歪む面差し
7/8(金)
の更新。
そうして、威圧に耐えられなかったのか、それとも華影の言葉に納得したのかは分からないが、光影は静かに去った。
たが私は固まったまま。未だその場を動けずにいる。
驚いた。その一言に尽きる。
話さないはずの華影が喋った。
それよりもその声に私は驚くしかなかった。
だってあの声は―――
「―――マルーシャ?」
信じられる訳無かった。
だって彼女のいつもの雰囲気とは、あまりにも掛け離れ過ぎていたから。
「‥‥‥。」
何も答える事のない彼女に、私は悲しくなる。
どうして、と。
それはその事を話してくれなかった事に対してなのか、華影に属している事なのか、それとも王宮の侍女を辞めてしまった事なのか、私には分からなかった。
気が付けば走り出していた。
彼女の手を掴んで。
彼女は抵抗しようと思えは、きっと私なんかをものともせず振り払う事は簡単だろう。
たがそうしないのは、甘んじて受けている他ない。
走って走って走って。
手からは彼女の戸惑いが感じられる。
握り返す力は控え目で、どうしていいのか分からないような思いが感じ取れたから。
漸く屋敷に付けば、私は一気に2階まで駆け上がる。
勿論、手は一方的に繋いだまま。
必然的に彼女も階段を駆け上がる嵌めになるわけで。
屋敷内にいた物は胡乱気にそれらを見送るのだった。
バタン
扉を、なんの淑やかさもない開け方をして、私は部屋に飛び込んだ。
「ネイラー!!」
案の定、その場にはネイラーが執務机には向かわず、ソファーに腰掛け寛いでいる姿があった。
彼女は、私の呼びかけに方眉を上げこちらを見る。
「私は言わないわよ。」
相変わらず何の脈絡のないままそう言われれば、眉をしかめるしかない。
「……彼女は、…マルーシャ・グラフィッツですか?」
「………。」
その無言は肯定を表すか、否か。
答えはそんなの分かりきっている。
なぜなら、ネイラーは答えない、と初めから断言していたのだから。
「……ならっ、華影の影に喋る事を許可して下さい!!」
きっと私は自分勝手な事を言っている。と、分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
依然繋いだままの手は相変わらず冷たいまま。
―――彼女と最後に笑い合ったのはいつだっただろう。
++++++++++++
仕事の合間の、ほんのひと時の休憩時間。
まだ仕事の片付かない私を手伝いに、彼女は洗濯場まで来てくれた。
干していた洗濯物を半分私の手から受けとった彼女の手が、あまりにも冷たかったから、私は言った。
「マルーシャはやっぱり心が温かいんだね。」
「……えっ!?」
触れた瞬間に、洗濯物を持って手を引っ込めてしまった彼女を見ても、私は尚も言う。
「あのね、町で良く聞くの。手の冷たい人は心の温かい人の証拠だって。私は残念ながら心が冷たいみたいで、手が温かいから印象に残ってたのよ。」
笑いながらそう言えば、マルーシャは強張らせていた表情を少し解いた。
「……そんなこと、初めて聞いたわ。」
自身の手を見つめながらそう言う彼女は、何か思う所が合ったのだろう。
「けどね、なんか嬉しく感じちゃうわよね。」
「嬉しい?」
「そうなの。だって私達って何でも見た通り、触れたりして感じた通りに受け取るでしょう。私なんか、外見から勝手に性格まで予想付けらるのよ。そうなるとね、その枠の中に入っていないといけなく感じてしまって嫌だったな。だから、感じ取ったままじゃないこの話しを聞いた時嬉しかったの。」
今まで思っていた本音。
いくら社交的な場面で顔を見せずとも、フローランス家であることには変わりがなく。どうしても決められた枠に入らなければいけないような疾走感に駆られる。
焦れば焦るだけ遠くなるそれは、私にとって重いプレッシャーのような存在。
正直、街の市場でこの話しを聞いた時は、私は見事に食いついた……と思う。
父の娘だから聡明で、母の娘だから慈愛に満ちていて、兄の妹だから秀英だと。
そう言われる度に、そう在らなくてはいけないように感じて苦しむ事だけ。
だから本当に、あの言葉を聞いた時はうれしかった。
例え心が冷たいと言われても、温かいと言われて期待されるよりも断然良い。
「ありがとう。」
「?」
「温かいって言ってくれて、ありがとう。」
―――今でもその時のマルーシャの顔は忘れられない。
++++++++++++
