出会い
「もお!!なんでこんな道通らないといけないの。」
「仕方ないだろう。嫌ならヴィオラは来なければよかっただろう。」
薄暗い山のなか二頭の馬が少し離れて歩いている。
その先に歩いている方の上に男が、後の方に女が乗っていた。
どちらともマントをかぶっており姿がよく見えないが、声からしてまだ20歳前後だとわかる。
「あんな所で残っているとか、ありえないですわ。それよりあたしも会って見たかったんだもの、モニカ嬢に。舞踏会や社交的場にはほぼ欠席で、たまに顔を出したかと思えばすぐに帰っちゃうし。おまけにフィオーラは面会を頼んだって拒否するしで、全く会ったことがないんですもの。しかも、アイツ!自分に妹がいること隠してただなんて!!」
かなり怒って憤慨している女に先を行く男は言った。
「まあ、そうだね。アイツ、俺にも黙っていたんだし。妹がいるってこと。数年前なんだか不思議な噂を聞くものだから問いただしたらやっと吐きやがったくらいだ。」
男が言った言葉に、女の方ははげしく同意をしめした。
「あたし達に何も言わないなんて最低ですわ。何年の付き合いしてると思ってるのかしら!」
「まあ、いいじゃないか。だから、こうして仕返しもとい、いたずらをしに行くんだし。」
男は微笑んでいながらも黒いオーラを漂わせている。
マントでほとんど身を包んでいるため、あまり良く見えないのだが、容姿が両者とも整っていることだけは見てとれた。
それだけに、あまりにその表情がさまになっていることがわかる。
「それもそうですわね。早く会ってみたいわあ〜。」
男の言葉で機嫌を直したのか、ご機嫌のようだ。
しばらく森の中を馬で進んでいた二人は異変に気づき、自分の馬をぴたりと止めた。
「ねえ、…………」
「…………ああ、わかっている。」
そのまま数秒の沈黙。
辺りの音は、風が葉を揺らす音、鳥の鳴き声、枯れ葉や落ち葉が風によってカラカラと動く音だ。
「何か近づいてきてる。」
「ええ。正確に言えば、私達に向かってくるような感じ……。この場所に向かって来ているんじゃない。」
「この気配は…………………馬だ。」
しかも、人が操っていない馬だと。
数秒後、姿が見えた。
「ヴィオラ、ネインは出そうか?」
「ん〜。どうかしら?あの子、気分屋たからどうとも言えませんわ。」
「だろうな。この半年で出てきたのはたったの3回。1ヶ月に1回出てくればいい方だしな。」
気楽げに答える女に、男の方はしみじみといった風に呟いた。
「シャイなんですの。仕方ないでしょう!?」
「………なら、俺が止めるか…。」
しぶしぶという感じに呟いた男は、近づいてくる馬に集中し、駆けて来て横を通るのを待った。
が、男はあるモノを発見した。
「おい、ヴィオラ!一人が乗っている。」
乗っていると言っても気を失っているのか、馬の背で体を横になっている。
にしてもおかしい。
馬が妙におとなしすぎる。
「ねえ、見て。馬のスピードが落ちてきていますわよ。」
彼女の言う通り、馬は彼等の元に着くときにはちょうど止まったのだ。
「女の子?」
馬の上から二人で気絶している人を降ろそうとして身体の軽さに驚いた。そしてマントのフードがずれ、顔があらわになる。
「みたいだな。にしても、貴族だと思うけど、ヴィオラはどう思う?」
木の幹にもたせ掛けながら尋ねた。
ふと、先ほどこちら駆けてきた馬を見ると、綱を繋がれてもいないのに、おとなしくその場にいた。
普通はありえない。
視線を何気なく戻すと、彼女は気を失っている少女の顔をまじまじと見ている。
「この子、可愛い!!何、この白銀の綺麗な髪は!すっごい美人さんですわ。」
興奮したように騒ぐ彼女に、視線を向けると、マントをのけた姿が目に入った。
確かに綺麗な少女だった。
だが、それを考えると、なおさらこんな森にいることがわからない。
「わかったから。……貴族だろうな……。」
「でしょうね。」
気を失っている少女の着ている服は控えめながらもしっかりとした作りをしており、何より質がよかった。
貴族じゃなければ、良家のお嬢様といったところか。
だが、苦労してそうだろうな、とも思った。
良家のお嬢様なれば、貴族達のように位の高い者に求婚を申し込まれれば、そう簡単には断れないだろうと。これだけ容姿が整っているのだ。
そこら辺の、無駄に地位の高い奴らが放ってはおかないだろう。
なぜだかそう思うと彼女に親しみを覚えた。
まだ目を覚ましても、話してもいないのに。
