第9話 去り際の言葉
試練を終え、新たな名を得た俺――カインは、静まり返った試練の間に立っていた。
エルフたちがまだ興奮の余韻にざわめく中、俺の前に一人の男が進み出る。神殿を訪れ、俺を試そうとしたあの挑戦者、レオナルドだった。彼の鋭い眼差しは変わらないが、その奥にはかすかに異なる感情が宿っているように見えた。
「……やるではないか、カイン」
低く響く声には、もう試すような響きはなく、どこか実力を認めたような響きがあった。
「お前が本当に賢者かどうかを確かめるつもりだったが……少なくとも、俺の中で答えは出た」
彼はそう言うと、腰の短剣を軽く叩く。
「試練を乗り越え、知恵も備えているようだ。……すべてを認めるわけではないが、お前が『賢者の候補者』であることは理解した」
「それで、お前はどうするんだ?」
俺が尋ねると、レオナルドは腕を組みながら答えた。
「俺は一度帰る。俺の役目は、ここで起きたことをエルフの長たちに伝えることだ。賢者の候補者が現れ、試練を乗り越えたこと。そして、お前――カインが名を得たことをな」
彼の言葉に俺は眉をひそめた。どうやら、彼の背後にはさらに大きな存在がいるらしい。
「……そっちのエルフの長ってのは、俺をどう思ってるんだ?」
俺の問いに、レオナルドは少し考えた後、静かに答えた。
「半数は期待している。カイラン様の帰還を信じ、森の未来をお前に託そうとしている者たちだ。だが、もう半数は警戒している。お前が本当に『カイラン様の再来』なのか、あるいは森の秩序を乱す異物なのかをな」
それは、俺がすでに感じ取っていた空気と一致していた。
「ならば、俺はどうすればいい?」
「お前自身が答えを出せ。そして、それを行動で示せ。言葉だけでは、長老会は納得しない」
彼はそれだけ言うと、踵を返し、神殿の扉へと向かう。
「俺の名はレオナルド・ヴァルディス。この名を覚えておけ、カイン」
レオナルドはそう言い残し、神殿を後にした。
彼の足音が消えた後、俺は静かに息を吐く。
(行動で示せ、か……)
古の試練は終わった。だが、本当の意味で賢者として認められるための道は、まだ始まったばかりだ。
俺はエルンストやエルフたちが見守る中で、静かに拳を握りしめた。




