光影のいわれ
仲間に引き入れる分には不足はない、と判断したのだろう。
「やっぱりネイラーは博識ですね。何でレファーが妖精じゃないと分かったの?レファーも隠れてたのに‥‥。」
普通は分からないわよ、と呟けば、ネイラーはふと妖艶な笑みを浮かべた。
「うふふ、普通じゃないもの。伊達に花影の党首をやってないわ。」
それもそうなんだけどね、と渋々納得するが、あまり釈然としない私は渋面だ。
「親御さんには、そのまま連絡を絶つつもり?」
やはりと言うか、流石と言うか、知っていたようだ。
「‥‥‥言える訳ないわ。」
絞り出すように言葉を紡げば、頭に手を置かれた。
そして軽く数回頭を叩かれる。
それは幼子を宥めているそれに似ており、少しムッとする。
「いじけないの。」
諭すようにネイラーに言われれば、そんな顔していたかと頬に手を当てた。
しばらくネイラーにされるがままになっていると、だんだんと眠くなってきた。
ネイラーは頭に手を置く際に隣に移動して来たので、調度良い感じ隣に肩がある。
いつの間にか私はまどろんでいた。
――――――――――
その頃王宮の一部ではちょっとした騒ぎとなっていた。
「これはどういう事だ。」
荒げた声を発したのはフィオーラ。
「ちょっと、落ち着けよ。」
「そうですよ。少し落ち着いて周りをみれば違う観点から物事を‥‥‥‥」
先程からシオンとシルガーが宥めるように言葉を掛けるが、全く成果は無い。
シルガーに至っては、話しが合っているようで合っていないが。
事の発端はシオンの一言だった。
「そう言えば‥‥‥。」
シオンが言葉を発するのを途中で止めた。
今は第一王子、ハルギレーイの側近が集まり、近頃の王宮内の不穏な動きについて知り得る全ての情報を話し、情報交換をしていた。
「‥‥?何かあったのか?」
それをいかぶしむようにフィオーラが先を促す。
「いや、あるにはあった‥‥んだが‥‥。」
フィオーラはシオンの上司。
だが公式な場では敬語を使うが、普段は砕けた口調だ。。
シオンは第一王子、ハルギレーイの持つ第一部隊の指揮者兼隊長だった。
そしてフィオーラはハルギレーイの持ち得る全ての軍隊の最高指導者。
実はと言うと、二人は同期で実力もどっこいそっこいと言ったところ。そう大差ないのだ。
だがシオン本人たっての願いでフィオーラが上司になった。
その事にシオンは一切後悔していない。
「何かあったなら、逐一報告するのが我等の役目ではないですか。」
いままで口を挟む事のなかったシルガーにまで言われてしまえば、シオンは報告するしかなくなる。
そしてシオンは話した。
早朝に高官の国守りが話していた事。侍女が、その話しを聞くために入った部屋に居て、座り込んでいた事。
「‥‥‥なあ、それはどんな侍女だったか覚えているか?」
しばしの考える仕草の後、フィオーラは言った。
国守りが言った言葉よりも、彼が侍女に興味を持つ事は大変珍しく、シオンは不思議に思った。
今の今まで、フィオーラが侍女に興味を持った事はないはず。
ならばあの侍女が、ならば何かの鍵なのだろうか。
「前髪が少し邪魔で、あまり容姿は良く分かないが大体なら覚えてる。‥‥‥容姿はかなり整っていたように思うよ。瞳は薄緑でだったが、あまり黒髪に馴染んでいなくて違和感を覚えた感は否めないけどね。」
あまりそこまで容姿に注意していなかったせいで、彼女の雰囲気しか直ぐには思い出せなかった。
手繰り寄せるように思い出せば、フィオーラは名前の事まで尋ねてきた。
シオンは珍しい事でもあるものだと思いつつ、彼女の名を口にした。
それが間違いだった。
後にシオンは後悔することになる。
その後、フィオーラがパニクったのは言わずもがな。
「なんでお前がそんなに焦るんだ。もしかして‥‥‥恋人だったのか。」
自分の言った言葉に有り得ない冗談だと思った。
だがあながち間違っていないかもしれない。
歳はそう離れているようには見えなかったから。
「は?何を言っているんだ。私は俺の妹だぞ。」
フィオーラの口から何か有り得ない言葉が飛び出したように思う。
「‥‥‥すまないがもう一回言ってくれ。」
「だから、私は俺の妹だ。」
「‥‥‥冗談だよな。」
「何故俺が冗談をつく必要がある。」
心底呆れた、と言う風に言われてシオンはムッとして言い返す。
「だって似てないだろう。髪色も瞳の色も。しかも兄妹ならもっと知れ渡っているはずだ。俺の耳に入ってくるくらいにはな。」
フィオーラの髪は焦げ茶色に、瞳は漆黒。一方私は違和感のある染めた黒髪に薄緑色の瞳。
全くと言って共通点がない。
しいて言うならば、容姿が二人とも整っている事くらいだろう。
「‥‥‥あまり周りに知られるのを是としない性格でな。」
あながち間違ってはいない。そして嘘は付いていないぞ、と内心細く笑んだフィオーラ。
一方シオンは納得したが、何故か違和感が否めなかった。
ハルギーレイの執務室に向かう側近組3名。
言わずもがなフィオーラ、シオン、シルガーである。
「フィオーラ、こちらは執務室の方向ではありませんよ。」
いつもと違う道を進んでゆくフィオーラに、その後から着いて歩くシルガーが疑問を顕わにする。
「ん?執務室には向かってないぞ。」
