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ハズレスキル【言質札】の第二王子、王国の膿を言葉ごと暴きます  作者: あゆと
第一章 レオン始動編

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8/18

7人分の足

 その日の夕刻、俺はラウル・グレインの執務室に呼ばれた。


 執務机には、補給倉責任者トルベン・ガルトから届いた報告紙が置かれている。


「代替品が見つかりました」


 ラウルが言った。


「早いですね」


「探せばすぐ見つかる場所にあった、ということでしょう」


 俺は報告紙に目を落とした。


 北方第二砦向け冬季靴。

 帳簿上、四十組。

 現物確認済み、四十組。

 ただし、そのうち七組は劣化により交換対象。

 代替可能品、あり。


 そして。


「王都式典警備隊用、予備冬季靴七組」


 読み上げた瞬間、ラウルの眼鏡の奥が細くなった。


 扉の横では、セリア・ランバートが黙って聞いていた。ミレイア・クロウは記録板を抱え、すでに数字を写し始めている。


 窓際のグレン・ヴァルハルトは、報告紙ではなく、俺たちの靴を見ていた。


「妙ですね」


 ラウルが報告紙を指で叩く。


「王都式典警備隊に、北方第二砦の交換対象と同じ数の予備冬季靴がある」


「式典は王都で行われますよね」


「少なくとも、雪の砦ではありません」


 ミレイアの羽根ペンが止まった。


「……数が合いすぎています」


 彼女は、三つの数字を記録板に並べた。


 北方第二砦向け冬季靴、帳簿上四十組。

 そのうち交換対象、七組。

 王都式典警備隊用の予備冬季靴、七組。


「帳簿では四十組そろっている。でも現物では七組が使えない。なのに、別名義で使える七組がある。偶然より、入れ替えを疑うべきです」


 セリアが、短く言った。


「七組なら、七人が立てません」


 それで十分だった。


 グレンが低く笑う。


「帳簿の上では靴がある。雪の上では足がない。よくある話だ」


「よくあっては困ります」


 ラウルはそう言いながら、すでに書類を取り出していた。


 俺は報告紙を机に戻す。


「この報告だけでは足りません」


「現物確認ですね」


「はい。王都式典警備隊用と書かれた七組が、本当に北方第二砦の代替になる靴なのか。いつからその名義なのか。箱の表示と管理帳が一致しているのか。そこを確認します」


「前回の確認に続く代替品照合です。補給倉側が代替可能品ありと報告してきた以上、その現物確認は手続き上通ります」


「お願いします」


「記録補佐の仕事が、また増えましたな」


「私も働きます」


「そこは疑っておりません」


 ラウルは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


     *


 立ち会い申請は、すぐに通った。


 補給倉責任者への通達。王宮政務局の確認印。軍務局管理区域への入庫許可。確認対象は、王都式典警備隊用予備冬季靴七組。


 七組の代替品がある、と補給倉側が自分で報告してきた。


 ならば、その七組を確認する。


 それだけの話だった。


     *


 夕暮れ前。


 俺たちは再び、王都北門補給倉の前に立っていた。


 昼に見た時より、木箱の影が濃い。入口近くの式典用箱は、相変わらず整然と並んでいる。奥の北方用箱は、相変わらず奥にある。


 見せたいものは手前。

 見せたくないものは奥。


 補給倉の並びは、会議室の言葉より正直だった。


 トルベン・ガルトは、俺たちを見るなり深く頭を下げた。


「殿下。代替品の件でございますが、王都式典警備隊用の予備冬季靴が七組ございます。状態は良好です」


 札が生まれた。


【言質札】

「王都式典警備隊用の予備冬季靴が七組ございます。状態は良好です」

発言者:王都北門補給倉責任者 トルベン・ガルト

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 まだ開示しない。


 まず、見る。


「案内してください」


「はい」


 トルベンは倉庫の中央へ向かった。


 式典用の箱より奥。

 北方用の箱より手前。


 そこに、やけに新しい木箱があった。


【王都式典警備隊 予備冬季靴】


 焼き印は新しい。縄も新しい。箱底に湿りはない。


 ミレイアが記録板へ書く。


