは夕方頃。

それから1、2時間も経っていないのに、もう外は暗闇が支配していた。


少しすると月明かりに映し出される室内が見えるようになった。


窓、机、ベッド、椅子にソファーに棚。

一般的な物は全てそろってはいるが、どことなく寂しい部屋。私はそう感じた。


一歩、廊下から室内へと足を踏み入れれば、ここまで案内してくれた彼女が一礼してドアを閉めて出て行った。


シーンと静まり返る部屋。


本当にこんな所にハーレイが居るのか、と疑ったがとりあえず探してみる。


まずはヘッドの側まで行って中を確認する。



はたと気づいた。


これではまるで、私が寝込みを襲っているようだ。


そして声をかけて探せばよかったのだと。


すう、と空気を取り込み、名前を呼ぼうとした瞬間。


「なにしてるの」


背後の耳元で息を吹き掛けられながら声がした。


「っ、きゃぁ――」


――もごり、と口を押さえられた。


パニクった私は何が何だかわからなく、必死にもがく。


口を押さえている、ゴツゴツした手に爪を立てて抵抗し、なんとか声を出そうとする。


「ちょっ、ちょっとまって!痛い。俺だよ。ハーレイ。」


――へ?


そして恐る恐る背後を振り返る。


そこには焦った様子のハーレイがいた。


見知った顔を確認し、手と肩の力を抜くと口を押さえていた手は退けられた。


「っ!ビックリさせないでよ。馬鹿。」


だが驚かされ、恐怖を覚えた私は思わず怒鳴った。


そうして彼の広い肩を力の抜けた手で叩く。


「ごめん、ごめん。寝ていたらいきなり部屋に入ってきたものだから何してるのかと思って。」


「だ、だって、貴方を探していたんだもの……。」


「だからって、男の部屋にこんな風にすがずか入って来られればこっちはたまったもんじゃないよ。もう少し用心してくれないと。」


呆れた風に言う彼はぽんぽんと私の頭を優しく叩く。言っていることは厳しいのに、していることは優しい。



「……ごめんなさい。」


そんなことを言われれば謝るしかなかった。


「うん。ちゃんと解ったならいいよ。それにモニカが以外とお転婆なことも分かったしね。」


お転婆ばと言われ真っ赤になってしまう。

今まで猫被っていたのに…。


それより、始めの方でハーレイは気になることを言った。


「寝ていたのよね?」


「うん。」


「ベッドには居なかったわよね?」


「ソファーで寝ていたからね。」


どうりで。

ベッドから驚かされたなら、私はそれほどまでビックリしなかっただろう。


「そうだったの。だったらいつ起きたの?」


「モニカがベッドに近づいた時ぐらいにちゃんと起きたかな?けど最初っから気づいてた。」


意味が解らない。

どういうことなのだろう。


「起きてはいたんだけど、ちゃんと意識が覚醒していなかったってことだよ。」


黙って首を捻っているとハーレイは説明してくれた。


「で、何か用事があったんでしょう?」


彼にそう言われ、ハッとする。


いけない、忘れていた。


「私がここに来たのは、貴方に尋ねたいことがあったからなの。」


自然と表情が固くなる。


部屋は月明かりが調度いいくらいに照らし出しているので、明かりはいらないだろう。


「なぜ正体の解らぬ私を助けたの。あんな所で馬に乗せられ、意識のない私を拾えば面倒なことになることくらい分かったはずよ。それに、いつから私のことに気がついていたの。」


いくら月明かりで明るいとは言え相手の表情までは見えない。

自分の、この強張った表情が見えないことは幸だが、彼がどんな表情をしているのか知りたいとも思ったが、それと同時に知るのが怖いと思った。

顔は知らず知らずのうちに顔は下を向いている。


一瞬の沈黙の後、ハーレイが口を開く。


「助けたのは君を乗せて走っていた馬が俺達の前で大人しく止まったのと、君が貴族だと思ったから。そして君がフィオーラの妹、モニカだと気がついたのは、あいつの眼鏡を見た時。森で助けた時から訳ありだとは思っていたから面倒事なんて百も承知だったから別に今さらなんとも思わない。」



