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精霊達のレクイエム(鎮魂歌)  作者: 真条凛
永久《トワ》の安らぎ永遠の音色
19/30

漏れ出す事実


ここからは第3章です。



明け方に少し開けた窓の隙間。そこから寒気が音も無く入りこみ、じわじわと室内の温度を下げてゆく。


私は、冷えた体にグルリとショールを巻き付けると、床に足を付けた。

なぜだかこの季節に入ってから、あまり夢見が良くない。悪夢を見る、などとそんな物ではない、と思うが。何かを夢で見て、目が覚めるのだ。


そしてこの季節は室内の空気が滞ってしまいがちで、私は気分が滅入る。

寒いのと、気分のどちらを取るかと言われれば気分だ。

なら夜間ではなく昼間換気をすればいいのでは、と思うが、昼間は仕事に出ている。なので、自室を無防備に開けるということは嫌だった。


「散歩でもしようかしら。」


思いつきに口にした言葉。

それが妙にしっくりした。

部屋に篭っているのは嫌だ。


ならば早い方が良い、と思い立ったら行動だ。






自分の足音が反響する音。

ほとんどと言っていいほどそれしか聞こえない。

あと、聞こえる物と言ったら、風が葉を揺らす音ぐらいと言ったところだ。


「これは下手したら私、夢遊病者が徘徊しているだなんて思われそうね。‥‥あながち間違っていないかもしれないけど。」


だって夢見が悪く、宛もなく歩き回っているのだ。違いと言えば、意識がしっかりしているくらい。


空を見上げれば、先ほどよりは僅かに明るくなっている。

(そろそろ夜が明けるか。)

このままここに居る訳にはいかない。


見回りの者に気をつけながら歩いてはいたが、夜が明ければ騎士の者達がどっと増える。

変なところで疑われかねない。


今の私にがしなければならないことは、目立たないで顔を覚えられないようにすること。

その上で安全を確保しなければならない。


足早に廊下を通り抜ける。


もうそろそろレファーが帰ってきているかもしれない。

問いただされる前に戻らないと。


(見つかれば説教物ね。)


レファーが頬を上気させて怒ってくる姿が容易に想像でき、思わず笑いを噛み締める。

次いで想像してしまった事があまりにも笑えなくて、顔からは笑いが消える。

何となしに、レファーが妖精の姿から精霊に代わって説教をされた事はないな、と考えたのだ。小言で済めばいいが、レファーが力を奮ったらと、ぞっとする。

自分の身は他者にバレない程度に守れるからいい。だが、建物はどうだろうか。私の見立てでは、この華奢で繊細な装飾の施された宮は精霊の力に、威圧に堪えられない。

この国に居る国守りが束になれば、精霊の威圧は何とか抑えられるが、力までは取り抑えられない。

そうなれば、私自身の力を解放しなくてはならなくなる。精霊の力を滅除できるのは一級品の奏霊弔者だけだ。

この四面楚歌な中、その力がバレずに使えるだろうか。


(あ〜、やだやだ。何でこんなにも、悪い事ばかり思い付くの。)