そんなことを考えた自分を自嘲気味にわらった。
「あら、なに?いきなり…どうしました?いきなり笑ったりして……。」
見られていたのか、ヴィオラがこちらを、なにか気持ち悪いものでも見た、といった風な表情をしていた。
「いや、別になんでもない。ただこの少女も大変そうだろうな、と思っただけだ。」
お前にもわかるだろう、その気持ち、と問えば苦笑を含んだ相槌を打ってくる。
「ふぅ〜ん、それよりもこの子どうやって起しますの?」
笑っていた顔を瞬時に引き締め、少女に視線を向けて問うてきた。
そうなのだ。
男ならばビンタでも、したたか殴るなどしてどうにかしただろうが、少女なのだ。
しかも自分にこのような経験は初めてで、どうしていいのか分からない。男ならあるのだが…。ここは本当ならばヴィオラに任せた方がいいのだが、その彼女が尋ねてきているのだ。
だから尋ね返すこともできない。
「………一応ここで起こすこともないだろう。近くの屋敷に連れて行こうか?」
「それもそうですわね、ここらの近くならあそこがあありましたわ。」
うなずき返してきたヴィオラは少し、いやかなり嬉しそうだ。
この少女の身が心配だ。
屋敷に着いたら、彼女に侍女を付けるべきだろうかと思案しながらもヴィオラの返答に同意を示し、行動に移すことにした。
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初めに私が見た物は灰色の綺麗な糸。
とても綺麗で、私の髪の色とは大違い。
私のように質素は薄いのに、しっかりした色をもっているのがとても羨ましくて、手を伸ばした。
届いたなら自分もその色に染まれるような気がしたから……。
「――――い…ったぁ。」
ガシリと糸を掴んだ瞬間声が聞こえた。
そして目の前にあった糸が離れていく。
だがそれを私はぼんやりと見つめていた。
手はいつの間にか糸から離れていた。どうやら指の間をすり抜けてしまったようだ。
「―――あれ?目が覚めた?」
先ほども聞こえたような声がしてハッとする。
「―――え?」
自分の置かれている状況を知り、戸惑った。
なぜか自分はベッドに寝ており、枕元には知らない青年がいた。
どうやら私が糸だと思って掴んだ物は彼の髪の毛だったようだ。
なにやらよく回らない頭を押さえながら、片手をついて座位の体制になろうとすると青年が手を貸してくれた。
そしてなぜ、寝ていた私の目の前に青年の髪の毛があったのかを問う。
「ああ、ゴメン。あまりにも日差しが気持ちよくて、ついつい寝てしまったみたいだ。」
そう言って床に落としていた本を広い上げ、ポンポンとはたく。寝てしまった時にでも落としたのだろう。
「別に大丈夫よ?兄様はもっと酷いもの。」
「兄さん?」
「そうよ。私のに――」
――そういえば、兄様は…。
そして思い出した。
「――行かなきゃ。」
兄様を助けに……。
多分きっと、兄様はあのまま残ったのだろう。
私だけ逃がして……
ベッドを降りようと体を動かし、床に足をつけて体重を かけるとよろめき、倒れそうになった。
が、青年が支えてくれたので倒れることはなかった。
「―――なにしてるの!は4日間も寝込んでいたのに、こんな急に体を動かしたらダメじゃないか!?」
だが、他人のはずなのにかなり怒られた。
それでもモニカは退くわけにはいかなかった。大切な大切な家族のことだから。
「―――行かなきゃいけないの。兄様を助けに!!」
涙目になりながらも必死に彼の腕から逃れようともがくが、彼は一向に放してはくれない。
「………行くって、場所が分かってるの!?ましてや、今自分がいる所も把握してないだろう。」
そう言われればモニカもハッとする。
「まずは事情を話してくれない?出来るかぎりは俺等も協力するから。」
「……俺等?」
今、この部屋には自分と目の前に居る青年しかいないはずだ。
「ああ、それは―――」
―――バン
突然、部屋の扉が開いた。
それも乱暴に。
「抜け駆けなんてズルイですわよ。」
そして、そこからずかずかと入って来た少女はそう言ったのだ。
少女と言っても女性と言ってもしっくりとくるくらいだ。
その子の髪の色も灰色だった。
「ヴィオラ、もう少し声のトーンを下げて。彼女が驚いている。」
「あら失礼しました。私ったらはしゃいでしまって……。私のことはヴィオラと呼んでくださいな?」
微笑みを浮かべる彼女の隣で青年もついでとばかりに口を開く。
「俺のことはハーレイと呼んでくれたらいいよ。」
