魔王を倒した勇者とは・√β
【勇者十代】
俺は一国の王子だった。
じいちゃんだかそのまたじいちゃんだか忘れたけど、とにかく“じいちゃんが魔王を倒した”んだと。
そのせいで俺は、生まれたときからずっと——
「勇者の子孫」「王家の子ども」
……なんて迷惑な肩書きが、勝手について回ってたわけ。
んで、十五になった頃。
夢の中に女神が現れて、俺に言うのよ。
「魔王が目覚めました」ってさ。
ありがたいお言葉? いやいや、まさか!
むしろ逆っしょ!? 迷惑以外あり得ないってば!!
そもそも俺、地位とか名声とかいらないし。
魔王退治して英雄になりたいとか、思ったこともねぇし。
政治? 興味なし! めんどくさいのやりたくない!!
町の隅っこで畑でも耕して、気ままに暮らしたいわ。
……あ、今なんとなく言ったけど、それいいな。
そうしようかな、マジで。
——というわけで、王様っぽい椅子にふんぞり返ってる親父に告げる。
「俺、家出するわ」
当然、親父は怒る。
「魔王はどうするのだ!」
いやいや、待て待て。
他にも“勇者の血筋”いっぱいいるじゃん?
親父もそうじゃん。じいちゃんだってまだ生きてるし。
なんで若いからって俺に押し付けんのさ?
そういうの、大人のやることじゃなくない?
俺、まだ十五歳よ。
酸いも甘いも知らない若造だよ?
そんな俺に魔王を倒せって、正気か!?
何年かかると思ってんだよ……!
それに、暇があるなら軍でも引き連れて自分で倒しに行けや。
“勇者の血筋の宿命”?
は? そんなの信じて戦うとか、生真面目なやつしかいないって。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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で、結局。
有無を言わさぬ親父に、装備らしきものと金を押しつけられて、町の外に放り出された。
くそ親父め……まず最初に倒すべきは魔王じゃなく、あの親父だろ!!
しかもこの装備、どう見ても初期装備じゃねーか。
金もたったの五百ゴールド? 王族のくせにケチりすぎじゃね?
五百ゴールドぽっちじゃどうにもならず、
かといって「俺は王子だ!」と名乗っても誰も信じてくれず。
しばらくは地道にクエストこなして金を稼ぐ日々が続いた。
てかさ。
身分の怪しい奴って、どの店でも雇ってもらえないんだな。
面接どころか、書類審査で即落ちだよ……!
あああああぁ……全部くそ親父のせいだ……!!
——とはいえ、金がないことには何もできない。
身分証がなくても受けられる仕事といえば、そう。
“魔物退治”くらいなもんだった。
というわけで俺は、三年間、金稼ぎに奔走した。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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そして三年後。
なぜか俺は、魔王の城の前にいた。
……なんというか。
毎日毎日クエストばっかりやってたら、退治できる魔物がいなくなっちゃったっていう。
残ったのは、魔王のみ。
いや、俺さ。
くそ親父に反発して「魔王退治なんかするもんか」って思ってたのに、
なんでこうなっちゃうかなー……。
周りを見ると、同じクエストを受けた連中が一人、二人、三人。
職業は——戦士。戦士。戦士……って戦士ばっかじゃねーか!
物理攻撃に偏りすぎ!!
魔法職いないの!? 編成バランスとか気にしないの!?
「行くぞ!」
「おお!!」
……うわ、行った。
俺置いて、戦士三人が魔王の部屋に突っ込んでいった。
ちょっと待ったァアアア!!!
一応“勇者”の俺を置いて先に突撃とか、何考えてんの!?
バカなの!? 協調性ゼロなの!?
戦士じゃなくて“狂戦士”だったの!?
慌てて中に入ると、そこには——倒れている三人の戦士。
ただの屍のようだ。
……あーあー。
力押しで突っ込むからそうなる。
やっぱバカだったなー。
仕方ないので、倒れてる馬鹿三人にテレポートクリスタルを使ってやる。
これ、結構高いんだぞ? あとで請求するからな!
