嫌いなものは…
あれから騒ぎを聞き付けた兄がやって来た。
そして、私の傍らに立っていた人物を見て足を止めた。
ハーレイと兄の視線が睨み合っているように見えたのは気のせいではなかっただろう。
――――――――――
屋敷に戻った私は、2階の部屋にいるように、と言われのけ者にされてしまった。
(兄様のバカ!)
2階へと続く階段を登ながら、思わずため息が零れた。
今頃、応接間ではあの二人が話しをしているはずだ。
私は最後まで、残ると言い張ったのだが兄の睨みを効かせた一声でこのざまだ。
(はあ…、情けない。)
二人の会話に自分が関わっているのは二人の態度を見れば、火を見るよりも明らかなのに。
それに、聞かせたくないことでもあるのだろうか。
ハーレイにまでフィオーラと二人だけで話させてくれ、と頼まれた。
けど、一番バカなのは私だ。
兄を説得することも、ハーレイと向き合うこともできない意気地無し。
こんな自分嫌だなあ、と呟きながら今入って来た部屋の窓を開け放った。
ふと何かが聞こえる。
何を言っているのかは分からないが、風にのって人の話し声がしたのだ。
何だろう?
窓から身を乗り出し、下を見れば開け放たれた窓が見えた。
そして気がついた。
ここは応接間の真上に位置するのだと。
(ここから話しを聞けないかしら)
そう思い先程よりも大胆に身を乗り出す。
中の様子が気になったのだ。
「―――危ないでしょう、モニカ。何してるの。」
突然背後から声が聞こえた。
諭すような、どことなく呆れたような声。
「えっ……わぁ、きゃあ!」
当然私はびっくりしてバランスを崩しそうになったが、窓枠を掴んでいたのでなんとかバランスを崩すことなく踏み止まった。
我ながら情けない声だと思う。
なんとか落ち着きを取り戻した私は、落ちそうになった原因であろう背後の人物を突き止めるため振り向いた。
そこにいたのは―――
「―――あなた、さっきの…精霊。」
精霊と言うことにためらったのは、また妖精の姿をしていたからだ。
それよりも思いもしなかった人物だった。
「その精霊という呼び名、やめてちょうだい。あたしの名前はグレファーよ。」
姿も変われば言葉遣いまで変わるようだ。
「―――グレファー…?」
その響は、どことなく不思議で、懐かしく感じさせた。
それに、そう呼ばれたグレファーはどことなく嬉しそうだ。
「けど、グレファーって言いにくいわね。レファーでどう?」
妖精の姿をしている時のグレファーは少しやんちゃな女の子のようだ。
精霊の時にはあんなにも威厳があるのに不思議なものだ。
「いいわよ、モニカがそうしたいのなね。」
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「……ねえ、」
「‥‥なに?」
「どうして私達こんなことしてるの?」
私は思わず疑問を口にする。
そう、今私達がしていることはなんとも滑稽だといえるだろう。
私は床に膝を付け、床に耳を押し当てているという姿。
これで話しを盗み聞きしようというわけだ。
それにしてもなんとも古典的な方法だ。
しかもそれを勧めたのはレファーなのだ。
その本人はと言うと、
全く同じ格好で床に耳を押し当てている。
全く同じ格好で床に耳を押し当てている。
(私が言うのもなんだけど、精霊がそんな格好をするのはどうなのよ……)
まあ、自分もレファーに言われるがまま、同じことをしているのだから声には出さない。
だがんな古典的な方法でも聞こえるものは聞こえるのだ。
格好だけがはしたないだけで……
(こんな姿誰にも見せられないわ……)
「どうかしたの?」
不思議そうな表情をしてこちらを向いたレファーに、何でもないと首を振り、再び床に耳を押し当てる。
――――――――――
「――で、話ってなんだ。」
私が去ってから沈黙し続けていた部屋。
はじめに沈黙を破ったのはフィオーラだった。
「仮にも主にそんな口の聞き方していいの?」
「………残念ながら俺は私公混合し質なんでね。それより、疑問を疑問で返すなよ。」
今までにないくらいぴりぴりした雰囲気をまとい、言葉を発する彼に仕方なく、ため息をついた。
でもまあ、仕方ない。
自分が無理矢理おしかけたからだ。
「……まずお前に謝らないといけない、すまなかった。月華の森でお前達を襲ったのは元老院の奴らの精鋭隊だった。」
元老院とは官位・年齢が高く、人望のある功臣のことだが、今の王宮に仕えている元老は欲望と野望で荒んでいる。
ある意味自分のためだけにしか動かない。
能力は優秀だというのに嘆かわしい限りだ。
