第81話 敗者の誇り、受け継がれる意志
グロム・ザルガスは膝をついたまま動かなかった。
血の滴るわき腹を押さえ、荒い呼吸を繰り返しながら、ただじっと俺たちを見据えている。その瞳に浮かぶのは怒りでも憎しみでもなく、燃え尽きた戦士の静かな諦観だった。
「……見事だ、小僧ども」
グロムは唸るように言った。斧は折れ、鎧もひび割れ、魔力の煌めきも消え失せている。
「こうまで容易く敗れたのは初めてかもしれん」
俺は剣を構えたまま慎重に間合いを保っていたが、その言葉を聞いて警戒を緩めた。戦いの空気が、はっきりと変わっていた。
「もう戦う気はないのか?」
「ああ……お前を生かす方が正しいようだ」
グロムの口元に皮肉にも近い微笑が浮かぶ。
「もともと俺たち魔族は……静けさを好むのだ。争いに身を投じるのは性に合わん。だが……強い奴を見ると、どうにも止まらなくなる」
「お前の中にある戦の本能……か」
「そうだ。だが、お前らとの戦いで……その欲が落ち着いた。負けたが清々しい気分だ」
その言葉に俺は静かにうなずいた。
「それが、戦士としての誇りってやつじゃないか」
グロムは一つ、深く息を吐いた。
「……満足した。今しばらく戦いに興じることはないだろう」
彼の背後から数名の影が現れる。獣魔族の部下たちだった。
岩陰や木々の影から身を現した彼らは、まるで戦いの狼煙を察知していたかのように自然に動き出す。
斧や槍を構えたまま、訓練された獣のような身のこなしで、静かにグロムのもとへと近づいていく。
その目には驚きと困惑がありながらも、怯えや逃げの色は一切見られなかった。彼らは膝をついたグロムを囲むように立ち、周囲を警戒しながら命令を待つように静かに構えていた。
「戦王! ご無事ですか!?」
「まさか、あの一団にここまで……」
「……見た通りだ。俺は負けた」
戦士たちは言葉を失った。だが、グロムの声には威圧ではなく、確かな覚悟が込められていた。
「だが、誇れる敗北というのもある。今日のこれはそういうものだ。引くぞ」
「……はっ」
部下たちは目を伏せて静かにうなずいた。
それを見届けた俺たちにも、ようやく戦いの終わりが訪れた実感が広がった。
「……終わったんですね」
エルンが杖を下ろし、深く息を吐いた。
「はい、でも……とても激しい戦いでした」
セリスは疲労の色を浮かべながらも、凛とした表情で言った。
「カイン、すごかったよ! あの魔法、全部きれいに決まったね!」
ルナが跳ねるように笑い、俺の腕に飛びついてくる。
「……いや、みんながいてくれたから勝てた。俺一人じゃ、到底無理だったよ」
その言葉に仲間たちは静かに微笑んだ。
やがて、後方で控えていたギルドの副長やロルディア軍の指揮官たちが駆け寄ってくる。
副長は戦場に足を踏み入れた瞬間、その空気の重さに思わず息を呑んだ。鎧の継ぎ目から汗を滲ませながら、慎重に周囲を見渡し、崩れた大地と砕けた武具の残骸に目を留める。
「……これが、グロムとの……戦いの跡……」
隣で沈黙していた指揮官が俺たちに近づくにつれ、驚愕を隠せない表情でつぶやいた。
「まさか……あの魔族を真正面から打ち破るとは……」
彼らの背後にはギルド戦士たちや兵士たちが次々に駆け寄り、その場に立ち尽くしながら、目の前の現実を信じられないように見つめていた。
「よくやった、カイン殿……いや、もう何と呼んでいいか……」
グロムは部下たちに支えられながら立ち上がる。
一瞬、よろめくも、その体はどこか軽くなったようにも見えた。
「……カイン。その名を刻んでおこう」
そう言い残し、グロムは振り返ることなく歩き出した。
彼の背はなお大きく、そしてどこか静かだった。戦場に再び静寂が戻る。
だが、それは敗北の静けさではなく、戦士たちが次なる時代へ踏み出すための、始まりの静けさだった。