 保管位置、中央。

 箱、新。

 表示、王都式典警備隊。

 品目、予備冬季靴。

 数量、七組。


 セリアが箱の前で膝をついた。


「開けます」


 トルベンが若い倉庫番へ合図する。


 蓋が開く。


 中には、冬季靴が七組、きれいに並んでいた。


 入口にあった礼装靴とは違う。黒く磨かれてはいない。見栄えは地味だ。


 だが、革は厚い。靴底には深い凹凸がある。縫い目も荒くない。


 セリアが一足を取り、靴底を曲げた。


 割れない。


 次に、かかとを押す。


 沈みすぎない。


 縫い目を見て、革の端を指でなぞる。


「使えます」


 グレンも同じ靴を取り、黙って見た。


「北方第二砦へ送れる」


 トルベンが、ほっとした顔になる。


「では、それを代替品として」


「待ってください」


 ミレイアが声を出した。


 全員が彼女を見る。


 ミレイアは、びくっと肩を震わせた。だが、記録板は離さなかった。


「申し訳ございません。でも、表示が変です」


「表示?」


「この箱の焼き印は新しいです。でも、下に古い焼き印の跡があります」


 セリアが箱を傾ける。


 木目の下に、削られた跡があった。


 確かに、古い文字が消されている。


 俺は手をかざした。


【証拠札】

王都式典警備隊予備冬季靴箱

状態:箱表示は新しい。側面に旧焼き印を削った跡あり。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 札は俺の視界に生まれる。


 まだ開示しない。


「トルベン殿。この箱は、最初から王都式典警備隊用でしたか」


 トルベンの目が泳いだ。


「記録を確認いたします」


 出た。


 確認。


 俺はうなずく。


「お願いします」


 トルベンは管理台へ走り、帳簿をめくった。


 ミレイアも横に立つ。彼女は帳簿に手を出さない。ただ、目で追っている。


 やがて、静かに言った。


「殿下。旧登録名があります」


 トルベンの手が止まった。


 ミレイアは記録板へ写しながら読む。


「北方第二砦、冬季靴予備。数量七組。納入日、春月六日。用途変更、春月十日」


 グレンの目が、鋭くなった。


「用途変更」


 低い声だけで、倉庫の温度が下がった気がした。


 俺はトルベンを見る。


「用途変更の承認者は?」


 トルベンの額に汗が浮かぶ。


「管理帳には、軍務局装備監督官の指示と」


「名は」


「……バルク・ダルモア監督官でございます」


 札が生まれる。


【言質札】

「北方第二砦冬季靴予備七組は、バルク・ダルモア監督官の指示により、王都式典警備隊用へ用途変更されました」

発言者:王都北門補給倉責任者 トルベン・ガルト

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 来た。


 言葉ではなく、流れが見えた。


 北方第二砦の予備靴。

 七組。

 春月六日に納入。

 春月十日に用途変更。

 王都式典警備隊用へ。


 俺は、奥にある北方第二砦向けの箱を見た。


 そこには四十組ある。


 帳簿上は、そろっている。


 だが、そのうち七組は劣化していた。


 そして今、目の前には、もともと北方第二砦向けだった良品七組がある。


 数だけは合っている。


 四十組。


 だが、中身が違う。


 良品七組が抜かれ、代わりに劣化品七組で帳尻を合わせた。


 そう見るのが自然だった。


 喉の奥に、熱が上がった。


 怒鳴るな。


 ここで怒鳴れば、ただの感情になる。


 だが、俺の指先は冷えていた。


 七組。


 たった七組。


 王宮の帳簿なら、小さな数字だろう。式典用の予備として、きれいな箱に移して終わりかもしれない。


 けれど、その七組は、七人の足だ。


 夜番に立つ足だ。


 雪を踏む足だ。


 国境で、誰かが家族へ帰るための足だ。


 それを、見栄えのよい王都の箱へ移した。


 そして、劣化した靴で帳簿の数だけを合わせた。


 まだ断定はしない。


 だが、この流れを見て、胸の奥が焼けない人間に、国を守る資格があるのか。


 俺は、三枚の札を開示した。


 一枚目。


【証拠札】

王都式典警備隊予備冬季靴箱

状態:箱表示は新しい。側面に旧焼き印を削った跡あり。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 二枚目。