「……予想はしていたが、…まさか本当に元老院だったとはな。」
やはり。
頭のまわる彼のことだ、想像はしていたのだろう。
「だから、すまない。家臣の監理ができていないのは俺のせいでもある。」
そこで頭を下げる。
端から見ればなんとも珍奇な光景なのだろう。
普段からあまりたじろぐことはないフィオーラなのだが、さすがにそいう訳にはいかなかったようだ。
自分の主ともあろう人が頭を下げて許しをこうてくるのだから。
戸惑った瞳と真意な瞳とが交差した。
実はと言うと、フィオーラはここまでされるとは思っていなかった。
ハーレイにも元老院にも。
自分が長年仕えてきた主なのでその性格は知っているつもりだった。
ぶっきらぼうだが優しくて、自分偽り、面を取り繕う。優しそうな笑顔をする割には腹黒で、内心何を考えているのか分からないという厄介な性格。
はっきり言って性格は知っているが心の内は知らない、といったところだ。
まだ小さい頃は素直だったように記憶している。
自分と彼は幼なじみなのだ。
「頭を上げて下さい。主が部下に頭下げてどうするんですか。」
言葉遣いを正し、ハーレイに頭を上げろと。
確かに自分は怒っていた。
だがそれはほぼ八つ当たりだったのだ。
そう、自分へのふがいなさ。それを身に染みて感じたのだ、今回の奇襲を通して。
モニカを関わらせないようにするために馬に乗せ、あの時逃がした。だが逆にそれしか方法が無かったのだ。
確かに彼女は強い。
剣の腕も、精神も。
あのままモニカがいても追跡者からは逃れられた。
しかしそれではいけなかったのだ。
追跡をしてきた者の中には国守りもいた。
国守りは独特な雰囲気をしている。なので彼等は自分達の同胞を見分ける術を持っている。
モニカはまだ完全には覚醒しきっていない。
なのでそんな術は使えない。
だがフィオーラは違った。
なんでもそつなくこなせせ、その実力も人並み以上だ。
それに妹のモニカと日々過ごしていれば能力者の見分けがつくぬうにっていた。
これも、フィオーラが天才と言われるゆえなのだろう。
そして追跡者の中に国守りがいると悟ったゆえにモニカを一人で逃がした。
あのままいればモニカは確実に王宮へと連行されていただろう。
「いや、謝ることはありませんよ。向こうはモニカのことに感づいていましたから、仕方なかったんです。」
「な、に!」
「追跡者の中には国守りもいましたから。」
「そんなこと…ありえない。」
それを聞いたとたんハーレイは頭を振りながら言った。
ハーレイが信じられないのも無理ないだろう。
国守りは一度王宮に入れば二度と出ることは叶わない。
そんな存在だ。
「だが私には馴れた気配だったので間違いありませんよ。モニカにはまったく及びませんがね。」
「おまっ!気配で分かるのか。」
明らかに驚いた声音のハーレイ。
無理ないだろう。普通ならば分かるはずのない気配だ。
「一応は、ね。これでも伊達に兄妹として育ってきていませんからね。」
そんなフィオーラの言葉に、ハーレイは飽きれるばかりだ。
「それにしても……どこから情報が漏れたんだか……。」
「俺もそれが気になるんですよ。ばれているならしかなたいですけど、どこから漏れたかが気になるんです。今後もこのようなことがあっては困りますからね。」
フィオーラはいっそ清々しいほどに開き直り、情報の漏れ所が気になるようだ。
「なら俺も動ける限りのことはしよう。」
口にした言葉に嘘偽りはない。
だが、
「俺でさえフィオーラに妹が居たことを知らなかった。なのにどうして元老院がこんなにも早く情報を掴めるのか。」
「そうですよね。俺でさえ陛下にばれないようにしていたぐらいななに……」
「「………。」」
沈黙の後、ハーレイとフィオーラがため息をつく。
「どうやらお前の従者は好奇心旺盛なようだな。」
客間の扉を見つめながら呟いた言葉。
それは相手にも聞こえていたようだ。
緩く開いていたドアからビジィーラはひょっこりと現れた。
自身の従者なのだが、その軽率な行動に呆れて物も言えないフィオーラ。
「いやぁ、フィオーラ様すみません。報告しにきたんです。そしたら殿下と話なんかしているじゃありませんか。入る機会を逃してしまいましてね、つい―――」
「―――出来心で盗み聞きをしたと。」
己の従者の言葉を途中で遮り静にその先を紡ぐ。
ハーレイはフィオーラが無言で怒っているのを感じていた。
まあ、普通はそれが当たり前だ。
彼等二人が話していたのは国の機密にも入るようなことだ。
「いえ、盗み聞きなら同罪者がいますよ。ホラ?」
そう言って彼が指した先。
