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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第89話 風通る地にて

 翌朝、リゼリアの言葉に導かれ、俺たちは広場へ向かった。

 春の風が里をそっと撫で、木々の葉が音もなく揺れている。

 空は澄み、鳥の声が高く響く。ここには、戦いも血の匂いもなかった。


 集まっていたのは、十数人ほどの里の住人たち。年配の者から、幼い子どもを抱いた若い母親まで。顔ぶれは多様だったが、皆がこちらをまっすぐに見ていた。


 リゼリアが前に立ち、落ち着いた声で語る。


「紹介します。こちらはカイン。数々の戦場で魔族の脅威に立ち向かい、この世界を陰から支えた英雄の一人。そして、その仲間であるエルンとルナです。彼らは、しばらくこの里で暮らすことになりました」


 ざわ……と小さな声が漏れる。


「本当に、あの『水の剣』の……」


「グロムを退けたっていう、あの……」


 正直、面と向かって英雄なんて呼ばれるのはこそばゆい。

 けれど、今は否定するべきじゃない。

 俺は一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「改めまして、カインです。静かに暮らせる場所を探して、この里に来ました。ここではただの一住人として、皆さんと同じように過ごしたいと思っています。よろしくお願いします」


 静かな拍手が広がり、どこか和やかな空気が生まれた。


「ルナも、よろしくねー!」


 ルナが元気に手を振ると、子どもたちがぱっと顔を明るくして反応する。


「ルナちゃんだー!」


「お姉ちゃん、グロムってホントに角がごつごつしてたの?」


 質問攻めにあったルナは、胸を張ってこくんと頷いた。


「うん! ごつごつしてて、大きくて、しかも『がぉーっ!』ってすごかったの! でもカインが《蒼閃》でシュバッてして、ズバァってしたの!」


「うわー! かっこいいー!」


「ズバァってなにー!?」


 子どもたちの間に笑いが広がる。ルナは得意げな顔で、空中に剣を振る真似をして見せた。


 俺とエルンは、その様子を少し離れたところから見守っていた。


「……すごいですね、ルナは」


「場をなごませる力、ほんとに天性だな」


 すると、一人の男性が俺の方へ歩いてきた。

 灰色の髪に深い皺を刻んだ、年配の男。腰には農具、腕には包帯が巻かれている。


「……あなたが、ヴァルディスと戦ったというカインさんですね」


「ああ。そうだけど……」


「俺の娘と、孫が……数年前に、ヴァルディスにさらわれました。もう戻ってくることはない。でも、あの男を倒したという話を聞いて、初めて、少しだけ……眠れるようになったんです。ありがとう」


 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


 戦ってきた先に、確かに誰かの苦しみや想いがある。

 俺が振るった剣が、完全に救えたとは言わない。けれど、こうして誰かが「ありがとう」と言ってくれるなら——


「……こちらこそ。そんなふうに思ってもらえたことが、何よりです」


 男は静かに頷くと、背中を丸めて立ち去った。


 俺はどこか不思議な感覚を覚えていた。

 感謝されることに、こんなに重さと温かさが同居しているとは思わなかった。


 その後も、何人かの住人が声をかけてきた。

 「村の橋の修繕を手伝ってくれるか?」という老職人。

 「子どもたちに水魔法の安全な使い方を教えてほしい」と頼んできた若い母親。


 名前も知らなかった俺たちに、こうして声がかかる。

 たった数分の紹介だけで、ここまで受け入れてもらえるとは予想外だった。


 広場をあとにして、自宅として与えられた小さな家へ戻る途中、ルナが手を振って追いついてきた。


「ねえねえ、カイン。ルナね、『ズバァ』って言ったら、みんなすごく笑ってくれた!」


「……ああ、聞こえてたよ。大活躍だったな」


「でしょ? ルナ、明日も『がぉー!』ってするね!」


 そう言って駆けていくルナを見て、エルンがぽつりと漏らした。


「……ああいうの、なんだか羨ましいですね」


「俺もだよ。あんなふうに、誰かとすぐに距離を縮められるのって……すごい才能だと思う」


 里の家々には、ゆるやかな煙が上がりはじめていた。夕餉の準備が始まっているらしい。

 土の匂い、焚き火の香り、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。


 きっと、こういうのを暮らしって言うんだろう。


 俺たちは今、ようやくその輪の中に、ほんの少しだけ足を踏み入れた。

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