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コロシアム  作者: 明日
3/5

二日目

 朝か…。

 ある男はもぞもそと布団からおきあがった。

 だが時刻はまだ早い。昨夜の夜中、一度目が覚めて寝付けなくなり電気を点けるとテーブルに紙が置かれていた。ざらざらが過ぎるような粗い紙だったがここではむしろ納得した。

 [死体回収が想定より遅れている。よって明日は10時以降に部屋を出ろ]

 時は8時。二度寝でもしよう。


 そんな男の二つ隣の部屋、はたまたある男が目を覚ました。

 規則正しいような縛られるような暮らしの中で身に付いた、時間になったら目が覚めるというやつだ。そんな自分にため息をつきながらも、時計を一目みて至福の二度寝に入った。


 っ苦しい 

 唐突に起きたのは二人ほとんど同時だった。

 慌てて目を開け体を起こしたがそこはもう目眩の世界だった。各々強い吐き気と頭痛に喘ぐ。引く気配なく増幅していく不調がこの部屋を出なくてはと思わせた。ふらふら縺れながらドアへ向かう。息荒くドアノブにたどり着いたが開かない。ああ鍵が、と馬鹿みたいに思ってつまみに指をかける。だが… 

 回らないっ?!

 それ程まで余力がないとは考えられない。二人は脂汗の頭で必死になる。

 つまり、つまり…

 開かなくさせられた…! 

 その思考ままでが二人の余力だった。




 静かな二つのドアを眺めていた。

 悪しからず、と目を閉じる。

 全て俺が仕掛けたことだった。これから生きていく上で両隣は地理的に確実な脅威となる。出入りを狙われるのは勿論、壁一枚もどこまで信用できるか分からない。

 昨日一人を殺した後、ドアにへばりついて鼻をひくつかせてみたところ気体は無味無臭であることが分かった。しかし吸い込んだら後に軽い頭痛を感じた。多分一酸化炭素だろう。

 無味無臭は都合がいい。部屋に閉じ込めてさえいれば気付かぬうちに危篤状態になる。気付いたときにはもう不調が出ており正常ではいられない。

 針を貰った時点で全ては決まった。

 洗面台の手拭きペーパーに旨を書き、針を使ってドアを開けて侵入した。

 針で鍵穴を開けるのは難題だが、俺にとっては朝飯前より前、深夜でもできる。もはや深夜こそ強い。ドアの下から差し込むでも良かったが、ペーパーがペーパー故、管理者しか成せない置き方でないと疑われる気がした。それ自体はなんの労力でもないからいい。

 しかし鍵を開けたら閉めなきゃいけない。さすがに針で鍵は閉められないから裂いたシーツを紐代わりにつまみに引っ掛けながらドアを閉めた。

 次に相手を閉じ込めなくてはいけない。そこでもう一度鍵穴に針を突っ込んでピックを一本だけ上げた。そしてグランドで掬ってきた砂を詰め込んだ。要は鍵を壊したのだ。これで開けられまい。

 それをもう一度やり、両隣を占めた。あとは時を待つだけ。

 念のためドア前で仁王立ちしていたがドアノブは少しガタガタ動いただけですぐに静かになった。

 さて、今日はもう一つ仕事がある。 

 朝、人より早く部屋を出たのは見届けをするためだけではなく、向かいの住人の顔を覚えるためでもある。

 俺はドアに手を添えた。このドアの作りからして分かる。この丈夫さ、銃弾の盾になる。恐らくいつか武器に銃が加わるのだ。

 スタジアムの壁に貼り付くように部屋は並んでいるため、直線的な向かいは100m程離れている。しかしライフルなんかが加わったら間違いなく一番の脅威だ。出がけを貫かれたら一溜りもない。

 そのため100m先を待ち伏せていたが、朝、その姿を拝見することはできなかった。恐らく深夜のうちに部屋を出たのだろう。仕方なく諦めた。

 グランドに降りると何人かが俺を認めて距離を置いた。何びびってんだ。

 「むしろ近づいてこいよ」

 囁いたが誰の耳にも届かない。皆、手の当たらないテリトリーから動こうとしない。生き残るための距離だろうが、そんなに怖がりな奴が生き残れるわけがない。というか、まだ分からないのか。

 ー自惚れてんじゃねぇ。

 苛立たって近くの人相が悪い男に蹴りを食らわせた。男が腹を押さえて踞る前に更に回し蹴りで首を仕留める。

 どこが急所で、どの力加減が致命的で、どんな角度が一番入るか。息をするよりも染み付いている。数え切れないほど人を蹴り倒した脚は一見細長く貧弱だが凄まじい筋力と正確なコントロールを持っている。

