嵐は唐突に
あの日以来、侍女達は落ち着きなくソワソワしている。
それは城に不逞なやからが持ち込んだ不安もあるのだろう。
だが、城を巡回する者が変わったり、警備隊の配置の総入れ替えなどが余計に不安感を掻き立てているのだ。
そして極めつけは、その不逞なやからと一人で対峙したと噂される、目身麗しい赤髪の騎士。
仕事仲間のマルーシャさんによると、彼はそのことを否定も肯定もしていない、だそうだ。
その謙虚さがたまらない、などと言うファンが続出。そして今に至るのだそうだ。
(別に肯定しても良かったんじゃないかしら。)
何故なら、私も手を出したが、彼も戦ったのだから。
(まっ、そういう所が実際謙虚なんだろうけど。)
そんな人事のような事を考えながら歩いていると。
噂をすれば何とやら。
前方から赤い髪が際立って見えた。
一瞬、引き返すという選択肢が頭に浮かんだが、相手はこちらに気が付いていないようだった事もあり、そのまま進む事にした。
もちろん、顔を俯ける事も忘れずに。
これならば勇姿を褒めたたえられた彼を前に、少し恥じらいながら横を通り抜ける少女。と言った所か。
しかし、物事は上手く行かないものだ。
後に、何故隣に並んで歩いていた人影に、気付かなかったのかと、問い詰めたくなる。
「やあ、今日は非番かい?」
耳元で聞こえた声に身体が戦慄した。
「――っ〜!!」
耳を押さえ、顔を俯けることも忘れて勢い良く振り返れば。声の主が、いけしゃあしゃあと微笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「っ、何すんのよ!?」
赤髪の青年の事など、頭の中から綺麗にすっ飛んだ。
そしてその変わりに、歩く公害。もとい赤髪の騎士がそこに居た。
「何って、挨拶だよ。」
きっとこの笑顔の下には、悪魔的な黒い笑みを浮かべている。などと、勝手な確信を持ってそう思った。
「こんなのが挨拶なものですか!貴方の頭、沸いてるんじゃなくて!」
もう表面を取り繕うことすら忘れ、応戦していた。
「ああ。こっちの挨拶が良かったんだね。なら期待に応えるしかないな。」
そう言うや否や、唇を塞がれているのに気が付いたのは3秒後。
「ご馳走様。」
そう言った彼を思い付く限りの言葉で愚弄してやりたい、と思いながらも、グッと口を噤んで、そして一言言った。
「沸いていたんじゃなくて、溶けていたようね、あんたの脳ミソ。」
そのままフンッと顔を背け。そこを後にする。肩を怒らせながら。
後に廊下の巡回をしていた騎士団員が言った。廊下で鬼を見た、と。
モニカが災難としかいいようのない‥‥
本当に唐突に来た嵐(タイトル参照)でした。