頼りと信頼
8/27
の更新です。
はァ、はァ
―――はァ
心臓が早鐘を打つように拍動し、息は切れ切れ。
早く進まなきゃと気持ちばかりが焦っても、身体は思うようには付いて行かない。
こんなことなら日頃からもっと運動しとくんだった。などと考える自分が少し情けなかった。
「―――あと、……少し、っ!!」
少しうねっている前髪が汗で張り付く。邪魔なそれを手の甲で拭えば、また新たな汗が流れ落ちる。身体は暑いのに流れ落ちるそれは少し冷たくて、まるで氷解が流れ落ちるかのようで、背筋が凍る感覚に陥る。
慌てて頭をふるも、そのなんとも言えない感覚に苛まれればなかなか頭を離れない。
ようやくたどり着いた離宮の奥まった門。
「あ、の…―――」
「あれ?あんたは―――」
「と、もだち…がまだ、中に、いるんです。」
すらりと口をついて出た言葉。この門は余り人通りはなく、ここを使用する者はごくわずか。
入れる望みがあるとしたらここだけだった。
「そうか、今日は非番だったんだな。だけど中は危険だぞ。」
二人の内もう一人が言った。案の定、私がまだ辞めたことを知らないようだった。
「それでもいいんです。お願いです中に入れて下さいっ!」
二人で顔を見合わせて悩むそぶりは見せたものの、結局は“危険な所には近付かないように”といい聞かせてから中に入れてくれた。
「ヴィオ、ラ……どこ?」
そういえば王宮に入ってから彼女を見かけた事もなければ、話しにも聞かない。てっきり私は王宮で彼女が過ごしているのだと思っていたのだが。
しかしハーレイと恋仲なのにいないと言うのはどういうことだろう。
結局、門番二人の言い付けは守らず火の元に来てしまったが、見渡す限り辺りは野次馬と消化活動の隊員だけだ。
だけど人混みから見えるその奥、炎があがっている辺りにたむろす妖精の様子がおかしい。やけに興奮しているというか、例えるならば、猫がマタタビを嗅いだ時のあれだ。
「どうしてこんな事になってるの。」
王宮には国守りが居るはずだし、レクイエムもどこの街や宗教団体よりも揃っている。なのに何故こんな事態が起こったのか。レクイエムはレクイエムでもその人達は寄り選りの精鋭だ。いくら国守りが多忙で手がはなせない事があろうとも、駆け付ける事ができるはず。
私が街から走ってくる間にも大分時間はあった。その間に来れなかったということは、何か不測の事態でも起こっているとしか考えられない。
「だれかっ!!中に私の子供がいるの!助けてぇええ!」
隊員に押さえ付けられながらも、必死に炎の上がるそこに手を伸ばそうとして足掻いている。きっと下働きの人だ。自身の子供を連れてくる人は少なくはなく、むしろ多いくらいだ。
自分の子を助けてと求める彼女を見て、私は心臓をわしづかみにされた気分になる。自分は何をやっているんだ、と。救うべき命がそこにあるなら、何故救わないのかと。
「叔母さん。安心して、私が助けるから。」
気が付いた時には走り出していて、彼女とすれ違いざまそう言った。
背後で悲鳴が上がり、隊員の人が何か叫ぶ。だけど今の私にはそれは全く耳にはいらなかった。
ただあったのは目の前の成し遂げるべき事だけ。
ただ、助けなきゃ、という思いが私を突き動かした。
そこには強い意志があった。
何も考えずに走り出した私はなんの準備もなく炎に飛び込んだ。もはや自殺行為だとも周りは叫ぶだけど炎に身体が焼かれることはなかった。
むしろ炎はアーチを作るかのように避けてゆく。そして熱風に煽られて髪がはためいているのかと思いきや、風はあるが熱くはない。
(もしかしてこの炎、幻?)