 ザザッ

 男がのびると同時にまた俺の囲いが広まった。

 っだから何がしたいんだよ、俺も倒さなきゃ生き残れねぇってのに。まあいい。全員救ってやる。

 早速手当たり次第始めようと一歩近づいたところで

 「お、俺と組まないか」

 一人の男がたどたどしく向こうから一歩近づいてきた。

 「一人くらい味方がいてもいいだろ。組んじゃいけねぇルールはないし。最後に残るのは一人だとしても、取り敢えず終盤まで生き抜かなくちゃいけないんだから。ーその為に俺を使ってくれよ」

 俺は冷徹な目でそいつを見た。

 利益利益と言いながら自分の命がかわいくて仕方ない。そんな奴だと思った。しかし、予想はしていた意趣返しである。怖いものなら食らってしまえというような。俺はそいつの足先までをよーく観察した。そして、

 「やだ」

 言い放つのと同時に片手で首を鷲掴み強く握り締めながらゆっくり倒した。そいつも周りもしんとなる。周りの反応はもはや絶句であった。

 これもまた慣れているのだ。人を使えるか使えないかで判断することも、不要物を取り除くことも。もうそんな自分を苦笑することもできないほどに。

 「生きたかったら自分で生きろよ」

 もう遅い台詞を呟く。すると近くで聞こえたらしい猿みたいな男が謎に感化されて飛び付いてきた。

 「おおおおおおおぉおお!」

 タックルを食らう直前に素早くポケットから針を取り出し見定めて突き刺す。

 「うガッ」

 そのまま指先でぐりぐりと抉る。ー左胸を。すぐには死なない。しかし苦痛な時間が長い方法だ。

 「何してるんだお前!」

 喘ぐ姿に耐えかねて一人が力任せに引き剥がそうとしてきた。

 お前こそ何してるんだ。

 微量の憤慨を込めて肘をそいつの鼻面に食い込ませる。それだけで気絶しやがる。その隙に一度針を抜き、広げた穴へ思い切り突っ込む。ただがむしゃらにやっているのではない。心臓の最も太い動脈を狙っている。当たった。わずかな感触で分かる。そこから再びぐりぐり動かす。男が聞いたこともない奇声をあげる。そこで興味は尽きた。針は抜かずに突き放す。

 立ち上がるとまた一回り円が広がった。もうそれはどうでもいい。半ば諦観である。

 いいよ、いずれ、どうせ、 

 去る方向へ歩き出しながらさっき気絶させた奴の首を軽く飛んで脚をクロスさせて挟む。それから地面を擦って勢いよく脚を元に戻す。それには首がつっかかるが、力ずくだ。脚が揃う前にごきっと、感触の悪い音がした。聞こえた奴らが思わず首を竦める。

 その音を聞いても俺は、完了としか思わない。これまた興味を失ってへにょへにょの頭を脚から外して歩き出す。自然と道が開いていく。もう嫌気も差さない。

 でも、そういう奴らでも、

 救ってやる。



 夕飯の炒飯を掻き込んで、俺は外に出て玄関前に座り込んでいた。無論、100m先の向かいを拝むためだ。昨日、朝三時過ぎにはもういなかったのだ。きっともっと早く出ているか夜に活動しているかだと踏んでここにいるが一向に出てくる気配はない。

 時刻は深夜2時を回った。あくびは出てこない。このために午後は人影のない階段下で神経を澄ませながら仮眠をとっていた。

 しかし、どういうことだ。一日中部屋から出てこない=部屋にいない=…この後は2パターンある。野宿か、雲上。後者だとしたらラッキーだ。俺は死者全てを把握しているわけではないので有り得る話だ。誰かがさきにやったのかもしれない。

 結局その後6時まで粘ったが奴は出てこなかった。

 一旦部屋に戻って朝飯を掻き込んで握り飯を持って出る。ドアを開けると目の前に中年のやつがいた。その右手には針を握っている。

 やつがかぶりを振って襲いかかってくる。包まれた握り飯を捨てて膝で腹を押しながらクロスした両腕でやつ

の右腕を挟み、少しずらして二刀流のように裂く。鈍い感触と音で男の腕が折れたことが分かる。腕を上に外しながら針をつまんで奪う。今度はこちらが振りかぶってやつに向かう。