唇がわなわな震える。


そんなのあるわけがない。


あるばずがない。


嘘だ。


「……うそよ…嘘。…面倒事になるのも百も承知で、今さら何とも思わないなんて嘘よ。貴方、見たでしょ!?私がしたことをっ!それでも言えるって言うの!」


怒りに任せ、言葉を紡ぐ。


感情の波に押し流されそうだ。


自分を抑えろ、と心の中で声がする。だが、抑え切れない感情は留めなく涙と共に溢れ出す。


「貴方も…私のこと、気味が悪いんでしょ…。…みんなそう。みんな…離れて…いっちゃうのよ。」


突然ぐいっと腕を引かれた。


「気味なんて悪くない。」


たった一言。

なのにどんな言葉よりも鮮明に耳に入った。


その大きな腕に抱かれ、優しく頭を触られると、なぜだか彼の言葉を信じれた。


それに促され、涙声で心の中にあった(わだかま)りを吐き出す。


「それに…怖いの。…自分の意志に…関係なく…暴走した、当の本人…は…止めることのできない……人外の力…。」


「――君はその力で人を傷つけたことはあるの?」


静かな、本当に静かな一つの呟きが落とされた。


私は思わず唇を噛み締める。

その口をこじ開け、無理矢理声をしぼりだす。


「――あるわ。」


暗闇に落とされた言葉は固い響きをもっていた。


「その相手は君を責めた?君のせいだと言ったの?」


「……口ではなんとでも言えるわよ…」


「そうかもね……。だけど、君に力があってもなくても、人は人を傷つける(すべ)を持っている。それは剣術を習っている俺にも同等のこと。」


彼の言葉に思わず顔を上げ、彼を見た。


その反応をハーレイは満足そうに見て、優しく目を細めた。


「人を傷つけることは誰だってできるし、その方法は星の数だけある。モニカの場合は方法が少し違うだけ。暴力と言う名で他人を傷つけることもあれば、言葉で心を傷つけることもある。そしてそれの使い道を変えれば、暴力は人を助ける力にも返られる。そして言葉は相手を癒す。そしてモニカの力はも誰かを守れる。」



――守れる。


私が?


