第72話 牙と風の交錯
剣戟の音と獣の咆哮が交錯する戦場。セリスの率いる部隊は、都市南端の峡谷付近で敵の先鋒と激しくぶつかっていた。
「《風哭》……!」
風を切り裂く音とともに、セリスの斬撃が獣魔族の肩口を裂いた。鋭いその一撃は、重厚な筋肉すら、あっさりと断ち切っていた。
「次っ!」
彼女はすぐさま反転し、迫ってきたもう一体の獣魔族へ斜めに斬り込む。仲間の援護もあって一時は優勢に見えたが——
「ぐっ……!」
仲間の一人が腕を負傷し、後退を余儀なくされた。さらに、後方の林から新たな獣魔族たちが姿を現す。ざりざりと土を踏みしめ、血に飢えた目で彼女たちを見据えていた。
「増援……!?」
セリスはすぐに隊を後退させようと指示を飛ばすが、敵の一部が素早く側面に回り込み、包囲網を形成しようとする。
「まだ、倒れられません……! カイン殿が来てくれると信じて、ここを支えます!」
その目には、強い覚悟が宿っていた。
「セリスの気配が不安定になってきたな」
俺は地面に広げた地図を睨みながら呟いた。その傍らでは、ティルが魔力探知を続けている。
「魔力反応、急速に増加中です!これは明らかに……敵の増援が現れました!」
「くっ……!」
ルナが耳をぴくりと動かし、顔をしかめる。
「変な音がしてる……骨がきしむような、そんな感じ。近くまで来てるよ」
エルンが杖を握りしめ、俺に問いかける。
「どうします、カイン? このままでは、セリスたちが——」
「援軍を出してもらうようギルドに伝える。俺たちも行くぞ」
俺に迷いはなかった。剣を抜き、仲間たちとともに前線へと駆け出す。
戦場へと駆けつけた俺たちの視界に飛び込んできたのは、後退しかけたセリス隊の姿と、それを追い詰めようとする獣魔族の群れだった。
「エルン、前方に光を!」
「了解!」
エルンが詠唱を終えると、眩い閃光が敵陣を照らす。視界を奪われた獣魔族たちが一瞬ひるむ。
「ルナ、右から回り込んで牽制を!」
「うんっ、いってくる!」
ルナの素早い動きが敵の注意を引き、セリス隊が再び体勢を整える隙を作った。
「カイン殿!」
セリスが振り返る。その顔には汗と土が付いていたが、瞳はしっかりと前を見据えていた。
「無理はするな。ここは俺たちが引き受ける。部隊を少し下げて立て直すんだ」
「……はい!」
セリスは歯を食いしばって頷き、仲間を連れて後方へと下がっていった。
その背を見送りながら、俺は魔力を集中させる。
「 流転の雫 (アクアオーブ)!」
水球が炸裂し、敵の足元を濡らす。滑り、よろめいた隙に、俺の剣が一閃する。
「次っ……!」
その切っ先が、獣魔族の腕を断ち落とした。怒号と共に敵が押し寄せるが、ティルがすかさず補助結界を展開する。
「結界、間に合いました! このまま押し切ってください!」
「いいぞ、ティル! その調子だ!」
援護と連携が戦場を支え、徐々に敵の勢いが鈍っていく。
――数分後
俺たちはセリスと再合流し、戦線を一時的に整理した。
「助かりました、カイン殿……私はまだまだですね」
「無茶はするな。セリスの踏ん張りがあったから、持ちこたえられたんだ」
セリスは小さく息をつき、剣を見つめる。
「次は……もっと、強くなって、支えられるんじゃなく並び立ちたいです」
その言葉に、俺は頷いた。
「俺もその横に立つ資格を持てるよう、もっと腕を磨かないとな」
戦場は静まり返ったが、それは嵐の前の凪に過ぎなかった。敵の本隊は、まだ姿を見せていない。
戦いは、これからが本番だった。