頭を一振りして気分を切り替えようと試みる。


まあこの悪条件の中、マイナスに考えてしまうのは仕方ないとは思うが‥‥。


いくらなんでもねえ、と呆れ混じりに息を吐き出す。

それはため息として出て行った。


足音が前方から聞こえたため、回り道をして帰ろうと道をそれる。

だがそれもハズレだった。

人の気配が、また前方からやってきている。

引き返すにしても、先程の通路にはもう無理だ。

先程の通路から向かって来ていたのは、騎士ではないはず。しかしこちらの通路からは気配しかしない。ならば騎士なのだろう。一般騎士と言ったところか。


騎士に見つかれば厄介だ。

ならば引き返すべきだろう。


そう思い立てば、身を翻していた。


そして先程の通路に戻る手前にあった部屋。私は何の迷いもなく、そこに足を踏み入れた。


扉から顔を背け座り込み、床に膝を付ける。

何か、何か嫌な予感がする。


気配を消し、念には念を。結界を張った。

きっとレファーは、私が力を使ったことを感じとっただろう。


一息ついて、軽く深呼吸する。そして扉に向き直り、手を当てる。

耳を当てれば声が聞こえる。

まるで、ベルシアでレファーと盗み聞きをしていた時のようだ。ただ違うのはレファーが一緒ではないことと、あの時よりも遥かに緊迫した状態だということ。


「――――‥‥‥は‥まだ見つかっていない。だが、‥‥‥様は力を感じたと言っていた。」


「しかし、本当に王宮にいるのか?」


「‥‥‥様が居ると言っていたのだ。間違いないだろう。それとも貴殿はそれを御疑いになられるのか?」


「まっ、まさか。そんなことなかろう。私の忠誠を疑われるのですか?それにしても、この事を王には?」


「言ってはおらぬ。他の国守りにも、他言無用だと釘を刺してはいる。だが一人、ヌーベル女史が信用ならんがな。」


「ああ、あの。女のくせに、我らに口出しする忌ま忌ましい国守りか。」


「そうであろう。他の女史の国守りのように、口を挟まなければ良いものを。」


そのまま私には気付かずに、廊下を曲がって行った。もう声は聞こえない。

だが私は座り込んだまま、動くことができなかった。心臓が、早鐘を打つように早い。自分の血液の音が聞こえるかのようだ。


「―――‥‥あの人達、っ!」


なんて言った。


「王宮に居るって‥‥。」


確かに言った。


顔から血の気が引いていく。きっと効果音があったなら、サーと音がしていただろう。


(もしかしてバレた!?)


けど、そこまで大きな力は使ってない。


ナゼ


なぜ


何故


内容からして、先程の二人は王宮に居ることを確信しているそぶりだった。

見つかるのも時間の問題だと言うことだろう。


見つかれば‥‥


そんな考えが頭を横切る。


「‥‥‥だめ―――」


「―――ナニが?」


背後から突然声がした。


突然のことで、ビクリと肩が震えてしまった。顔を見なくても誰だか分かる。

シオンだ。

だからこそ振り返れない。


今振り返ったら、情けない顔を見られる。



返事をしない私を不信に思ったのか、こちらに歩んでくる気配があった。


「こないで!」


とっさに口を突いて出た言葉。

相手に拒絶を示すそれは、思ったより部屋に響いた。


私の言葉に、彼からの返答はない。

だがそれ以上は近付いてくる気配は無かった。


これは私の問題。

いくら馬が合わない相手でも、気に食わない相手でも、彼を巻き込むわけにはいかない。


グッと手を握りしめ、今にもブラックアウトしそうになる自身の意識を叱咤する。


ゆっくりと立ち上がれば、シオンの影が見えた。そちらの方向に顔を向けないように気をつけながら、私は声を出した。


「何でもないわ。手間とらせてごめんなさいね。」


謝罪の言葉を口にするものの、それは突き放すようで、他人行儀な口調。

今の私には、これしが精一杯だ。

悔しいけれど、これ以上関わらす訳にはいかない。

相手は騎士。

それも、全ての下の者を纏める位にいるのだ。それがシオンの責任。そして役割。


これ以上、彼等に甘える訳にはいかない。

(これは私の問題だもの。)


グッと奥歯を噛み締め、力を抜かないように気を付けながら、室内から出ようとする。


だがドアノブを回す瞬間。

手を掴まれた。


振り払う気力すら残っていない私は、声を振り絞って言う。


「‥‥‥離して。」


だがそれに返答はない。


いつもなら嫌味の一つや二つ、軽々と口にするはずなのにそれすらもない。


「離して。私、仕事があるから‥‥。」


シオンから見れば、きっと私は違和感ありありだろう。

手を掴まれても振り向かず、扉を見たまま言葉を発するのだから。


仕事と、言う言葉に反応したのか分からないが、シオンの掴む手の力が弱まった。


ドアノブを掴んでいない方の手。シオンには掴まれていない方の手で、ドアを開ける。

部屋を出て、手を強く引っ張れば、掴まれていた手はいとも簡単に外すことができた。


「‥‥一応、お礼は言っとくわ。‥ありがとう。けど、もう私には関わらないで。」


「もう関わる事もないでしょうけど‥‥。」と小さな声で呟いた。

そして息を吸い込み、口に出す。


「さようなら。」


一度も相手の顔を見ることは無かった。

そして振り向くことさえせず、その場を去る。

向かう先は自分に宛がわれた部屋だ。


たとえ相手がシオンでも、一目見れば相手に縋ってしまいそうになるから。




誰にも会うことなく、無事に部屋にたどり着く事ができた。

明け方、部屋を出た時と何ら変わりはない。

ホッと安心したその時、視界の端が歪んだ。

何だろうと、思い手を当てれば気が付いた。

涙だ。


「可笑しいわね。何で今更、涙が出るの。」


笑えてるつもりだった。

だが、目の前にあった鏡を見れば情けなくなった。

弧を描き、笑みの一部を造っているのは口だけ。眉は頼りなさげに下がっているし、瞳には意欲がなく、光もない。そしてあるのは涙だけ。


笑う事を諦めて、ベッドに顔を押し当てる。

笑う事を諦めた顔には、いとも簡単に目尻に涙が溢れた。






――――――――――





今だけは


涙を流すトキを下さい


夜になれば


明日になれば


私は強く


前を向くから





――――――――――――






その夜。

私は王宮を離れた。



足枷を付けた鳥は、鍵の付けていなかった鳥かごから外へ。

足枷は鳥の足に。

本当の自由が得られる時はあるのだろうか。


銀色の鳥はいずこへ。





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