 「待ってくれ、殺さないでくれっ」

 言っても無駄だと分かっているだろう。

 男が折れて垂れた右手を左手で掴んで無理矢理合掌する。

 「頼む、生きさせてくれ!」

 …そうまでして

 「何でそんなに生きたいんだ」

 分かっているのか分かっていないのか確かめる真意も込めて問う。

 やつ

は意表を突かれた顔をしてどもった。

 「いっ生きたいからだよ」

 それを聞いて長い長い溜め息をつく。見かねたやつが慌てて付け足す。

 「生きてりゃいつか良いことが起きる。まずは生きなきゃなんねぇんだよ」

 その言葉が余計に俺を逆撫でした。

 本気でそう思ってんのか。ここまできて頭に花咲いてんのか。

 「お前は幸せ者だな。」

 俺は呟いて胸ぐらを掴んだ。

 「コロシアムにくるまでに何人殺した?」

 こいつが何の罪で至るのかは知らないが目を見れば一人くらいはやったことのある身だと分かる。

 「三人だよ。ターゲットとその場にいた子供と妻。」

 じゃあ、 

 俺は低く聞く。

 「そんなお前に訪れる良いことって何だ?

 やつが喉を絞めるように鳴らす。

 「人に認められたり、仲間になれたり、好かれたり、ないしは家族ができることだ」

 「はっ」

 短く笑い飛ばす。

 「はっきり言ってやる。お前には無理だ」

 「あ?」

 「どこまでいっても誰といても、お前は殺し屋というレッテルを剥がせない。一生その心を飼って生きていくんだ。お前の周りの奴もゆくゆくは気付いてお前から離れていくよ」

 「でも新しい経歴をくれるって…」

 「ああそうだな。そう言ってたな」

 同調するが目は笑っていない。

 「だからお前、今が一番幸せなんだよ。」

 腕を固めながら首を絞めて静かにやつを殺してあげた。

 その夜いつも通り何人かをやり、冴えた頭を冷まそうとぶらぶら歩いていた。

 電灯のないグランドは漆黒で目を凝らしていないと暗闇に飲まれそうだった。だが俺はもう目が慣れてしまっていたからはっきりと見える。何体か転がっている死体も踏まずに歩ける。

 さっきまでは何人かバトルしている奴もいたが22時を過ぎる頃には皆部屋に戻った。体力温存と疲労回復、あるいは俺がぶらぶらしている情報がそうさせたのだろう。

 ガサッ 

 動かないものしかないはずの物騒な夜景の中、人肌を感じる物音がした。

 警戒しながら振り向くと自分とは違う服を着た人が手押し車を押して歩いていた。手押し車は縦2m横1m高さ1,5mの直方体。縁が細工してあるから蓋がつけられるのだろう。

 蓋をしないといけないもの。

 違う服、しかしよく知った服を着た人は手押し車に引っ掛けてあった黒い袋をもぎとって近くに横たわるやつの横にしゃがんだ。小型の機械をやつの胸に向けて画面を確認し小さく頷く。それから実に淡々とでかい袋にやつを詰め始めた。さっきまで死闘を繰り広げていたであろうやつを、まるでゴミのように。

 でもコイツは何も悪くない。正義の側の人間だから。

 例えば俺がゴミになったやつを殺すのは罪にならないが、ゴミを詰めるコイツを殺すのは暗黙の了解で罪なのだ。だからこんな法外の場所でもコイツみたいな部外者は堂々と入ってくる。正義の盾と鎧をかざして、俺を殺したら希望はないぞと汚れなく豪語する。そういう奴を鼻で笑ってきた人間がどれほどここにいるか。

 しかし今は鼻で笑うどころか、みっともなく口を開けたままの面を冷徹な顔で覗かれ、手際よくただ処理されている。皮肉とは思わない。たかが道理だろう。

 ふとその人が顔を上げて俺と目があった。

 顔を認められて向こうがかすかに疎んだ。他のやつと目があってもそうはならないだろう。原因は俺にある。いや、向こうにもある。

 普通なら警察関係に手を出したら元も粉もないと暗黙のルールを介してお互いに平常でいる。

 しかし俺は違う。やっても得があるから。つまり、あえてやる理由があるから。

 お前をやりはしないよ。

 心の中で呟く。

 俺は分別があるから。お前であってお前でないと分かっているから。

 怯えて立ち尽くす男の横を萎縮させながら通り過ぎて、俺は部屋に戻った。

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