今まで暴走ばかりしていた力が誰かを守るなんて。


そんなこと考えたことすらなかった。

いつも力が暴走しないように神経を張り巡らしていただけだ。


力を解放することを恐れて、人との関わりも断ってきた。


それを彼は自ら解き放てと言う。


「……無理よ…。私にはできないわ。」


泣きつかれて頭痛のする頭をゆるゆる振りながら弱々しく言った。


「どうしてやる前から諦めるの。していない内からそんなことを言っていると、出来ることも出来なくなるよ。」


「だって…始めから結果は決まっているもの……。」


「ならその結果は誰が決めた。」


真っ直ぐな瞳に射られた私は目を離すことができない。


「っ、それは…。」


「出来ないと決めつけるのは試してからでも遅くはない。だから、もう自分を否定しないで。」


彼の言葉が心に浸みた。


自分を認めろ、好きになれ、と。行っている。


「自分を否定……。」


「そう、否定しないで。そんなことしていたら、何もかもダメになる。君はもっと自信を持つべきだ。」


できるよねと、彼の瞳が語りかけてくる。


少しだけ、信じてみたいと思った。

彼の言葉を。


「……そう、ね。もう少し頑張って信じてみようかしら――」


――自分を、そしてあなたを。


言葉にはしなかったが、私は強く思った。


すると、自然と顔は下を向いていたものから、毅然としたものへと変わり、表情は笑顔になった。


――悪くないかもしれない。


貴方を信じてみるのも……。




あれから2日。


続けて雨が降っているので、森へは行けていない。


家へと手紙を出して知らせようとも思ったが、まだフケート王子などが居るかもしれないことからそれはためらわれた。


もしかしたら屋敷に戻っているかも、という淡い希望も持ったりしたが、あの兄が頼まれたことをほったらかして、いそいそと帰るとは思いにくい。



それにハーレイの言葉もあり、フィオーラは無事だと信じている。


なので、あの時ほどは焦ってはいない。


「モニカ様?どうかなさいましたか?」


ぼんやりと部屋のソファーから窓の外を見ていた私ははっとする。


さっきまでは雨がザアザアと降っていた空は今は曇天。


まるで今にも泣き出すのを(こら)えているかのようだ。


ふい、と目線を窓から逸らし、声の発せられた方へと目を向ける。


「ううん、何でもない。」


声をかけてきたのは二日前、私をハーレイの居る場所まで案内してくれた侍女、エスペだ。


「ですが2時間もそのままいてはお体にも悪いですよ。」


「そうね、……ここには室内訓練所なんかはあるかしら?」


しばらく考えた後に言葉にする。

このごろ何もしていないから身体が鈍っている。そろそろ身体を動かしたい。


「訓練所ですか?ありますけど、何をなさるんです?」


「少し身体を動かそうかと思うの。」


彼女に尋ねられた言葉に、花咲かんばかりの笑顔を向けて上機嫌に用意を始める私。エスペは戸惑った顔をして私の行動を見守っていた。











「た、たんま、たんま!」


焦った男の声。


私は相手が完全に降参しているのを目にとると、手に持っていた木刀を手元に戻す。


とたんに遠回しに見ていた人々が拍手をよこす。



ここは室内訓練所。


その名の通り、ここは身体を鍛える所。


自分の目の前には数人の男が倒れている。

中には恐持ての者も。


「はあ、大の大人が情けない…。」


(せめて女には勝てないと…。)


「けど、いい運動にはなったわ。」


うんうん、と満足げに頷き、自分の相手をして倒れている者や腰の抜かしている者にありがとう、と手を振る。


と、そこへまた一人歩み寄って来る者があった。


「おひとつ、私とも手合わせ願いたい。」


よろしいか、と問い掛けてくる男は図体も大きいが、しっかりと筋肉が付いており、がっしりとした体格の恐持てだった。


惜しげもなく曝し出しだ二の腕の筋肉、タンクトップの上からでも分かるほどの腹筋の割れ目。


すこしその格好は見ていて寒かった。



髭は剃っているものの、ほお擦りをすればジョリジョリしそうだ。

髪はすくんだ金茶色。


対する私の装いは侍女から無理矢理借りたシャツに長ズボン。長い髪は頭の高い位置で一つにくくり、ポニンテールにしている。シャツの下に隠しているが、胸元にはあのアメジストのネックレス。