そう、あの時の笑顔と比べてしまうから。
だから悲しく感じるんだ。
影となったのは最近ではないだろう。
だからと言って、表情が固まるくらい無表情な彼女は見ていて嫌だ。
「―――私は別に、喋る事を禁じた覚えはないわ。喋る喋らないは個人の勝手。義務付けるのは趣味じゃないもの。」
「え?」
思いもしない事を言われた。
当然、喋る事を禁じているのだと思っていたから。
「喋らないのは自身の意志によるものよ。………私は別にどっちだっていいけどね。」
ネイラーから視線を外し、マルーシャを見ればやはり眼は合わしてくれない。
「そうなの?」
問い掛けても返ってくる返事はなく、それはもはや肯定しているも同然だ。
私はそう、としかと呟く事が出来ずに部屋から退室したのだった。
宛がわれた部屋に帰れば、何も無かったはずの窓際には一輪挿しがあった。
部屋を出た時には無かったはず。
興味を引かれて近づいて良く見れば一輪の薔薇。
だが、普通の薔薇ではない事は当の昔に教わった。
これは影花。
影の花となった花。
この国で存在するのは花影の側だけだ。
そして花影はこの花を扱う事を許された存在。
「……見守って来たのね――」
――この花は。
長い歴史を、そして人々を。
時代が変われば人々の生き方も違う。
争いは幾度となく存在し、消える事は無かった。
その争いを自分の信じる道へと導くために花影は動いた――
――人々のため、
――未来のため。
祈ることだけでは嫌だと行動に移した人達。
その人達は、何を思っていたのだろうか。
きっとマルーシャも何かを思って入ったのだろう。
だったら私はあの時、なんて言葉を投げかけてしまったのか……。
かけるべきはあんな言葉ではなかった。
「酷いこと言っちゃったわ――」
――マルーシャにも、
――グレファーにも。
改めて思う。
なんて自分勝手なんだろう、と。
自分の理屈、自分の理念。
いろいろな考えがあってこそ人間だと思うのだけれど、やっぱり感情に左右されてばかりだ。
さて、どうしたものか……。
頭を悩ませ、考える。
あれからグレファーは帰ってはきているらしいが、顔を見ることはなく。
マルーシャはと言うと、何処かに引っ込んだらしい。
時々思う。
ついていないな、と。
一度に二人の人と拗れてしまうなんて、と。
今更悩んでもどうしようもないのだけれど、今はどう改善すべきかで頭を悩ませる。
どうやって会えばいいのだろう。
「おはよう、モニカ。話がしたいんだけど、少し良い?」
「あ、うん。……って、えっ!?」
掛けられた言葉に返事をしてから気付いた。
いつの間に入って来ていたのかは分からないが、話かけて来たのはグレファーだ。
「いつの間に……。」
全く気配など無かったではないか、と言えば気配を消してきたのだといけしゃあしゃあと答えられる。
「だってそうでもしないと逃げられると思ったんだもの。」
「は?」
ものすごく心外だ。
例え避けられる事はあっても、こちらが避ける事はあまりない。
「だってあの日、走って逃げちゃうんだもの。言いたい事も言えないわ。それにあれは言い逃げよ。反則だわ。」
「意外にもずけずけ言ってくれるわね。」
「当たり前でしょ。モニカに限っては、思っていることをハッキリと言わないと伝わらない事が分かったわ。」
ムッ
「それじゃあまるで、私が鈍感のような物言いだわ。」
「その通りじゃない。」
段々と喧嘩に勃発してきているような気がするのは決して気のせいではないはずだ。
「だって、あれの時はっ!!」
「あの時は?」
「………。」
とっさに言いそうになった言葉を飲み込むも、何かを言おうとした事は明確で。追及されることは免れない。
でも、言える訳がなかった。
“あの時、魔法具を見つめるレファーの顔はとても哀しそうで、瞳には険を孕んでいた”だなんて。
そこに憎しみの感情を閉じ込めるくらいなら、どうして口にしなかったのか、と。
どうして話してくれなかったのか、と。
これはマルーシャに対して持った感情と同等の物。
―――きっと私は悔しいんだ。
なにも出来ない事よりも、気付いてあげられなかった自分に対しての怒りや勢いどり。
「……何に対してそう思ったの?」
静かな問い掛け。
「多分、私は貴女やいろんな人の苦痛に堪える姿や表情を見たくないんだと思う。だからあの時のレファーを見て堪えられなかった。」
なんだかモニカが暴走気味……←
お、おちついて。
7月8日(金)の更新でした。