表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/253

第84話 双冠の英雄

 ギルドの大広間が、こんなにも騒がしい場所だったのかと、改めて実感する。


 戦いの余波がようやく静まったグラムベルクの街。その冒険者ギルドに、俺たちは招かれていた。いや、正確には、讃えられるためにここに集められていたのだ。


「カイン殿! よく無事で……お怪我はありませんか?」


「まさか、グロムを退けたって本当なのか?」


「ヴァルディスに続いて、二人の災厄を打ち破った……!」


 言葉が、視線が、拍手が、俺に、俺たちに向けられる。


 ギルドの中でこれほど多くの人間に囲まれるのは初めてだった。武具の音、興奮気味の声、ぶつかりそうな視線……そのどれもが熱を帯びていた。


 俺は、一歩引いてその熱気を感じながら、それでも冷静に呼吸を整えた。


 壇上に並んだのは、俺を含めた四人。エルン、セリス、ルナ、そして俺。背後にはバルグラス王が堂々とした姿勢で立ち、ギルドマスターのヴェルナーがその隣に控えている。


「よくぞ、このグラムベルクを、そしてこの国境地帯を守り抜いた」


 バルグラス王の声が静かに響いた。抑えられた語気だが、その奥にある誇りは誰の耳にも届いていた。


「貴殿らの力により、王都ロルディアにまで届こうとした災厄は未然に防がれた。この功は、ただの武勇にとどまらぬ。国家の誇り、民の希望である」


 バルグラスの背後から、王家の使者が歩み出てきた。蒼銀のマントを揺らしながら、彼は一礼し、文書を読み上げる。


「ロルディア王国、アドラスト・ロルディア陛下の名において、ここに勲章を授ける。影を討ち、獣を退けし者——カイン殿、並びにその一行へ、『双冠の英雄』の称号をもって報いる」


 まるで夢の中にいるようだった。


 首にかけられた銀のメダル。紋章の刻まれたその重みは、単なる金属ではなかった。人々の期待、王家の注視、国の評価……そういった見えない鎖が、俺の首にそっと巻きつく感覚。


「……ありがとう、ございます」


 そう口にした俺の声は、少しかすれていた。


 隣でエルンが柔らかく笑い、ルナが俺の裾をつついてくる。


「ねぇ、カイン。これ、かっこいい?」


「……ああ。すごく、な」


 ルナの胸元にも、俺と同じ銀の勲章が揺れていた。


 その後も、いくつもの手が俺たちに差し出され、いくつもの言葉が飛び交った。


 ギルドの職員だけではない。武具屋の親父、宿の女将、駆け出しの冒険者、小さな子どもたちまで——まるで街全体が、俺たちに感謝を告げているかのようだった。


 けれども、その熱気のなかで、俺の胸には少しだけ冷えた感覚が残っていた。


(……森は、どうだろうな)


 セリスの故郷でもあり、俺たちが追われたエルフェンリートの森。今のこの称賛をあの森の長老たちはどう見るだろうか。


 いや、きっと——「争いを呼ぶ者」として、変わらぬままだ。


 そんな考えを振り払うように、俺は小さく息を吐いた。


 夜、式典が終わってから、俺たちはギルドの上層部から非公式の面談に招かれた。会議室の奥で、ヴェルナーが重い声で口を開いた。


「……お前たち、王都から招待状が届いている。第二王子レオンハルト殿下の名でな」


「第二王子……?」


 エルンが俺の隣で小さく呟いた。


 ヴェルナーは頷く。


「噂によれば、彼はお前たちにかなり注目しているようだ。『未来を導く者』としてな。王都に行けば、さらなる地位も約束されるだろう」


「地位……か」


 俺は考える。ギルド所属、王家の後援、名誉ある称号。それらが何をもたらすかは理解していた。


 だが同時に、それらは俺をどこかに属する者に変えてしまう。


 今、俺が望んでいるのは——力を振るう場所ではなく、守るべき居場所だ。


「……ありがたい申し出です。でも、少し時間をください。まだ、ここでやるべきことがある気がしてるんです」


 俺の言葉に、ヴェルナーは深く頷いた。


「わかった。だが覚えておけ、お前のような男は、否応なく時代の渦に巻き込まれる。覚悟はしておけよ、カイン」


「ええ……肝に銘じておきます」


 その夜、ギルドの広間を通りかかると、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。


「カインだー! 俺が《蒼閃》やるから、お前は火の子な!」


 ……俺は、ふと立ち止まり、そっと笑った。


 それは、英雄としての誇りを得たからではなかった。元の世界で必要とされなかった俺が、誰かの記憶に残る。

 それだけで、十分すぎるほどの価値があると思えた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