一日目
明くる日、機械的な音声のままに男達はフィールドに集められていた。ゴロゴロとした雑音がスピーカーから漏れた。
「昨日はよく眠れたか」
やはり此処の声だけは肉声である。しかも少し気味の悪いにやついた声音である。
「こんなところに連れてこられて、なにも分からず一晩眠らされ、お前達も焦れているだろう。だから端的に言う」
わずかな間が空いた。それから人的な空気が降る。
「殺し合え」
「互いに殺し合い、最後に残った者は釈放する。しかも逮捕の経歴を抹消し、普遍な一般人として暮らしていくことが出来る。その履歴や職、住居も全てこちらが用意する」
それは此処にいる誰もにとって夢のような話だった。その証拠に、既に浮き足だつてそわそわしだしている奴らもいる。
「どうだ、燃えてきたか?有り余った体力と悪の気力がざわざわするか?」
挑発のスピーカーにそれまで一言も発しなかった聴衆の中から雄叫びが上がった。むさ苦しい男声が空に吹き抜けていく。
「そうだ、ひとつ言い忘れていた」
スピーカーがわざとらしく思い付いた声を出す。
「ここの名だ。いいか。ここは牢屋ではない。ただのスタジアムでもない。絶望と希望がこだまし、互いを落とし合い、自らの幸福を目指す。ここは、」
「コロシアムだ」
群衆が息を飲んだ。
その明らかに殺し合いとスタジアムを掛け合わせた不穏なネームに、改めて此処がそういう場所であることを実感させられた。
「使用できる武器は殺した数によってグレートアップする。生死は心臓付近に埋め込まれたプレートで判断する。心拍が完全に確認されなくなったら死亡と判断される。ところで、今日の武器は己だ。準備はいいか?」
再び地響きがおこる。
「さあ、希望を殺し掴め。コロシアムの始まりだ!」
それは全ての始まりだった。
喧騒の中、男は一人考えていた。
いや、この時点でただ一人、全てを理解していた。その上で自分を考えていた。
俺は何をすればいい。恐らくこれは最後。今までただ無心に動いてきた。許して貰うことも自分が幸に生きることもとっくに諦めている。だから此処に来たからといって、何も燃えたぎるものはなかった。ただ、連れてこられた意味はなんとなくわかる。
ふと回りを見渡してみる。どいつもこいつも殺気だって掴みあっている。その殺気は此処では焦がれた希望の権化だ。
どうせ終わるのに。
そう冷ややかに思った。
でもそれは俺も同じだ。それなら俺も今しかない。ずっと抱えてきたものを崩すならここしかない。最後こそ最大の意思で動くべきではないのか。
段々とやるべきことが見えてきた。多分、気付いているのは自分しかいない。それならやるべき事は一つだ。
お前らに希望を与えてやる。そして最上の絶望を受け持ってやる。
一人の男が悪戯に自分に突進してきた。腰にしがみついて押し倒そうとする男の腹に俺は小さい動きで膝を入れた。動きは小さくとも急所を捉えられた男はうぐっと鳩尾を押さえて足を折った。その喉を素早く捉えて右手の手刀でつく。洗練された手刀は一発でも絞首と同じ効果がある。つまり…
その場の空気が凍った。なんだ、驚くことないだろう。ここは、
コロシアムだ。
一日目、死人は五人だった。意外と減らないな、と五中四を殺した俺は思った。
時刻は20時。電子レンジから取り出したカレーを食べていると通電の音が入った。
「君は今日四人を殺した。よって武器が与えられる。最初の武器は針だ」
その途端壁の凹んだ空間に針が落ちた。たった一本、変哲のない縫い針だ。
立ち上がって針を手に取る。それを見ながら一考し、閃いた。
コロシアムはギャラリー部分がまるで大きな階段のような段違いのアパートになっている。無論この段差3メートルにもなる階段を昇降できる者はほとんどいないだろうが。可能なのは俺くらい…いや、もう1人いたか。
トラックから降ろされたとき人の間に垣間見た人物を思い出す。
あの時は太陽光の眩しさよりその姿に衝撃を受けた。体に走りそうになる震えをなんとか留めていた。あいつは後回しでいい。そう豪語してみるが強がりにしか聞こえない。
切り替えて、取り敢えず明日、あの人とあの人は殺してあげよう。




