はい。わたくしが辺境伯に嫁いだばかりの妻です
殴り込みする妻
許せないことがあった。腹が立って仕方ないので、その苛つきの原因を叩き潰すことにした。
「――次。アマレット・マティナ・ゴールドウェイ……。えっ、ゴールドウェイ?」
辺境伯騎士団の新兵の試験。その申し込みの書類に書かれていた名前を読み上げて、受付の騎士が困惑している。
「はい。アマレット・マティナ・ゴールドウェイです。よろしくお願いします」
他者から見れば亜麻色の髪を肩で切り揃えた可憐な雰囲気と言われる見た目を最大限に利用して頭を下げる。ただし、手には愛用の大鎌を持っていて、雰囲気をぶち壊しているのだが。
「な、なあ。先日領主さまが結婚したけど、その奥方の名前って……」
「あ、ああ……」
同姓同名とか。だけど、苗字がゴールドウェイなのはいくらなんでもあり得ないだろう。
どういうことかと困惑している間に受付の騎士の一人が責任者に慌てて報告に走っていくのを待っているとさすがに非常事態だと判断したのか10分もしないうちに責任者らしき人とおそらく夫とその側近らしき人物が現れる。
「妻の名前を名乗っているとか……」
黒い髪。青い目の美丈夫が困惑したようにこちらを見てくる。
「あら、妻の名前をご存じでしたのね。――領地に入ってから一度もお会いできないので、名前も知らないと思いましたわ」
くすくすと笑っているが、下に向けていた大鎌を振り上げて、今にも攻撃できる態勢を取っておく。
「何を言っている。婚姻届けの書類に名前を書いたが会うつもりは一切ないと言っていたと侍女から報告が」
「あら。おかしいですわね。わたくしは辺境を全く理解しようとしない傲慢な妻を持つ気はない。白い結婚にするから好きにしろと侍女から言われましたけどね」
微笑みながら、困ったものですと大鎌を振り回す。振り回すが誰にも当たらないようにしっかりコントロールしてある。
王都騎士団の団長の娘であるアマレットと辺境伯の結婚は王命によって定められたものだ。
王都と辺境の環境の違いもあり、互いによく思っていない状況。このままではいずれ内乱が起きるのではないかと判断した陛下の命令ではるばる馬車に乗ってこの地に来たのだ。
だが、城に到着してすぐに夫になるはずの辺境伯は訓練で留守にしている始末。そして、領主の代理として、侍女頭が告げたのは前述の内容。
人を馬鹿にしているのか。なので、殴り込みを掛けることにして、そこにたまたま騎士団の入団試験をするというのを聞いたので愛用の武器で挑みに来たのだ。
「遠路はるばる来たわたくしに会わないのはスケジュールなどで大目に見ますけど、あの伝言は何でしょうね。人を馬鹿にしているとしか思えませんわね」
会ってもいない人を勝手に判断して勝手に白い結婚にするなどと。許せるものではない。
「なので直接話を伺いに来ました」
覚悟してください。
「ちょっ、まって」
「待ちません」
慌てる相手に問答無用で攻撃をするのは確かに傲慢と言われても仕方ないかもしれないが、こっちは王命で来たのだ。それ相応の対応をしてもらうつもりだ。
「伝言では埒があきません。そちらは辺境伯。辺境伯軍をまとめ上げる将軍の地位をお持ちならば、わたくしは騎士団長の娘として、武で語りましょう!!」
試験を受けに来た新兵。受付の騎士。騒ぎを聞きつけた者達の前で魅せ付けるように武を振るう。
それに応えるように領主も剣を抜き、攻撃を受け止めて、攻撃を返す。
「お、おい、誰だよ……。王都の騎士はお遊戯会だと言ったやつ」
「犯罪者と武闘会しかしていない。弱い飾りとか言っていたのは」
見学者が騒ぐのが耳に入る。
「強いな」
領主……いや、夫が鍔競り合いの最中に驚いたように呟くのが耳に入る。
「王都の騎士は抑止力。確かに、戦場を出ている辺境伯領軍に比べたらおままごとに思えるでしょう。犯罪者相手。月一回の武闘会。だけど、魅せ付けることで敵対することへの虚無感を植え付けて、絶対敵わない相手と思わせることで、犯罪率を下げ、陛下に対する反乱を起こそうという輩の心をへし折る。――後、わたくしは騎士団長の跡取りの座を弟と一騎打ちで争い、敗れたのでわたくしよりも弟の方が強いですわね」
「もっと化け物がいる。ということか」
「化け物。名誉ある呼び方ですね。化け物と恐れられることで敵は畏怖し、庶民は安心感を得る。それが王都を守る者としての誉」
鍔競り合いをしていたが、さすがに筋力は領主の方が強いので力負けをして押される。なのでいったん距離を置く。
「そして。――その武を今度は国を守るための刃にする!! それがわたくしが嫁いだ意義!!」
力では勝てない。だけど、素早さなら。
思いっきり、飛び上がり鎌を振り上げて、攻撃をする。
「さすがですね……」
防ぐとは。
「逆光を利用しての攻撃か。見事だな」
感心したような呟き。
「これを防いだのは弟だけだったのですよ」
「それは名誉だな」
誇らしげに笑ったと思ったら。すぐに剣を地面に突き立て。
「――無礼を詫びよう。ようこそみえた。我が妻。ヨークティア・ヒルド・ゴールドウェイ。心から歓迎しよう」
騎士の礼をする夫――ヨークティアに微笑む。
「こちらこそ。礼を欠いたことをお詫びします。――アマレット・マティナ・ゴールドウェイと申します」
ヨークティアに向かって、淑女の礼――をするにはドレスではないのでしまりが悪いが挨拶をするとヨークティアは立ち上がる。
互いに顔を見合わせると。
「では。最初に夫婦の共同作業で城の掃除をするか」
「そうですね。夫の留守の間我が物顔で城を扱っている不届き者がいるようですからね」
と微笑み合った。が、後にヨークティアの副官及び、その場にいた全員が怖かったと自供していた。
「と言うか、留守を任せるにしてもきちんと確認をしてくださいな」
「面目ない」
「わたくしが嫁入り道具に持ってきた物もいくつか紛失していますので」
「分かった。きちんと処罰する」
そんな話をして、城に戻ったのだが。
「そんな王都の娘よりも相応しい方がおりますっ!!」
どうやらヨークティアと結婚したがっていたヨークティアの従妹というご令嬢に頼まれて嫌がらせをしていたのが判明した。後、わたくし用と用意されていた資金もいくつか着服したそうで、その後侍女頭とその仲間。後、ついでにその件のご令嬢という大きなごみを盛大に片付けたのだった。
ええ。すっきりしましたわね。
戦斧にしようか迷った愛用の武器




