はじまりの会議室ーゼロ日目
◇
「どうする。何を削減すればいいんだ」
同じような議題で顔を付き合わせマンネリ化した答えを出す会議に一人、微笑を浮かべた男が入ってきた。
「何を悩んでいるんです。簡単なことでしょう」
男が卓に手をつく。微笑のままのその黒目は、信じがたい程怜悧だった。
「要らないものを捨てればいいんですよ」
◇
無骨な灰色のトラックが軋みながら揺れる。
本来、荷物を積む荷台には重苦しい金属を引っ提げた人間が何十と座り込んでいる。誰も彼もぼさぼさな髪、生気のない目、黄色や緑の作業服を着て、力なくアスファルトに揺られている。
その中に、特に頑丈に口輪まで噛まされたやつがいた。そこまでしなくても彼に暴れる気はないと誰でも思うような、まるで死んだように静かな男だった。
トラックの揺れが止まった。少し間を開け、久々の太陽光が暗い荷台に射し込んだ。何人かが目を細める。
「降りろ」
かつて最大の敵だった者が車内へ命令した。
ごそごそ動き出した輩達は引き出されるようにトラックから降ろされた。降り立ったそこは固い砂であった。じゃりじゃりと遊んでから顔を上げる。
…似たような奴が百程いる。どこだ、なんだ。
見渡すとグレーの吹き抜けドームの中にいることが分かった。ドームの壁には幾つものドアがありアパートを思わせる。グランドには無造作にコンクリートの壁や障害物が建ち並んでいる。
「静粛に聞け、囚人達よ」
ドームの縁に四つ付いたスピーカーから機械的な肉声が降ってきた。あ?というように皆顔を上げる。
「生きる価値。考えたことがあるか?」
唐突な問いに反応を示す者はいなかった。
「簡単に言おう。君たちはその価値がもっとも低いと判断された。今の時代、世間は空前の人手不足だ。しかし不足しているからといって、必要のない人間は山程いる。生産力も調和力もないくせに、貴重な資源、食糧を消費する人間だ。さらに最悪なのは価値ある人間に被害を及ぼし、自力で社会に戻れず世話を焼かれる人間だ。特に、かったるいと、黙ってのうのうと生きる人間。そう、」
次の言葉が一番機械的ではなかった。エゴが懸かったにやりと含んだ声。
「まさにお前達みたいな人間だよ。」
監視官に連れられ一人部屋に入った。窓がなく、堅そうなベッドとトイレ、シャワー室に洗面台といった必要最低限しかない簡素な部屋だった。トイレは室内から入るドアと外から入るドアがある。
不思議な点と言えば、そのトイレの二つのドアと埋め込まれたアンプ、その下の壁が凹んだ空間、その横のやはり埋込みの電子レンジ、部屋の隅にぽつんと座る救急箱だ。不意に僅かな通電の音が小さなアンプから聞こえ反応する。
「ようこそ。ここが君の部屋だ。」
スピーカーでは機械的な肉声だった声だが部屋では完全に機械的になった。
「食事は電子レンジ似の箱に支給される。朝飯の時、昼食用の握り飯も支給される。シャワーは好きに使え」
機械的な説明を機械的にきく。そうする他ないからだ。
「朝は9時までに部屋を出ろ。部屋を出なかった場合、有毒ガスが9時10分から噴出し死に至る。朝部屋から出ると自動的にドアに鍵がかかり、18時まで開かなくなる。外出中のトイレは外のドアから入れ。トイレの室内に面するドアも18時まで開かない。夜は帰らなくてもいい。不足があったらそこのボタンを押せ。担当者が応じる。以上。今日は休め。明日からが本番だ。」
なにも分からないまま不穏な言葉を残された。だか男は微塵も揺すられなかった。
諦観は既に、没落は遥か前に。
と、唱え続けていたからだ。




