シオンsaid
視点が変わります
「‥‥‥だめ―――」
「―――ナニが?」
咄嗟に声が出てしまった。
少女の肩がビクリ震える。しかしこちらには振り向かない。
いつものような破棄も、意欲もない。
心配になった。
何時ものように余裕なんかは観られない。
彼女の事を怪しいと思うのは、今でも変わらない。
だが別に敵意を持っている訳ではない。
シオンは、そう思う自分のことも良く分からなくなった。
彼女に近づく一歩を踏み出していた。ほぼ無意識に。
だが、聞こえた言葉は拒絶。彼女を見れば、震えを無理矢理押し殺しているようにも見えた。何時もは強く見える彼女。
一度もこちらを振り返らず、その顔色は伺えない。
わずかな光りでも反射し、自分の色にしてしまえる白銀の髪。その髪からわずかに覗く肌。顔は見えないが、赤みなど全く無く、むしろ青白い肌が見えた。
ゆっくりと彼女が立ち上がる。
それでもこちらを振り向かない。
「何でもないわ。手間とらせてごめんなさいね。」
彼女の言った言葉に、ただ疑問を持つ。
それは謝罪の言葉。
謝られるような事をされた覚えはない。
彼女を追い詰めるのは何か。
見落としているような気がしてならない。
気が付いた時には、彼女のドアノブを回す手を掴んでいた。
それは驚くほど冷たい手だった。
何時からこの部屋に居たのかは分からない。だが、長い間外気に包まれていたことは分かる。
「‥‥‥離して。」
呟くくらいの大きさの声。寒さで声が震えているのかと思った。しかしどうやら違うようだ。
「離して。私、仕事があるから‥‥。」
もう一度。深く息を吸い込んで、堅い声が発せられた。
このまま彼女を見失ってはならない気がした。
姿ではなく、彼女の決意を。
騎士であるシオンはあの背中に見覚えがある。
あれは、何かに立ち向かおうとする背だ。
きっと表情は強張っているのだろう。誰かに見られることを是とせず、ただ自分だけの足を頼りに立っているのだ。
シオンは手を緩めるしかなかった。
自分の足で立つことを望んでいる彼女を引き止めれる訳もなかった。
彼女は掴まれていない方の手でドアを開けると、素早くシオンの中から手を引っこ抜いた。
元々無理強してまで引き留めるつもりはなかったので、仕方ないと言えば仕方なかった。
「‥‥一応、お礼は言っとくわ。‥ありがとう。けど、もう私には関わらないで。」
そう口にした彼女は、やはりこちらを見ることもしない。
斜め後ろから、伺い見ていた口元が僅かな動きをする。しかしそれは言葉としてシオンの元には届かなかった。
思わず手を伸ばした。届かないと知りながら。
そしてその手は彼女に届くことなく空を切った。
「さようなら。」その言葉だけを残して、彼女は明け方の微かな闇に溶け込むかのようにその場から立ち去った。
伸ばした手で頭をかき、顔を覆った。
(今日の自分はどうかしている。)
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その夜。
一羽の鳥が王宮から去ったのを、シオンはまだ知らない。
銀色の鳥はいずこへ。