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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第90話 根ざす意志

 翌朝、家の外に出ると、空気はまだ冷たく、霜が地面に残っていた。

 けれどその冷たさはどこか心地よく、胸の奥を静かに引き締めてくれる。

 俺は薪を割りながら、昨日の歓迎を思い出していた。


 ルナはすっかり人気者になっていたし、エルンも住人たちと自然に会話を交わせていた。

 俺だけが少しばかり「どう振る舞えばいいのか」を探っている。


 英雄でも、賢者でもない。

 ここではただの、一人の住人として——


「おはようございます、カイン」


 振り向くと、リゼリアが立っていた。今日は普段のローブの上に、作業着用のケープを羽織っている。


「おはよう。今日はどうした?」


「今日は……お願いがあって来ました」


 彼女は、少しだけ言いにくそうに言葉を選びながら、続けた。


「実は、村の南側の棚畑で小規模な土崩れがあって、補修と見回りを手伝ってもらえませんか? あなたの水魔法があれば、地盤の締まりを調整できるかもしれないと思って」


「もちろん。やれることがあるなら何でも言ってくれ」


 自然と返事が出た。力を役に立てられる場所があるなら、それが一番ありがたい。


「ありがとうございます。あとは……」


 リゼリアはふと視線を空に向けてから、こちらを見た。


「昨日、あらためて感じました。あなたがここにいるだけで、里の空気が変わるのだと。だからこそ、あなたに根ざしてもらいたいと思っているんです」


「根ざす、か」


 俺はその言葉を胸の中で反芻した。


「里の長になれという話なら、まだ早い。俺は、ただでさえ目立ちすぎてる。誰かの上に立つには、俺自身がこの里の一部になったと、ちゃんと感じられるようになってからじゃないと……」


「ええ、それでいいんです」


 リゼリアは迷いのない声で言った。


「いずれその時が来ると、私は信じています。その時まで、私の代わりに……この里を内側から見てくれませんか?」


「……任された」


 そのやりとりの後、俺たちは棚畑へ向かい、午前中いっぱい作業にあたった。


 崩れた段差に土嚢を運び、水脈を整え、緩んだ地盤を固めていく。

 俺が水の流れを導き、エルンが風を送り、ルナは土に魔力をなじませる植物を撒いた。


 ただの作業かもしれない。だけど、手を動かし、汗を流しながら感じることがあった。


 この手で、誰かの暮らしを守る。

 戦うためじゃない。築くための力を振るう。


 それは俺にとって、初めての感覚だった。


「お兄ちゃんたち、すごーい!」


 昼頃、畑の縁に子どもたちが集まってきていた。

 ルナが土に描いた水の妖精の落書きに歓声が上がる。


「ルナ、また『ズバァ』してー!」


「今日はお水の魔法だから、『ジャバーン』だよ!」


 その声に俺もエルンもつい笑ってしまった。


 作業を終え、広場に戻ると、里の数人が昼食を用意してくれていた。


「焼き芋です。さっき掘ったばかりなんですよ」


 ほくほくの湯気を立てた芋を手渡され、俺はその温かさに指先がじんわりと温まるのを感じた。


「ありがとう……これは、うまいな」


「ふふ、それはよかった」


 食べながら、俺はリゼリアの言葉を思い返していた。

 内側から見るということ——それは、力を振るうことだけじゃない。


 何に困っているか、何を望んでいるか、どこが歪んでいて、どこが守られているのか。

 そういうことに目を向けることだ。


 そしてそれは、戦場では得られなかった視点だった。


 食事が一段落したころ、リゼリアがそっと近づいてきた。


「今日、夜に少しだけお時間をもらえますか? この里の過去と……そして、この地に関わる少し変わった力のことを話したいのです」


「力?」


「ええ。アルヴェント南西の地に根ざす『理の歪み』について」


 彼女の声色は穏やかだったが、その言葉の奥には、微かに重さがあった。


「……わかった。夕方にまた、話を聞かせてくれ」


 日が傾きはじめ、里の影が長くなる中で、俺たちはそれぞれの時間へと散っていった。


 暮らしは静かに流れていく。

 だがその静けさの裏には、まだ俺の知らない何かが眠っている気がしてならなかった。

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