侍女達に借りる時、よそ様のご令嬢にそのような格好をさせれません。と泣いて止められたが、普段からこんな格好しているから、と振り切ってきた。


辺りから見れば、ぱっと見私は見習い騎士ぐらいに見えるか見えないかぐらいないだろう。髪の毛なんかも梳かずに引っ詰めて縛ってある、と言った方が正しい。

まさか誰も、普段はドレスを着ている令嬢だとは思いもしないはずだ。


対する目の前に立っている例の男を見ると、40代後半くらいに見える。

だからといって中年より、壮年と言う言葉が似合いそうな風貌だ。


「ごめんなさい。私では貴方の相手にならないわ。」


その男が(まと)う雰囲気、身なりを見て人目で解った。

この人は強い、と。


私が言った言葉に納得がいかないという顔をしている男に、私は言葉を付け足した。


「相手の力量がある程度分かってしまうから…。だから今は私、無駄な手合わせはしないわ。」


「ほお、私の力量が解るのか。」


「貴方くらいの騎士なら大抵の者は負けると思うわよ。」


感心した風に言う男に私は思ったことを言う。


「こりゃーたまげた。小さいのにやるなあ。」


確かに彼と比べたら私の頭なんて彼の肩よりも少し下辺りになるが、標準としては私の身長は普通だ。単に彼が高いだけ。


「で、相手はしてくれないのか?」


「当たり前じゃない。貴方を相手にしたら、私1分と持たないもの。」


「そうやって相手の力量を解ることができるのはいいことだが、挑戦もしてみないで決め付けるのはあまり良くないぞ。」


若いならもっと威勢良く突っ掛かってこないとなあ、と笑いながら答える。



「分かっているわよ。だけど、今日は身体を慣らして運動したかっただけなの。」


私が言った言葉に、私によって打ちのめされた男達がビクリとした。


「そうか、明日もくるのか?」


「外が雨だったらね。」


「お前さんは騎士ではないだろう。私の知る女の騎士や、見習いは合わせて6人しかいない。その中でお前さんの顔は見たことがない。」


それにその髪色もだと。



「だって私、軍なんかに入ってもいないし、騎士ですらないもの。貴方も感づいているでしょうけど、立派じゃないけど令嬢よ。」


冗談めかして答えると、やはり、と呟きが落とされる。


「では、客人のモニカ嬢なのだな。」


「そうだけど…。なんで知っているの?」


「ああ、それは――」


言葉の途中で訓練所の入口の扉が勢い良く開いた。


「――私、何やっているんだ!」


そこから入って来たのは肩で息をしているハーレイだった。


「これは、ハ―――」


「―――アルギ、部下の者を連れて少し下がっていろ。」


何かを言おうとした男はアルギ、と言うらしい。


それを遮るようにハーレイは言い視線を投げかける。

その態度は正に上から命令しなれている者の態度で、正直驚いた。


私に接する時とあまりにも違いすぎたから。


彼の言葉にアルギは軽く頷くと、話しをちゃっかり聴いていた部下に向かって目線だけを寄越して、そくさくと出て行った。


やはりというか、何というか、想像してはいたがアルギは偉い人だったようだ。


どうりで、並外れて他者よりも強いと感じた訳だ。


「なんでこんな所に居て、木刀を持っているんだよ。」


額に手を当てて呟く彼を見て、私は正直に答えた。


「身体を動かしたかったのよ。近頃鈍ってたし。」


そう言いながらリボンで、一つ括りにしていた髪の毛を下ろす。



「…君に剣を教えたのは誰?」


しばらく黙っていたハーレイの口から出た言葉はそれだった。


「兄様よ。けど、正確には違うのかしら?」


「あのフィオーラがモニカに剣術を!ありえない、あいつに限ってありえない……。だけど、正確には違うとはどういうこと?」


「?私のはほぼ我流なのよ。それをより正確にするために兄様が教えてくれるようになったの。」


兄に対してありえない、と連呼している彼に首を傾げた。


「あいつ、部下に相手にはなってやるものの、教えはしないんだ。そうとう腕が立つのに……。なのに、よりにもよって妹に教えるか、普通!」


「それは仕方ないと思うわ。」


いつもの冷静な彼とは少し違う様子に私は戸惑うものの、事実を口にする。


「だって、幼い頃から私が兄様の特訓を盗み見して、見よう見真似で始めちゃったんだもの。」


「………は?」


私の言った言葉に対し、呼応するように発っせられた彼の声はなんともマヌケなものだった。


実際、ハーレイは唖然としていた。

私があまりにも普通の令嬢と掛け離れているものだから。


ハーレイの知っている令嬢など、お茶を優雅に飲んで会話ではお家自慢をし、何処の化粧品がいいだの、このドレスお幾らしたと思います?と高飛車にオホホホと笑っているものばかりだった。

ましてや家柄が良くなるのに比例するかのように、そんな傲慢さは大きくなっていく。


それに比べて、彼女は家柄良し、容姿良しのかなりの上位だ。

なのに自ら剣を習っていると言う。


「だから兄様は護身術になるくらいに教えてくれようとしてくれようとしたんだけど、それが予想以上だったみたい。」


「それはどういう……。」


「護身術以上に勝るものだったみたいでね、……。」


もう、唖然としていた。

こんなにも外見が可憐な少女が強いなんて想像もできないハーレイだったから。


「やあね、そんなリアクションしないでよ。私はお固いのが苦手なだけ。剣術だってばれたら止めらされると思って、隠れてしていたら我流になっちゃったのよ。」


あまりにもハーレイの反応が可笑しかったものだから、思わず素に戻ってしまった。


だが、彼はそんなことに気づいていないだろう。


「…けど剣術は見ているだけで獲得できるものではないだろう?」


それをどうやって、と問い掛けてくる。


「そうなんだけど、実際兄様の付けていたノートとか、こっそり読んでいたの。こういう時は剣をこうして受け流す、とかね。けど、それでは女の私には無理なことも沢山あったわ。だから自分でなんとかしてた。」


