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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第三章 戦王の咆哮

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第73話 咆哮の波

 静寂が訪れていた。ほんのひとときとはいえ、戦場に漂う血の臭いと金属音が収まり、風の音だけが耳を打っていた。


 小高い丘の陰に設けられた臨時の野営地で、セリス隊の面々が応急処置と装備の点検を行っている。


「……すみません。わたしの判断が遅れたせいで、被害が……」


 セリスは深く頭を下げる。


 だが、仲間のひとりがすぐに笑って答えた。


「違うさ、隊長。あの場で持ちこたえたのは、あんたのおかげだ」


 別の仲間も、頷きながら口を開く。


「そうですよ。セリス隊長がいなかったら、とっくに突破されてたさ」


「……ありがとう」


 セリスは顔を上げ、気持ちを引き締めるように剣の柄を握り直した。


 一方、丘の上では俺たちが前線の様子を注視していた。俺は腰に下げた短剣のバランスを確認しつつ、あたりの空気に変化がないか感覚を研ぎ澄ませていた。


「短い休憩だが、助かるな。剣の馴染みもだいぶ良くなってきた」


「ルナはちょっと疲れたけど、まだ動けるよ。敵の気配はまだ近くない……けど、なんか……あれ?」


 ルナが耳をぴくりと動かし、空気の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。


「変だよ、カイン。空気が重い……なんか、火のにおいが混じってる。遠くの方から、すごく熱いのが近づいてくる感じ」


 俺も目を細める。


「……風向きが変わったな。西のほうから、土煙が立ってる」


「カインさん!」


 ティル・グラウスが慌てて駆け寄ってきた。ローブの裾をはためかせ、額に汗を浮かべながら、水晶板の魔力探知器を手にしている。


「大規模な魔力反応を感知しました! 南西の山間部から、極端に密度の高い反応がこちらに向かって移動中です! 数は不明ですが……おそらく、本隊です!」


「ついに来たか……」


 俺は短く息を吐き、立ち上がった。


「エルン、補助魔法の準備を。ルナ、周囲の警戒を頼む」


「了解です」


「任せてっ!」


 その頃、遠く離れた岩山の上では、黒いマントを翻すダークエルフ、ネフィラが静かに指先を動かしていた。


 彼女の足元には複数の魔術式が展開されており、そこに描かれた陣から微かな紫の光があふれている。


「前方部隊、左翼をやや広げて。崖沿いを制圧すれば、都市への道が開けるわ……」


 彼女の声は直接戦場の獣魔族たちに届き、まるで意思を共有するかのように彼らが動き始める。


 その背後、重く鈍い足音が近づく。


 グロム・ザルガス。


 鉄を打ちつけたような足音とともに、巨漢が姿を現した。


 全身を覆う漆黒の鎧。異様に広い肩幅と分厚い腕。腕の甲に生えた骨のような棘が、ごく自然に戦闘のためのものだと告げていた。


「ネフィラ……指示は済んだか?」


「はい、グロム様。前衛はまもなく交戦距離に入ります」


「……でかいのは、いるか?」


「ええ。カインとその仲間が、まだ戦場に残っています」


 グロムの口元が吊り上がる。


「楽しみだ。どれだけ斬れば、この疼きが収まるか……」


 そしてその時、グラムベルクの南方平野の地平線に、煙と塵を巻き上げながら黒い軍勢が現れた。


 それはまさに、獣の波だった。獣魔族の怒号が風に乗り、遠くまで響き渡る。


 それを見た俺は、すっと目を細めた。


「来たな……あれが、本隊か」


 エルンが隣で呟く。


「数だけじゃない……圧がすごい。これまでの相手とは、明らかに違います」


 ルナはぴたりと動きを止め、じっと前方を見据えている。


「……カイン、あいつ……いる。グロム・ザルガス」


 その名を聞いた瞬間、空気が一層重くなったように感じられた。


 戦いの本番が、ついに幕を開けようとしていた。

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