転送先は町に設定してあるし、後は誰かが拾ってくれるでしょ。
さて。
じゃあ俺の“金稼ぎ”のために、魔王を倒させてもらおうかな!
いやー……やっぱ魔王は強かった!
でも、攻撃パターンが分かればなんとかなるもんだな。
回復剤をアホみたいに使ったのは財布的に痛かったけど……。
不本意ながら、くそ親父や口うるさい女神の言う通り。
魔王は倒したし、世界も救ったわけだ。
つまり!
これからは俺の好きにしていいってことだよな?
魔王の部屋の奥。
宝物庫の扉を開けた瞬間、思わずニヤける。
目が眩むほどの宝石、山のような金銀財宝!
さらに、魔王討伐クエストの報酬金も加わる!
こんだけあれば、どこでだって一生遊んで暮らせるだろ!
働かなくていいなんて……素敵すぎるだろ……!
ちょっと町から離れた静かな森に家でも建てて、
嫁をもらって、二十代で子ども作って——
そんなこれからの人生計画を考えながら、
一旦町に戻ろうと、テレポートクリスタルを取り出す。
……その時だった。
「魔王が目覚めました」
いつぞやの女神の声。
「――は?」
……いやいやいや。
俺、今倒したばっかじゃん!?
“勇者一人につき魔王一体”が基本だろ!?
どういうこと!?
無視してテレポートクリスタルを使おうとした瞬間、
女神がそれを——叩き落とした。
ガシャン!!
ガラスの割れる音がして、テレポートクリスタルが粉々になる。
「俺の五千ゴールドゥゥゥ!!」
「魔王が目覚めました」
この女神……絶対許さねぇ……!!
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【勇者二十代】
⸻
あー、マジ冗談じゃねぇ。
あの女神、俺が怒ってるのをおかまいなしに、無理やり“別の世界”に飛ばしやがった。
つまり——
俺が今まで稼いだ金、全部パア!!!!
しかも、戻れない。
なにそれ? 選択肢もなし!?
「はい」「いいえ」とかないの!?
普通あるでしょ!? いきますか? → いいえ連打案件だろ常識的に考えて!
あんなに苦労して貯めた金が、ただの紙切れ。
やってらんねぇ……。
なのに、あの女神はまたもや俺に言うのよ。
「魔王を倒してきてください」
いやだから!
俺、ノルマ達成したって言ってんだろ!!
何度断っても、女神は聞きやしない。
ちょっとでも道を外れたら、毎晩夢に出てくるという執念深さ。
悪夢だよ。
マジで“悪夢”!
女神が悪夢見せるとか、どういう神経してんだよ……。
この世界にも魔王がいるなら、勇者だって他にいるだろ?
別に俺がやらなくてもいいじゃん。
俺、もともとこの世界に関係ねーんだしさ。
でも結局……
魔王がいる限り、また女神が夢に出てくる。
俺、悪夢にうなされる。
だったら——
倒さずにはいられないじゃんかよ。
その頃には、俺の気持ちの半分は「自由な生活と家庭を手に入れたい」で、
残りの半分は——
「こんな目に遭わせた女神に、どうにか復讐してやる」という、どす黒い感情だった。
魔王?
倒さなきゃまた悪夢見せてくるんだから、とりあえず倒すよ。
でもその後は……口煩い女神、お前の番な!!
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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今回もクエストをこなしつつ、魔王を目指す。
前回の冒険でだいぶレベルは上がってるし、戦いは問題ない。
問題があるとすれば、そう——金だ。
何をするにも、何を買うにも、まずは金が要る。
やっぱり頼れるのは自分自身、信用できるのは金とアイテムと装備!
今度こそ守ると誓う。
——金と、働かなくていい素敵な生活を!!
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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クエストをこなし、金を稼ぎ続けるうちに——
気づけば俺のレベルはカンストしていた。
うん。
……やっぱ俺、金を貯めるのが好きなんだな。
“稼ぐ”じゃなくて“貯める”のが好き。
こう……どんどん重くなっていく皮袋の重み。
それを見ると、ついニヤニヤしてしまう……!