なら消化活動の隊員がいくら火を消そうと試みても火が消えないのも説明できる。だがそれでは何故炎が私を避けるように動いたのか分からない。
それに今焼けているのは焼却炉近くの小屋。作りは木で、ぱちぱちと木のはせる音がする。リアルに現実としか思えなくて、私は疑問を持つ。
とそんな時だった。
小さく咳き込む音と、荒い息遣いが聞こえたのは。
「そこにいるの!?」
「――…だ、れ?」
案の定、聞こえてきた声は幼い男の子の声。
しかし、誰か?と言う質問に何と答えていいのか分からなくて苦笑するしかない。
ようやく煙で見えなかったその子を見つけ出すと、次はその姿に驚く。そして慌てて駆け寄った。
「大丈夫!!あなた、これ……」
「?……おねぇ、さんこそ、だいじょ、ぶ?」
「え、うん。私はなんとか……。」
(こんなの聞いてない。)
私だけ火が当たりもかすりもしないのに、男の子は足に火傷を負い。そしてその下半身部に辺る胴の辺りに物が倒れてきており、床に押し倒されていた。
そんな状態に置かれているのに彼は私の心配をし、されるなんて思ってもみなかった私は戸惑った。
しかし火の手はすぐ側まで迫って来ており、下手をすれば男の子の上に倒れている棚にまで火が移りかねない。
「少し痛いかもしれないけど、我慢できる?」
コクリとわずかにだけど頷くのを確認した後、私は棚を退かすために膝を着いて持ち上げようとする。
幸い扉はガラスで出来た物ではなかったし、中身も割れ物ではなかったので安心したが、意外に思い。
「うっ、重いわねぇっ。」
下から見上げてくる彼の心配そうな表情を見ると、そんなことも言ってられない。安心させるように軽く笑うとまた作業に取り掛かる。
棚の端の方を横にずらし、彼の身体に載っている部分を浮かす。
「どうっ?出られそう?」
「なん、とか。」
脚はやはり痛むのか、腕力で身体を引っ張り出す。
ようやく抜け出せれた男の子の息は荒い。煙を吸い過ぎたのだろう。そして辺りを再確認すれば大分火の手がまわり、抜け出せたとしても無傷では無理そうだ。
それに彼は怪我を負っている。立って歩けたとしても、それほど早いペースは望めなさそうだ。
だがやるしかない。
ぐっと力を入れ立ち上がって下を向けば、男の子の瞳とぶつかった。そして燃え盛る炎を見て一つのアイデアを思い付いた。
「ねえ、少し準備に時間が掛かっちゃうかもしれないけど、二人とも無傷で脱出する方法を思い付いたわ。私を信じてくれる?」
――――――――――――
王宮奥深くの一室。
そこにようやく入って来た情報。
それを知らされたヴィオラは情報を持ってきた者に激昂した。
「何故もっと早くに知らせなかったのてすか。貴方はそんなにも自分のプライドの方がお大事で?人の命よりも?ならそんなプライド捨ててしまいたさい。ついでに地位も権力も無くして差し上げますわ。」
「し、しかし私は…―――」
「―――上に従っただけ、とおっしゃりたいのですか。」
「そ、そうなんです!!私はただ言われた通に動いただけで―――」
「―――だからそんな変な意地もプライド全て捨てなさいと言ったのですわよ。」
いつになく険しい表情のヴィオラはその瞳で十分に人を射殺せそうだ。
そして震え上がる男。そしてまざまざと見せ付けられる実力の差。
今まで自分が馬鹿にしてきた存在がどれほどのものか、今さら思い知ったのだ。
「いいでしょう。こう言う非常事態の時だけわたくしを頼ろうとするあなたたちに、今日だけ力を貸して差し上げますわ。ただし………条件があります。」
―――――――――――――
奥の部屋だろうか、建物が崩れる音がした。恐らく、もう残り時間はわずか。急がなくてはならない。
視線をさ迷わせ、辺りを見る男の子。きっと先程の音で不安になったのだろう。
あれから、私を信じると言ってくれた男の子に私は安心し、作業を開始したのだった。
この迫り来る炎から背を向け、今にでも逃げ出したいであろうに、私の目を見てしっかりと頷いてくれた彼に勇気をもらった。力を、使う勇気を。
だから今度は私が助けたいと思うのだ。
「大丈夫、もう少しだから。」
だから我慢して、と不安に晒されているであろう彼に話し掛ける。それにバッとこちらを振り向いた彼の瞳は揺れていた。
私は額を流れる汗に気を取られないように意識を手元に集中する。
「魔法……陣?お姉さんレクイエムなの?だけどこの陣、少し違う……。」
「……そう、ね。」
内心びっくりだ。こんな小さな子が魔法陣の形式を覚えているなんて思わなかった。
レクイエムと違うのは陣の縁にある小文字のスペルの違いだけ。この非常事態、そんな所まで観察するそ目敏さに驚きだ。
「正しくは魔法陣ではないわ。自己流だけど、即席よ。」
自己流!?だと言う事に目をひんむく彼に私は目線だけずらしてクスリと笑う。
まあ確かに、これが普通の人の反応だろう。
「だ、だって魔法陣は―――」
「―――定められた形式でしか発動しない、でしょ?」
知っているわ、と苦笑するも、彼は信じられないと言う風に私を見る。
普通は描いた魔法陣に、術者が力を送り続ける事で効果を発揮する。そして力の注入を止めれば効果は失う。それが一般常識だ。
しかし私が使っているものは違う。描いている陣自体に力を送り込んでおき、貯めたそれを使うのだ。なので注入をするのは初めだけ。後は注入が無くても力を発揮する。
「多分私の他に知っている人はいないわ。第一他の人に使える保証はできないの。」
「そんなことって……。」
「残念ながらね、一人は試したの。術者の腕もたしか、力もある。だけど出来なかった。……単に条件が揃わなかっただけかもしれないけれどね。」
久方ぶりの更新でした。
長い間をあけてすみません。
8月27日の更新でした。