第68話 鍛冶の都、グラムベルク
ヴァルグリム鉱を鍛えた工房には、もう炎の熱気はなかった。だがその空間には、鍛え上げた三振りの短剣と共に、仲間たちの絆がしっかりと刻まれていた。
「本当に世話になったな、グレンダ」
俺が短く礼を述べると、グレンダはふんと鼻を鳴らして、腕を組んだ。
「礼なんていいさ。あんたたちのおかげで、いい仕事ができたよ。武具がいる時はまたおいで」
「……ああ、また頼らせてもらうよ」
ルナがぴょんと一歩前に出て、笑顔で手を振る。
「グレンダ、また一緒に鍛えてねっ!」
「はいはい、お嬢ちゃんは元気でな。くれぐれも、その刃でイタズラするんじゃないよ」
ドワーフらしい飾らない別れだった。だがそこには、確かな信頼があった。
こうして、俺たちはグレンダの工房を後にした。だが、すぐに旅立つのではなく、彼らはしばらくこのドワーフの都市に滞在することに決めていた。
「せっかく来たんだ。この国の文化や技術、見ておきたいと思ってな」
俺の目は少年のように輝いていた。
ドワーフの都市——正式には『グラムベルク』と呼ばれるこの地は、巨大な岩盤をくり抜いて築かれた山中都市であり、屈強な職人たちが暮らす「鍛冶と鉱石の都」として名高い。
市内を歩けば、通りのあちこちに鍛冶工房が並び、鉄を打つ音がリズムのように響いている。道行く人々は皆、無骨で逞しく、それぞれが何かしらの技術を身につけた者ばかりだ。
「わぁ……これ、全部武器なの?」
ルナが武具展示市場の前で目を輝かせて立ち止まった。壁一面に陳列された斧やハンマー、槍の数々。それらはどれも芸術品のように装飾されており、実用性と美しさを兼ね備えていた。
「単なる装飾じゃないな。重心、素材、細工……どれも緻密だ」
俺は食い入るように見つめながら、小さな手帳にスケッチを書きとめていた。
エルンは道中の市場で、風の精霊に呼応する石を見つけ、興味深げに店主と会話を交わしている。セリスは皮細工の店で、動きやすい新しい装備を吟味していた。
それぞれが、束の間の休息を楽しんでいた。
その日の夜。宿のテラスで、ルナと俺は並んで星を眺めていた。
「ねえ、カイン。こんなふうに、みんなで旅できるのって、なんかいいね」
ルナがぽつりと呟いた。
「そうだな。……こんな静かな夜が、ずっと続いてくれるとありがたいんだけどな」
俺が笑いながら答えると、ルナはふふっと小さく笑って頷いた。
だが、その目はどこか遠くを見つめていた。夜空に星がまたたく中、ルナは微かに眉を寄せた。
「……なんかね、ほんの少しだけ、胸がざわざわするの」
「ん? どうかしたか?」
「ううん。気のせい、だと思う」
そう言って笑ったが、俺はその表情をしっかりと覚えていた。
一方その頃、遠く離れた魔族領、黒煙の丘では——。
巨大な影が、山中の広場を歩いていた。
グロム・ザルガス。全身を毛皮と鋼で包み、野獣のごとき気迫を漂わせる獣魔族の実力者。
「よくぞ集まった。我らの狩りの時が来た」
岩肌に響くような咆哮が、配下の戦士たちの胸を震わせた。
その傍らには、黒いローブを纏ったダークエルフ、ネフィラが静かに立っていた。
「進軍先はロルディア。そこに、賢者と呼ばれる男がいる。ヴァルディス・ノクターンを討った者、カイン……次の標的よ」
ネフィラがグロムに耳打ちする。
「強い奴が現れたのなら狩りに行く。理屈など不要だ」
グロムは口角を吊り上げると、地を踏み鳴らした。
まだ出陣の号令はかかっていない。しかし戦の鼓動は、確かに高鳴り始めていた——。
ネフィラはグロムの背中を見送りながら、ゆっくりと目を細めた。
「……やはり、力で動く者は扱いやすい。ヴィンドール様のお考え通り、ことは運んでおります」
彼女の指先がローブの内側で何かをなぞる。小さな魔具に刻まれたヴィンドールの紋章が淡く光った。
「カイン、そしてあのエルフたち——秩序を乱す希望など、すべて消してあげますわ」
彼女の瞳には、忠誠と狂信が静かに揺らめいていた。