本来の目的は“金稼ぎ”で、レベル上げはついでのはずだった。
けどここまで来たら、魔王倒しに行くのも悪くない。
……どうせまた、倒せば女神が来るだろ。
あの騙し討ち系女神が、一回だけで終わらせると思うなよ。
何回も何回も、魔王を倒させるつもりなんだ。
だったら——その前に殺る。
守りたいものは二つだけ。
「金と、働かなくていい生活」
「そして……女神を倒すこと!!」
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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そうして、また俺は魔王を倒した。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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魔王を倒した。
その直後、ぐらりと世界が揺れる。
おい……まさか……!
「魔王が目覚めました」
また女神だ。
またあの声だ。
お前、俺が斬ろうとするの分かってて!
倒した直後、即行で他の世界に送ったなコラァ!!
覚えてろよ……絶対……!
絶対に殺す!!!
あーもう……
また最初からやり直しだよ。
“強くてニューゲーム”ってのも、せいぜい二周目までだろ。
エンディングも変わらねぇのに三周目とかやる気しねぇって。
てかそもそも、最初からやる気なんて一ミリもなかったけどな!
でもどうせまた——
魔王が出てくるまで女神が夢に出てくるんだろ?
倒したら倒したで、また他の世界に飛ばされる。
これ、完全にループじゃねぇか!!
絶望しか見えねぇ!!
金を稼いでも、どうせまた全部パアなんだろ?
だったら……今回は先に魔王と女神を両方まとめて倒して、それから金稼ぎしようかな……。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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魔王の城、攻略中。
途中で夜営している三人の戦士に出くわした。
……おい、またお前らか。
ていうか、なんで戦士ばっかなんだよ!!
職業バランス考えろっつーの!!
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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そして魔王と対峙。
俺一人で。
今までもそうだったし、何も変わらない。
クエスト中、たまにはパーティも組んだけど……
仲間同士でカップル誕生して、マジで気まずかったんだよな。
戦闘中、後ろでいちゃつかれてみ?
斬りたくなるわ!!
……だから、俺はやっぱり一人が気楽でいい。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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今回も、魔王をさっくり撃破。
レベルマックスだし、二世界分のアイテムもたっぷり。
さすがに楽勝だ。
……ん?
足元に倒れてる魔王を見て、ふと気付いた。
……これ、わざわざ倒す必要なくね?
もしかして、この絶望的なループ……
抜け道があるかもしれない……!
そうと決まれば、試すしかない。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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「どうしてですか?」
「信用してくれていなかったんですか?」
「ひどい……」
「チームワークとか、協力性とか無いんですか?」
「信じてたのに!」
魔王の部屋から出た瞬間、狂戦士たちに責められた。
……ちょっと待て。
なんで俺が責められてんの?
そもそもお前ら、別に俺の仲間じゃないだろ!?
仲間面してくんな、マジ意味不明!!
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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そうしてまた——
女神が現れる。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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………………
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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えーと、これで四度目?
魔王の前に立つの。
狂戦士たちに理不尽に責められた後、女神に斬りかかったら——
また魔王の真ん前に送られた。
……あの女神、マジで悪魔じゃねぇの?
“魔王二連戦”とか何考えてんだよ。
魔王の前で、大きく溜め息をつく。
そして、しゃがみ込む。
動揺する魔王に向かって、俺は言う。
「魔王二連続とか無理。
せめて回復してからじゃないと、絶対無理。
眠いし疲れてんの!」
その場にテント張って、そのまま寝る。
昼過ぎまでぐっすり。
……もちろん、また女神が夢に出てきた。
寝起き最悪。
イライラしながら起きた瞬間、目の前に——
……魔王が立っていた。
ビクリと飛び上がる。
「えっ、ずっとそこにいたの?」
魔王は、こくりと一つ頷いた。
……お前、真面目かよ!!
