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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第88話 静かな器、揺るがぬ芯

 門を抜け、広場に足を踏み入れたとき、聞き覚えのある声が響いた。


「双冠の英雄様のお越しですわね」


 声の主は、やはりリゼリアだった。

 ローブの裾を風に揺らしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 エルンが一歩前に出る。


「リゼリア……またよろしくね」


「あなたも無事でよかったわ、エルン。……少し大人びた顔になったかしら」


 二人は自然と笑みを交わす。親友同士の再会——そこには時間の隔たりなど存在しないように見えた。


 リゼリアの視線が、俺に向けられる。


「そして、あなたも……カイン」


「突然の訪問で申し訳ない。今、少しだけ……あなたに話をしたくて来たんだ」


「歓迎します。あなたが来てくれて嬉しい。そう心から思っていますよ」


 その言葉に、俺の胸の奥が少しだけ熱くなった。


 フェルシアの里は、あの日と同じように優しかった。

 そして今も、俺たちに場所を与えてくれようとしていた。


 リゼリアに案内され、俺たちは集会所の一室へと通された。

 木の温もりに包まれた室内には、ハーブと石鹸のほのかな香りが漂っている。


「グロム・ザルガスを退けたと聞きました。……信じられない話かもしれませんが、私、あなたがこの地へ戻ってくる気がしていたのです」


 リゼリアはそう言ってから、こちらをまっすぐ見据えて口を開く。


「カイン。お願いがあります。この里の長を、あなたに任せたいのです」


「……え?」


 まさかそんな言葉が飛び出してくるとは思わず、俺は思わず聞き返した。


「フェルシアは、外との関係がこれから急速に広がります。精霊の加護も薄れ、魔族の気配も徐々に近づいてきている。だからこそ、この地をまとめ、導いていける者が必要なのです」


「……でも、それは……」


 俺は少し言葉を詰まらせる。

 リゼリアの真剣な眼差しを前にしても、即答することはできなかった。


「俺は、まだこの里に何の貢献もしてない。ただの通りすがりだ。そんな俺がいきなり『長』なんて立場に就いて、誰が納得する?」


「あなたが、そうやって一歩引けるからこそ、私は託したいと思うのです」


 それでも、俺は首を振った。


「今のままじゃ、俺自身が納得できない。まずは、ひとりの住人としてこの里に関わりたい。役割じゃなく、信頼を得てからだ。それが筋ってやつだと思うんだ」


 沈黙。だが、重苦しさはなかった。


 リゼリアは目を細め、やがて静かに頷いた。


「……わかりました。では、あなたを『協力者』として迎え入れましょう。いずれ、そのときが来れば、また改めてお話ししましょう」


「感謝します。任せてください。俺にできることなら、何でもやります」


 そう言うと、ルナが元気よく手を挙げた。


「ボクは……お菓子屋さんになる! 子どもたちにふわふわのケーキを食べさせたい!」


「ふふ、素敵な目標ですね。きっと喜ばれますよ」


 リゼリアが笑うと、ルナもにっこり笑い返した。

 こうして、俺たちはこの地に迎え入れられた。


 それから数時間後、リゼリアの案内で俺たちがこれから使う家を見に行った。


 小川沿いにある一軒家。古いが丁寧に手入れされた木の造りで、玄関先には鉢植えの花が咲いている。暖炉もあり、水も清らか。何より、窓から差し込む光が、どこか懐かしさを感じさせた。


「元は薬師夫婦が暮らしていた家です。今は空いていますから、自由に使ってください」


 俺は静かに頷いた。


「……ここなら、落ち着いて暮らせそうだ」


 背後でエルンが、「ちょうどいいですね」と優しく微笑み、ルナが「わあ、窓が大きいー!」とはしゃいでいた。


 剣も魔法もいらない時間。

 守るための力ではなく、誰かと笑って暮らすための力。

 そういうものを、ここで育てていけるかもしれない。


 俺は扉の前に立ち、深く息を吸い込んだ。


「——ただいま」


 まだ誰もいない家にそう告げると、柔らかな風が一陣、俺たちの足元をすり抜けていった。

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