【言質札】

「北方第二砦冬季靴予備七組は、バルク・ダルモア監督官の指示により、王都式典警備隊用へ用途変更されました」


 三枚目。


【証拠札】

北方第二砦向け冬季靴箱 現物確認

総数:四十組

使用可能:三十三組

交換対象:七組

備考:箱底湿りによる革割れ、カビあり

確認者:レオン・アルディリア

立会:王都北門補給倉責任者トルベン・ガルト、王国防務顧問グレン・ヴァルハルト、護衛騎士セリア・ランバート、書記官見習いミレイア・クロウ

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 淡い白い札が、倉庫の空気に並ぶ。


 良品七組が王都式典警備隊用へ用途変更。

 北方第二砦向け箱には交換対象七組。

 箱表示には旧焼き印を削った跡。


 言い逃れの余地はまだある。


 だが、読める。


 見える。


 誰の目にも、流れが見える。


 トルベンの顔から血の気が引いた。


「殿下、私は帳簿に従っただけで」


「分かっています」


 俺は言った。


 声が低くなっているのが、自分でも分かった。


「だから、あなたの言葉も札に残します。命じられた側が、後で一人だけ責任を負わされないように」


 トルベンは、言葉を失った。


 怒られると思っていたのだろう。


 確かに、倉庫責任者として見るべきものはあった。だが、今一番見るべきなのはそこではない。


 誰が、北方第二砦の良品七組を王都式典警備隊用へ変えたのか。

 そして、誰が、劣化品七組で北方第二砦向けの数を合わせたのか。


 そこだ。


 セリアが、開いた箱の前で静かに言った。


「差し戻しの手続きが必要です」


 迷いのない声だった。


 勝手に運べとは言わない。


 必要なものを見て、必要な手続きを求めている。


 トルベンが慌てて首を振る。


「しかし、用途変更済みでございます。軍務局の許可なく戻すことは」


「その通りです」


 俺は頷いた。


 正しく戻す。


 ここで勝手に箱を動かせば、こちらの手続きが弱くなる。


「ラウル殿」


「はい」


「この七組について、北方第二砦向け冬季靴予備から王都式典警備隊用へ用途変更された記録を確認しました。今度は、その用途変更の理由を軍務局へ照会します」


「正式照会ですね」


「はい」


 ラウルはすでに書類を取り出していた。


「理由、承認者、式典警備隊で冬季靴七組を必要とした根拠、北方第二砦の予備靴を転用しても支障なしと判断した根拠」


「それに、北方第二砦向け四十組のうち、交換対象七組が混入した経緯を加えてください」


 ラウルのペンが止まる。


「混入」


「良品七組を用途変更しただけなら、北方第二砦向けは三十三組になるはずです」


 俺は奥の箱を指す。


「しかし箱の上では四十組あります。なら、七組が補填されている」


 倉庫の誰もが黙った。


「その七組は、どこから来たのか。誰が入れたのか。誰が検品したのか。そこも照会してください」


 ラウルは、ゆっくり頷いた。


「承知しました」


 ミレイアが小さく手を上げる。


「あの。用途変更日が春月十日です。北方第二砦向けの本箱が湿っていたことを、いつ把握していたかも確認した方がよいと思います」


「理由は」


 ミレイアは、今度はすぐに答えた。


「劣化を知った後に予備靴を王都式典警備隊用へ変えていたなら、北方第二砦の不足を知りながら、良品だけを別用途へ回したことになります」


 倉庫が静かになる。


 グレンが、低く笑った。


「その通りだ」


 ミレイアはまた縮こまりかける。


 だが、今度は謝らなかった。記録板を抱えたまま、少しだけ背筋を伸ばす。


「ラウル殿。その点も照会に入れてください」


「入れましょう」


 ラウルは淡々と書き足した。


 グレンが箱の横に立った。


「殿下」


「はい」


「この靴は、今すぐ北へ送らねばならん」


「手続き上、用途変更の差し戻しが必要です」


「分かっている。だから、急げ」


 命令ではない。


 現場の時間を知る者の言葉だった。


 雪は、会議を待たない。


 靴底は、答弁を待たない。


 俺はトルベンへ向き直る。


「トルベン殿。この七組の靴を、現状のまま保全してください。移動、再表示、別箱への入れ替えはしないこと」


「は、はい」


「それから、北方第二砦向け箱の交換対象七組も同じく保全してください。廃棄、整備、入れ替え、表示変更はしないこと」


 トルベンの喉が動いた。


「承知、いたしました」


「その発言を札にします」


 トルベンは背筋を伸ばした。


「王都式典警備隊用と表示されている冬季靴七組、および北方第二砦向け箱内の交換対象七組について、軍務局からの正式回答があるまで、現状のまま保全いたします。移動、再表示、別箱への入れ替え、廃棄、整備、表示変更は行いません」