テントを片付けながら、何気なく魔王に話しかけてみた。
「魔王やって何年目だ?」
「……まだ一年」
「へぇ、意外と若いんだな。彼女とか嫁とかいるの?」
「国に……許嫁が」
「許嫁!? けっこう良いとこの坊っちゃんだったんだな、お前」
——魔王の雰囲気が、少し変わった気がした。
「でも、会いに行かないのか?」
……返ってきたのは、ぽつりとした答えだった。
「会えない」
その一言には、妙な悲愴感がにじんでいた。
なんだコイツ。
なんでこんな濡れた仔犬みたいなオーラ出してんの?
まさか……拾えってか?
俺に男一人拾えって言ってんのか?
いや待て。
“会えない”って……それって——
「まさか、お前。世界が違うから会えないってことか?」
魔王は何も答えなかった。
でもその沈黙は、ほとんど“肯定”だった。
魔王も、俺と同じで——
ループ世界に巻き込まれてる。
……魔王になって一年。
じゃあ、その前は……?
俺は、ひとつの仮説に辿り着く。
「お前……まさかさ……」
許嫁がいるほどの家柄で、ループに巻き込まれて、
今ここにいて、魔王なんてやってて……
そんなやつ、俺は一人しか知らねぇよ。
あんた、元・勇者だろ。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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あんたが元勇者なら、話が早ぇ。
都合がいいじゃねぇか。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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——本当に、この手を取ってもいいんだろうか。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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——他の選択肢を、選んでもいいんだろうか。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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気になって、聞いてみた。
「お前はどんな気持ちだったんだ?」
勇者だった時、そして今、魔王になってから。
どんな気持ちでそれをやっていたんだ?
魔王は、ぽつりと答えた。
「俺も……ずっと、お前と同じ気持ちだよ」
——だとしたら、やっぱり。
都合がいい。
コイツも、俺と同じ気持ちなんだ。
女神を倒したいって、思ってるんだ。
……だよな。
理不尽すぎるもんな。
こんなループ、マジで冗談じゃない。
心の広い勇者だって、そりゃキレるよ。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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じゃあ——
「女神倒しに行こうぜ、魔王!」
勇者は多くの問題を解決しなかった。
多くの魔物を倒したけれど、それは金稼ぎのため。
人を救ったかと聞かれれば「……かも?」くらいの認識だった。
——けれど。
そんな規格外の勇者は、魔王を仲間にした。
魔王は、多くの勇者を助けたくて。
命を救いたくて。
その度に、悩み、悔やみ、涙してきた。
——けれど。
勇者に救われて、もう一度“仲間”を持った。
正反対の存在。
けして相容れぬはずの二人。
——けれど、誰よりも近しい存在。
だからこそ。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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「だからさ、真面目すぎなんだよお前は!
そんなだから何十回もループする羽目になるんだろ!」
「そ、そうなのだろうか……」
「そうなのだよ!! たまには俺みたいに気楽に考えてみろっつーの!」
「……それは無理だと思う」
魔王は、内心そう思っていた。
でも——
「ほら行くぞ! ちゃっちゃと女神倒して、
俺もお前も元の世界に戻る! んで、報酬受け取って働かなくていい生活を満喫する!!」
「勇者、少しは……働いた方が、良いと思うのだが……」
ちょっと変な勇者。
本当に勇者なのか、疑いたくなる。
金にがめつくて、やる気もあんまり見られない。
正義感なんて、どこにあるんだか……。
「いいんだって! 数百年分働いたから、俺はもう絶対! 一生! 働かん!!」
……勇者らしくはない。
むしろ、魔王の方が“勇者”っぽいくらいだ。
だけど。
もう二度と持つことはないと思っていた、新しい仲間。
地獄を何度も味わって、
運命や血筋、そして女神にまで縛られたこの世界で。
——願わくば、もう俺のような勇者が生まれぬように。
俺は今でも、そう願っている。
勇者だった頃から、魔王になってからも、ずっと。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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魔王のような勇者と、勇者のような魔王は、手を取り合った。
呪縛の根源へと立ち向かう。
勇者を、勇者という“呪い”から解放するために。
魔王を、悲劇の象徴にしないために。
そして——
“新しいルート”を切り拓くために。
勇者の話は一旦これで終了です。
でもその内新しい√を追加したいなとは思ってます。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!