そこにはモニカがいるであろう2階の部屋。
――――――――――
私は真っ先に、兄の従者であるビジィーラに睨みを効かせた。
だが彼はそんな私の視線を痛くも痒くもありません、とばかりに素知らぬふりして口笛をふいた。
そんな様子に腹立った。
けれど今はそんなやつに構っている余裕はない。
だって……
「モニカ、盗み聞きっていうのはコイツのようなどうしようもないヤツがするんだ。可愛い妹がそんなことを覚えてお兄ちゃんは悲しいぞ。」
うん。
前半はよしとしよう。
だが後半はいただけない。
「でもそんなことを言いながら、フィオーラはモニカが盗み聞きしていたことしってたよ。」
横からそう助言をくれたのはハーレイだった。
その言葉に私は「えっ!」と驚いた。
「勝手に、何暴露してくれるんですか。せっかく俺がお兄ちゃんヅラしようとしてたのに。」
そうなると私はまんまと兄の手の平で踊らされていたことになる。
「何がお兄ちゃんヅラよ。サイテー。」
その一言で大ダメージ。
フィオーラは床に撃沈した。
でもフィオーラが私のことに気づいていたと言ったハーレイ。なら彼も知っていたということになる。
(どっちもどっちね。)
内心呆れながらため息を吐く。
「それにしてもモニカがそんな大胆?なことするなんて思わなかった。」
そう
私にしては珍しい行動だ。
屋敷にいる時ならばそんなことはしなかった、……はずだ。
そもそもその発端となったレファーは隠れてしまった。
彼等が来る前に。
今彼女が居る場所は私の髪の毛中。
中と言っても首の根元辺りだ。
しかし、なかなかこそばい。
どうしても身じろぎして首を動かしてしまう。
途中、いっそのことばらしてしまおうか、と幾度となく考えた。
私の意志を無視してハーレイを傷つけようとした事。
このことだけでも憎む理由になりかねない。
だが何故だか憎めない性格を彼女はしている。
「だって知りたかったんだもの。それにしても………」
じっとハーレイを見つめ帰せば彼は少したじろいだ。
「………貴方、王太子殿下だったのね。」
しみじみとそう呟けば彼はどことなく寂しそうだった。
(これで辻褄が合うわ。)
月華の森で助けられたと聞いた時。
連れて行かれた先、そこが隠された土地ベルシアからそれほど離れていない場所に位置した屋敷だと知った時。
兄の事を知っていると言われた時。
兄が敬語を使った時。
私はこの答えを頭のどこかで知っていたのかもしれない。
月華の森になど、人は数えるほどしか踏み入らない。
そんな中に彼がいたのだ。
普通ならありえない。
「兄様も人が悪いわ。なんで教えてくれなかったの。」
と問えば関わらせたくなかった、となんとも簡潔な答えが返ってきた。
(関わらせたくなかった、って。自分の主に?)
いつもより真剣な表情。
そんな表情をされると何だか不安になる。
ふとビジィーラの方を向けば、彼は何の反応もしていなかった。
(あいつ……全部知ってたわね!)
何だか自分だけが仲間外れにされたようで、何だか悔しい。
確かにビジィーラは兄様の従者だ。だからって私だけ知らされていなかっただなんて……。
……兄妹なのに。
そんなに私は頼りないだろうか。
「まあとにかく、モニカはどこまで話を聞いた?」
「えっ?えッと………、王太子殿下でさえの情報を掴むのに苦労したのに、元老院が私の事を知った上で動いていたってところ、かしら?」
そう言いながらも私も考える。
情報通である王太子殿下。
それには劣るがなかなかの実力を持ち合わしている元老院。
彼等が同時期に私の情報を得た。
誰かが流しているとしか思えない。
もちろん屋敷にいる家人だという方法もあるのだろう……一般は。
だが私はそんなことを全く疑っていない。
私の屋敷で働く彼等はもちろん、家族との絆は生半可なものではない。
それだけは言い切れる。
私の家。
フローランス家の使用人は一時期から全く入れ代わりをすることはなかった。
それからは信頼できる者しかいない、と言っても過言ではない。
考えながらもハーレイの方を向けば、何となく何か言いたげだった。
どうかした?と聞こうとすれば兄の言葉に先を越された。
言葉を発するために開かれた唇は何をするでもなくまた閉じた。
だが自分の瞳が何とも言えない悲しい顔をしていることに気づきはしなかった。
「問題は誰が情報を漏らしたということじゃなく、何が漏れたかということだ。」
しかし兄の一言。
「何が……」
そこまで呟いてハッとした。
兄の言いたいことが分かったのだ。
「……私の力。」
