第84話 双冠の英雄
ギルドの大広間が、こんなにも騒がしい場所だったのかと、改めて実感する。
戦いの余波がようやく静まったグラムベルクの街。その冒険者ギルドに、俺たちは招かれていた。いや、正確には、讃えられるためにここに集められていたのだ。
「カイン殿! よく無事で……お怪我はありませんか?」
「まさか、グロムを退けたって本当なのか?」
「ヴァルディスに続いて、二人の災厄を打ち破った……!」
言葉が、視線が、拍手が、俺に、俺たちに向けられる。
ギルドの中でこれほど多くの人間に囲まれるのは初めてだった。武具の音、興奮気味の声、ぶつかりそうな視線……そのどれもが熱を帯びていた。
俺は、一歩引いてその熱気を感じながら、それでも冷静に呼吸を整えた。
壇上に並んだのは、俺を含めた四人。エルン、セリス、ルナ、そして俺。背後にはバルグラス王が堂々とした姿勢で立ち、ギルドマスターのヴェルナーがその隣に控えている。
「よくぞ、このグラムベルクを、そしてこの国境地帯を守り抜いた」
バルグラス王の声が静かに響いた。抑えられた語気だが、その奥にある誇りは誰の耳にも届いていた。
「貴殿らの力により、王都ロルディアにまで届こうとした災厄は未然に防がれた。この功は、ただの武勇にとどまらぬ。国家の誇り、民の希望である」
バルグラスの背後から、王家の使者が歩み出てきた。蒼銀のマントを揺らしながら、彼は一礼し、文書を読み上げる。
「ロルディア王国、アドラスト・ロルディア陛下の名において、ここに勲章を授ける。影を討ち、獣を退けし者——カイン殿、並びにその一行へ、『双冠の英雄』の称号をもって報いる」
まるで夢の中にいるようだった。
首にかけられた銀のメダル。紋章の刻まれたその重みは、単なる金属ではなかった。人々の期待、王家の注視、国の評価……そういった見えない鎖が、俺の首にそっと巻きつく感覚。
「……ありがとう、ございます」
そう口にした俺の声は、少しかすれていた。
隣でエルンが柔らかく笑い、ルナが俺の裾をつついてくる。
「ねぇ、カイン。これ、かっこいい?」
「……ああ。すごく、な」
ルナの胸元にも、俺と同じ銀の勲章が揺れていた。
その後も、いくつもの手が俺たちに差し出され、いくつもの言葉が飛び交った。
ギルドの職員だけではない。武具屋の親父、宿の女将、駆け出しの冒険者、小さな子どもたちまで——まるで街全体が、俺たちに感謝を告げているかのようだった。
けれども、その熱気のなかで、俺の胸には少しだけ冷えた感覚が残っていた。
(……森は、どうだろうな)
セリスの故郷でもあり、俺たちが追われたエルフェンリートの森。今のこの称賛をあの森の長老たちはどう見るだろうか。
いや、きっと——「争いを呼ぶ者」として、変わらぬままだ。
そんな考えを振り払うように、俺は小さく息を吐いた。
夜、式典が終わってから、俺たちはギルドの上層部から非公式の面談に招かれた。会議室の奥で、ヴェルナーが重い声で口を開いた。
「……お前たち、王都から招待状が届いている。第二王子レオンハルト殿下の名でな」
「第二王子……?」
エルンが俺の隣で小さく呟いた。
ヴェルナーは頷く。
「噂によれば、彼はお前たちにかなり注目しているようだ。『未来を導く者』としてな。王都に行けば、さらなる地位も約束されるだろう」
「地位……か」
俺は考える。ギルド所属、王家の後援、名誉ある称号。それらが何をもたらすかは理解していた。
だが同時に、それらは俺をどこかに属する者に変えてしまう。
今、俺が望んでいるのは——力を振るう場所ではなく、守るべき居場所だ。
「……ありがたい申し出です。でも、少し時間をください。まだ、ここでやるべきことがある気がしてるんです」
俺の言葉に、ヴェルナーは深く頷いた。
「わかった。だが覚えておけ、お前のような男は、否応なく時代の渦に巻き込まれる。覚悟はしておけよ、カイン」
「ええ……肝に銘じておきます」
その夜、ギルドの広間を通りかかると、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。
「カインだー! 俺が《蒼閃》やるから、お前は火の子な!」
……俺は、ふと立ち止まり、そっと笑った。
それは、英雄としての誇りを得たからではなかった。元の世界で必要とされなかった俺が、誰かの記憶に残る。
それだけで、十分すぎるほどの価値があると思えた瞬間だった。