もう、ハーレイは感心しぱなっしだった。


そこで何かに思い当たったように問い掛けてくる。


「まさかとは思うけど、あんまり社交界に出ないのは単に堅苦しいのが嫌なだけ…?」


ドキリと心臓が跳ねた。


「え、え。そんなところよ。」


こんな返事では、ハーレイに不信感を持たれたのは確かだ。


だが、私にはこれ以上何かを言う自信など無く、黙り込んでしまった。











自分に宛がわれた部屋に戻ると何故かヴィオラが待ってましたとばかりに顔輝かせた。

どうして部屋に居るのかは解らないが…。


「モニカ〜。いらっしゃい、いらっしゃい!」


彼女が居るのは私が使わせてもらっているベッドの上。


しかも、もう寝間着姿だ。


足をぶらぶらさせて手招きしてくる姿はとても20歳には見えない。


「ヴィオラ、どうしたの?」


当然それは、部屋に居ること、寝間着姿のこと、ベッドに居ることを指している。


「モニカを待っていたんですわ。」


笑顔全開で笑いかけてくる彼女はとても嬉しそうだ。


そういえば、この屋敷に再び戻って来てから早二日。

ハーレイとは顔を合わすことはあっても、彼女とは全く顔を合わすことはなかった。


「ここ二日何処に居たの?屋敷内では全く見かけなかったけど……。」


ヴィオラの居るベッドに近づきながら疑問を口にする。


とたんに彼女の機嫌が目に見えて悪くなった。


「最悪でしたわ。頭いかれてんじゃないのかしら。」


「ど、どうしたの。」


「あれからここに戻って、私監禁されていましたの。」


「なっ!かんき―――」


「―――声を下げて下さいな。せっかく抜け出して来たのに見つかってしまいますわ。」


監禁という言葉に驚き、大声を出してしまいそうになったが、跳んできた彼女の手により塞がれた。


静かにできますか、と問い掛けられ、私は頭を縦にぶんぶん振る。


「――――だ、誰に監禁されていたの。」


監禁だなんて、そんな酷い仕打ちをする人がこの屋敷にいたなたんて……。


「誰にだなんて決まっていますわ。あの小憎たらしい男ですわよ。」


頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。

小憎らしい男?