「そうだ。それがどこまで相手が知っているかをこちらも把握する必要がある。」
(けどこの様子じゃ―――)
ハーレイも同じ事を思ったのか口を挟む。
「君達二人を追うのに国守りを使ってきたぐらいだ。あいつらも国の要に近い存在を動かすとはどういう存在を相手にしているかは分かっているようだしね。」
―――どういう存在
その言葉にビクリと肩が揺れた。
それは奏霊弔者のことを指しているのだろう。
「だから俺は屋敷には帰らない方がいいと思う。」
それは私に向けられた兄の言葉。
「屋敷に……帰らない…。」
まさかそんなことを言われるなんて思いもしなかった。
「フィオーラ、それでは―――」
「―――わかっている。」
何かを言おうとしたハーレイをフィオーラは遮った。
「わかっていないだろう!お前は妹に、家族と離れて暮らせと言っているも同然の事を言っているんだぞ。」
「……これしか方法はないんだ。」
苦し紛れにそう呟かれた言葉。
そこから私は兄の覚悟を汲み取った。
「探しもしないで決め付けるのか。これしか道はない、と。その上モニカの幸せまでもを決め付ける。その方法が正しいと何故言い切れる。」
普段の柔和な雰囲気など何処へやら。
触れたら切れそうな、鋭く鋭利な刃物を思わせられた。
「ちょっと待って、殿下!殿下の言った通り、自分のことなら自分で決めるわ。それが私の力のことなら尚更ね。」
「……モニカ。」
普段私にベッタリな兄の困惑しきった表情。そんな表情をさせているのは他でもない私だ。
「なら、どうしたい?」
言うのをためらっている私を優しく促したのはハーレイ。
「私は………私は王宮に行くわ。」
これは私が悩んだ結果だ。
「待て、何でそうなる!」
兄の焦った声がした。
次いで隣を見れば、驚愕した顔をして私を見るハーレイ。
こちらは驚きすぎて声も出ないようだ。
「モニカがあの偏屈ジジイの巣窟魔に行くなんて………。」
そう言ってヨロっと倒れる‘振り’をする兄。
それを受け止める‘振り’をしたのは、何とも嘘くさい声を出したビジィーラだった。
「ああ、フィオーラ様お可哀相に。こんなにも心配なさっている兄君を、放って行かれるのですか。」
今まで黙っておいて、傍観者を決めこんでいたのに今さらだ。
(うわぁ。なんて嘘くさいの。)
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ハーレイが制止の声をあげた。
「止めてくれるかい?ビジィーラ。…空気が悪くなる。」
躊躇った彼が口にした言葉。ある意味凄いことを言った。
「それにしても、自分から王宮に行くなんて正気かい?」
これは純粋な疑問なのだろう。
「正気に決まってるわよ。けどね、ノコノコ元老院に付いて行くってわけではないのよ。相手に気づかれないように王宮に入るの。」
いくら元老院といえど、世間知らずの小娘が自分から敵地に乗り込んで来るとは思ってもいないだろう。いや、世間知らずだからこそか。
いくら目を外に光らせていようとも、外にダーゲットがいなければ意味のないことだ。
まさか自ら敵地に乗り込んでくるなんて思いもしてないはずだ。なので必然的に王宮‘内’は手薄になる。
これが私の狙いだ。
(何より、このままここに居たら迷惑がかかってしまう。)
「俺は反対だ!」
ようやくショックから立ち直ったのか、フィオーラが喚きだす。
「べつに兄様に反対されようが、私は行くわ。」
元から、反対されるのは予測の内だ。
そのままツンとソッポを向けばビジィーラが目に入った。
そして思いっきり顔をしかめる。
(コイツ、気に食わないわ。)
気まぐれで首を突っ込んでは、ひっくり回す。
しかも自分の利益、不利益は全く関係なく。
腹に何かを据えているようで、全くその真意をあらわにしない。
そして
助けるふりをして、本当は助けようなんてしていない。
だから嫌いだ。
「行くって言ってもどうやって潜入するんだい?」
「私は使用人として入ろうと思っていんるだけど、どう?」
「どう?と聞かれても……」
輝いた目をした私に話しを振られたハーレイはとても困っている。
「だって貴方、王子様じゃない?」
それを言われた彼は困っている。
何をそんなに渋る必要があるのか、私には分かりかねない。確かに兄、フィオーラが渋るのは分かるが。
「俺を置いて話しを進めるな。」
そこでふて腐れたフィオーラの呟き。
一瞬にして空気が軽くなった。
モニカはビジィーラが嫌いなご様子。けど、嫌いとは少しちがいます。
今回でやっとサイトと同じ所まで追いつきました。
今度からは同時進行できればな、と思っております。