「なら何処に向かってるんです?」
「こっちの方は貴族の客室しかないだろう。」
まさか妹に会いに行くつもりか、と呆れて言ったシオンの言葉など無かったものと扱われた。
廊下でとある侍女とすれ違う際、フィオーラは彼女に声をかけた。
「モニカが何処に居るか知っているか?」
「モニカ、ですか?‥‥‥彼女なら、辞職されましたよ。」
「「「!!」」」
思わず三人は息を呑んだ。
そんなに簡単に辞職をするようには見えなかったからだろうか。
「‥‥辞めた、っていつですか?」
一番早く立ち直ったシオンが、戸惑いを隠しきれない面持ちで尋ねるも、返ってきた答えはなんとも素っ気ないものだった。
「何故第一王子の側近であるあなた方に御教えしなくてはならないのです。
何時辞めようと彼女の勝手ではありませんか。」
「俺は、ハルギレーイの側近である前にモニカの兄だ。今までも、これからもそのつもりでだ。」
「‥‥‥その言葉、嘘偽りはございませんね。」
真意にフィーオーラが頷けば、鼻の頭にそばかすのある侍女は幾分か目元を和らげた。
「分かってはいるとは思いますが、彼女はもう此処にはいません。」
フィーオーラもシオンもそれは想定内だったので、取り乱す事はなかった。
「モニカは昨日、私に辞任の届け出を出しました。上の者には明日提出してほしい、との事で。そして明け方近くに出て行きました。」
「‥‥‥。」
シオンは黙り込んでいた。
頭の中では昨日の朝の出来事が原因なのだろうか、と今更どうしようもない事を考えている。
あの時の様子は今でも覚えている。それくらい衝撃的だったのだ。
「そうか‥‥。」
それ以降、フィオーラは口を開く事はなかった。
それ以上騒ぎ立てない所を見ると、彼女の身に危険は無いと判断したのだろう。
だが、ハルギレーイの執務室に向かうとそこには珍しく先客がいた。
「ヴィオラ様、どいしてここに?」
ハルギレーイの座っている所に詰め寄り、机を挟んで胸倉を掴んでいた。
そんなヴィオラにシルガーの声が届くわけもなく、二人は睨み合っている。
「説明なさいよ。これはどういうこと!!」
何時もは上品そのもの、その対象としかなりえない彼女の激昂を聞いたフィオーラ達3人はその場で思わず立ち止まる。
「どうして止めなかったの。貴方が力を奮っていれば、それは避けられた事態。分かっていながらそれをしなかった!!あんたなんて最低よ!」
そのまま入口付近に居る3人に目もくれることなく、彼女は出て行った。
室内には、ドアの露骨にも大きな音を立てて閉まった音以外何もなかった。
「‥‥ヴィオラがこの部屋に来るなんて珍しいな。」
誰に言うでもなく、シオンがぽつりと呟いた。
それに促されるように残りの二人も口を開く。
「何であんなにも怒っていたんだ?」
フィオーラは疑問を口にした。
「そうですね。彼女があんなにも怒りを顕わにするのは珍しいです。」
シルガーが執務用の椅子に座ったままのハルギレーイを促すかのように言った。
「‥‥‥フィオーラ以外、少し外してくれ。」
静かな、少し消沈したかのような声が空気を震わす。
いつもの丁寧語をのけたハルギレーイの言葉。ただそれだけで、全く雰囲気が変わる。
何処か頑なにも聞こえるそれに、2人は従わざるをえない。
パタンと2人が出て行った扉が音をたてて閉まる。
二人分の気配が遠くなったのを見計らい、フィオーラは口を開いた。
「どういう事だ。」
それは仮にも主に対する口調ではない。
しかしハルギレーイはそれを咎める事はしなかった。
「‥‥先に謝っておく。すまなかった。」
そしてハルギレーイは話し始めた。
王宮を出たモニカの行方が知れない事を。
ハルギレーイ曰く、馬車も何も喚ばず王宮を出たモニカ。それに身を案じたため、ハルギレーイは影を付けて安全に屋敷まで連れ帰るよう命令を下したらしい。
だが、王宮を出てしばらくたった所でモニカの行方が分からなくなったと報告が入った。
だからすまない、と。
「なんだと!」
それを聞いた瞬間フィオーラが始めて声を荒げた。
「‥‥残念ながら、事実だ。影の実力は知っているだろう。それに、この事をお前に話したのはモニカが自分から行方をくらました可能性がないか聞くためだ。」
「‥‥ない、とは言い切れないだろうな。」
「そうか‥‥。」
再び沈黙がおとずれた。
両者とも、それぞれ思う所があるのだろう。
不意に天井から一枚の紙がふってきた。
それを慣れた様子で拾い上げるハルギレーイはさっとそれに目を通す。
「フィオーラ、あの二人を呼んできてくれ。」
普通なら、誰かが天井から降ってきた紙について突っ込まないとおかしいだろう。
だが彼等にとってはそれは日常茶飯事の事。
「話したい事がある。光影からの情報だ。」
影とは主のために遣え、暗殺から間諜、命じられた事なら忠実にこなす忠実な裏の存在。
主となった者に【影】と付く名を付けられた時から、その者の影となり手足となって動く存在。
それは王族にしか遣える事を是としない。
その事を知っている側近組はさして驚く事はない。
ハルギレーイは早足で部屋を出て行ったフィオーラの気配と複数の気配を感じとり、閉じていた目を開けた。
「全員揃ったな。始めに聞いておく。―――影花を知っているか。」