「ハーレイですわ。」


「えっ?」


そしてヴィオラの口から出た名前にびっくりする。


あの自分を助けてくれた彼がそんなことをするなんて驚きだった。


そこで一つの考えに行き渡った。


だがそのことを彼女に尋ねる前に、二人の間に声が割って入ってきた。


「―――何でモニカの部屋にヴィオラが居るの。」


それは何とも不機嫌そうに顔をしかめて、ドアにもたれ掛かっている、今話題に上ってる人物だった。


「まあ、行儀の悪い。乙女の寝所に無断で立ち入るなんて、なんて不粋なのかしら。」


あまりにも状況が飲み込めれないでいると、ヴィオラが勇ましくも立ち向かった。


「それは君が言える事なのかな、ヴィオラ。」


私に対する時とは違い、あらかさまに毒を吐く彼。

彼は今、私の目には別に映った。


そこで、フリーズしていた脳が復活。


「―――ごめんなさい、お邪魔して。失礼します。」


それだけ言うと、ヴィオラの居たベッドから離れて部屋の外へと向かう。


ドアに駆け寄って出ようとする時にに、ポカンとしたハーレイの目と目線が合ってしまったが、慌てて目線を外して外への扉へと手を回した。











あれから走って走って走って、庭園に出た。


晴れたら綺麗だろと思われる景色は今ももちろん綺麗だが、どこか寂しく感じられた。


そして雨のあまり当たらなそうな木陰を選び、幹の根元に座り込んだ。


湿気を多く含んだ風が雨粒を私の元まで運んでくるが、もちろん私はそんなことお構いなしに居続ける。


屋敷内に居れば濡れることはないのだが、今の私は外に出たかった。


「―――どうして逃げ出してしまったのかしら……」


自分で呟きながら、そんなの決まっている。


ヴィオラがハーレイの彼女だと思ったから。

彼に監禁されるようなことを彼女がした覚えは私には無い。

なら、男が女を監禁する理由は、私にはどう捻っても一つしか思い浮かばなかった。

それは、他人に彼女を見せたくないという独占欲からくるものではないのだろうか。



何でだろう。

何故か気になってしまう。


胸が痛む。


今まで家族以外の他者を、こんな風に気になどしたことはなかったのに……。


それは完全に私が一方的にハーレイの事を気にしているということ。


ただの尊敬の念からくるものかもしれない。

だけど、人を想うことがこんなにも苦しく、切ない事だと思いもしなかった。


この気持ちが恋心かどうかは分からない。だけど他人と関わることに恐れを抱いていた私に希望をくれた。


それは優しくも温かい心だった。


ポタリ、と葉に付いていた雨粒が私の頬に落ち、伝った。


その透明な雫はまるで私の流した涙のように地に吸い込まれて行った。




―――どうしてあの人のことが気になるんだろう―――




自分のわけの分からない気持ち。


私には恋なんていう甘い感情は持ち合わせていない。

だから恋ではない、と思う。

だったら何だ、と問われれば生まれて直ぐにヒナドリが見たものに懐くような、そんなものなのかもしれない。

側にいると安心できるような、そんな感じ。



けれど少なくとも、彼は貴族だ。


私は世間から身を隠さなければならない。



どんなことがあっても……

関わりを持ってはいけない。


それが私にできる、父様への精一杯。











あの後落ち着いてから部屋に戻った私は、アスペに散々説教をくらった。


木陰とはいえ、風に因って雨に当たっていた。そのため銀の髪からはあまり色の違わない透明なが滴り落ちていた。


どうやら彼女は髪に水滴が付いていることにかなり敏感なようだ。


ごしごし、と髪を拭くわけでも無く、押さえ付けるようにぽんぽん、と拭き取ってゆく様は馴れたものだった。


兄弟でもいるのだろうか、と思ったが、他人の私情に口を挟むのは良くないと思いやめた。

私が他人にされたくないことだったから……。


「はい、これで大分マシになりましたよー。」


そう言って髪に手早く(くし)を通してゆく。


「別に良かったのに……。どうせ後から浴室にいくつもりだったから。」


面倒なことが嫌いな私がぶつくさ言っていると過敏な反応を見せた。


「良くありません。体を温めるにしても、そのままにしていたら風邪を引くんですよ。熱が出て、苦しい思いをしてもいいんですか?」


「それは嫌。」


だったらほったらかしにしないで下さい、と返してくる様は口調こそそうではないが姉のようだった。


実際私よりも三歳年上なのでそう思うのも無理なかったが、他人と関わることが苦手な私が自然と素直に言葉を返すには十分だった。


そう言えば、とエスペが言った。


「私が部屋に入って来た時、ハ…ーレイ様とヴィオラ様が何故か居たんですよね。どうしてでしょう?」


ビクンと身体が不自然に反応してしまった。


だが、それに気付いた風もなく彼女は、あまりにも五月蝿いので出て行ってもらいましたけどね。と退屈なく笑う。


そんな彼女に私はホッとした。


気負うことなく話せる事が素直に嬉しかった。



「あの二人仲がいいわよね。」


「ええ、それはもう、微笑ましい限りですわ。」


アスペの言葉で確信が持てた。

やたぱり彼等はそういう仲なのだろう。


「ですけど、ヴィオラ様もお可哀相に。全く以って不敏ですわ。あの方の独占欲の強いことといったら………まあ、本人は気付いていないみたいですけど。」


後半は聞こえなかったが、部屋のあちこちを動き回り部屋着やらタオルやらを準備しながら彼女はそんなことをぼやいていた。


そしてそれらを渡しながら頑張って下さいね、と言われた。


その言葉に私は動揺してしまう。


「な、なんで……」


「さあ、なんででしょう。ヒミツです。」


そう言って可愛く笑う。


どうやら私の気持ちに気付いたわけではなさそうだ。




そしてその時私は気づいていなかった。

その言葉の本当の意味を……



「さて、早めに身体を温めてきて下さいませ。」







そう言って彼女にバスセットを渡された私は、薄暗くなってきた廊下から窓の外を眺めながら歩いた。



外はもう、黄葉していた葉が静かに、そしてゆっくりと地に落ちてゆく。


そんな季節の始まりだった。





一応この章で一句切つきます。

サイトではもう少し進んでますので修正補足を頑張ります(笑)

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