【言質札】

「王都式典警備隊用と表示されている冬季靴七組、および北方第二砦向け箱内の交換対象七組について、軍務局からの正式回答があるまで、現状のまま保全いたします。移動、再表示、別箱への入れ替え、廃棄、整備、表示変更は行いません」

発言者:王都北門補給倉責任者 トルベン・ガルト

場所:王都北門補給倉

日時:春月十五日


 俺はその札を開示した。


 倉庫の中に、淡い白い札が浮かぶ。


 保全。


 これで、少なくともこの十四組は消えない。


 良品七組。

 劣化品七組。


 どちらかが消えれば、流れが途切れる。


 証拠は、残って初めて道になる。


 ラウルが言う。


「軍務局への照会は本日中に出します。返答期限は?」


「明朝までに」


 トルベンが息を呑む。


 ラウルも眉を上げた。


「急ぎますね」


「来週の輸送便に間に合わせる必要があります」


 グレンが頷く。


「正しい」


 ラウルはため息をつく。


「では、明朝までに。理由は、北方第二砦向け冬季靴の交換対象七組に対する代替品保全、および用途変更と補填経緯の確認のため」


 ミレイアが、すぐにその文言を書き留めた。


 文言は大事だ。


 急げ、だけでは通らない。


 何のために、いつまでに、誰が、何を答えるのか。


 そこまで言葉にしなければ、王宮ではすぐに薄まる。


 俺は、開示していた札を一つずつ閉じた。


 白い札は光をほどき、内側の札庫へ戻る。


 だが、記録は消えない。


 北方第二砦の予備靴。

 用途変更。

 王都式典警備隊用。

 バルク・ダルモアの指示。

 旧焼き印の削り跡。

 北方第二砦向け箱の交換対象七組。

 現状保全。


 言葉と現物が、また並んだ。


     *


 補給倉を出ると、外の空は夕焼けに染まっていた。


 王都の屋根が赤く光っている。


 美しい。


 王都は本当に美しい。


 だからこそ、その美しさの手前で止まってはいけない。


 入口に並ぶ式典用の箱。

 中央に置かれた用途変更済みの冬季靴。

 奥に追いやられた、湿った北方の箱。


 並び方だけで、この国の優先順位が見えた。


 セリアは馬車の扉を確認したあと、補給倉を一度だけ振り返った。


 その視線は、中央の新しい箱ではなく、奥の湿った箱へ向いていた。


 何も言わない。


 だが、それで十分だった。


 ミレイアは、記録板を胸に抱えている。


「今日の控えは、三つに分けます。責任の流れ。物の流れ。用途変更と補填の流れです」


 彼女は少しだけ声を強くした。


「そうしないと、誰が良品を王都へ向けて、誰が劣化品で数を合わせたのか、見えにくくなります」


「お願いします」


 ラウルが静かに言う。


「明朝の返答次第では、軍務局との会議になります。ダルモア監督官は、簡単には認めませんよ」


「反論は受け付けます」


 俺は補給倉を見た。


「ただし、その反論も札になります」


 ラウルは、少しだけ笑った。


「実に嫌われそうなお言葉ですな」


「なら、必要な言葉です」


 今日は、七組の靴を見つけた。


 だが、本当に見つけたのは靴だけではない。


 王都式典へ流れる道。

 北方から遠ざけられる道。

 言葉で上書きされた箱の表示。

 削られた古い焼き印。

 良品を抜かれたあと、粗悪品で数を合わせる道。


 次に見るべきものは決まっている。


 誰が、北方の靴を王都へ向けたのか。


 誰が、兵士の足元を粗悪品で埋めたのか。


 次に机へ載せるのは、その名前だ。


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