笑みを見せてくれる二人に、とりあえず悪い人ではないのだろうと判断し、強張っていた顔を緩めた。
先ほど彼が、ハーレイが俺達と言ったのは目の前にいる少女、ヴィオラも含めてということだろう。
「はい。ヴィオラさんとハーレイさんですね。」
二人とも、どうやら私よりも年上そうだ。
「「さん、は付けないで。」」
私が呼んだ名前に付けた“さん”が気にくわなかったご様子。
息ピッタリに言い返された。
「じゃあ、ヴィオラにハーレイ。」
そう言い直すと納得したようだ。
家族以外の人をこんな風に呼ぶのは初めてのことで、なんだか新鮮に感じる。
「ええと、私はどうしてここに……?」
ともかく兄の元に急ぎたくて、今の自分の現状を把握しようと尋ねた。
「月華の森で馬の背に気を失ったまま乗っていたんだ。」
月華の森とは国境付近にある森の名前。
満月の夜に咲く珍しい花が唯一見つかる森なので、その花の名からきて月華と言う。
森に正確な道は一本しかなく、なんとか馬車が通れるくらいの道があると兄が言っていた。
そして、そこを通っていて襲われたのは私達。
兄に自分だけ逃がされたので襲われたのかどうかは不確かだが…。
ハーレイとヴィオラの話しを聞く限り、兄に気を失わされた後馬に乗せられたようだ。
だがよくもまあ、意識のない人間を乗馬させたものだ。
今さらながら兄に対して腹が立ってきた。
「君はどうして馬に乗ってあんな所に居たんだい?」
心の内で怒っていた私は突然降ってきた声にはっとする。
兄と私は内密に、母の故郷ベルシアに向かっていた。だが、そこは隠された土地だ。
彼等にそれを話していいものか悩んだ末、こう言った。
「私は、兄と従者の三人で出かけていました。そのところ、何者かに追われていることに気づき、兄が私だけを逃がそうとしたんです。私はこのまま残るか、皆で一緒に逃げよう、と提案したのに兄に却下され、意識を奪われました。……そして今にいたります。」
たった三人で出かける、と言っても普通そんな説明では納得しないだろうとはわかっていた。
だが、ハーレ達は黙ってそれを聞いてくれたのだ。
「追われることに心当たりは?」
「ありません……たぶん。」
自信がない。
自分はあまり外の世界を知らないから。
その分、勉学に励んだ。
一般的な知識や家に関係や繋がりのある所などは知ってはいるが、それほど詳しくはない。
社交的な場や、仕事などをしていれば他人から恨まれるようなこともあるだろう。
なので、ないとは言い切れなかった。
「そうだよね。よっぽどじゃない限り特定はできるだろうけど。」
椅子に座ったまま少し困り顔で、無意識なのだろうか、膝に置いた本の表紙を人差し指でコツコツとリズムよく突いている。
「特定できるんですか!?」
「うん、まあね。でもあれから4日も経っているから、微妙なところかな。」
「うそ!?4日も経ってるの!」
きっと今まで、満足に睡眠を取れていなかったせいなのだろう。だが、睡眠不足だけでこんなにも寝込むはずはないだろう、普通は。けれど私は例外中の例外。
「ベッドを降りようとした君に言ったはずなんだけど…」
自分の声を失ったころはよくあったことだ。
何日も寝込んだ。
だが、それとこれは別。
あの時は3ヶ月以上の不眠症に悩まされていた。
きちんと寝もせず、一瞬意識を失うということばかりだった。
そしてそんな妹を見ていた兄は強行手段にでたのだ。
すなわちそれは、急所を突いて意識を奪うというものだった。
それから私は死んだように何週間も目を覚まさなかったらしい。
それと比べればまだましな方なのだろうけれど……。
「聞いていなかったみたい。ごめんなさい。でも、兄は……、兄の無事を知りたいんです。」
膝に置いた手をきゅっと握りしめ唇を噛み締めた。
「うん、わかってる。だから探しに行こう?現場に行って手がかりになりそうなのを見つけよう。」
冷たくなっていた手をハーレイは優しく包み込んだ。
優しく微笑みかけてくる。
その手をペシリと払い、割り込んでくる手があった。
その手はハーレイの手を払いのけることに成功すると、私の手を両手でひし、と握りしめてきた。
「もちろん私もですわよ。何かあったら私に頼って下さいな。このしけたツラしている男よりは役に立ちますわよ。」
今まで黙っていたヴィオラが突然口を挟んできた。
「ありがとう、二人とも。とても心強いわ。」
自分を心強く元気付けてくれる二人に私は自然と笑みが零れた。