第66話 鍛冶場の閃光
工房の中に、再び炉の火が灯った。
グレンダは厳かに鉄床を整え、ヴァルグリム鉱の塊を炉に滑り込ませる。その鉱石は、通常の金属とは異なる鈍い黒光りを放ち、まるで意思を持っているかのように重々しい存在感を放っていた。
「こいつを加工できた鍛冶師は、過去に二人だけ。魔法と技術の両方がなきゃ、ただの岩だ」
グレンダの言葉に、俺は頷く。
「なら、やる価値はあるってことだな。こいつに俺の水魔法を合わせてみる」
彼はゆっくりと手を差し出し、水の精霊の力を借りて、魔力を水膜として鉱石に纏わせる。その水膜が細かく振動し、徐々に鉱石の表層を柔らかく削り始めた。
「いいぞ、そのまま……温度が下がりすぎると割れる、だが熱すぎてもダメだ。絶妙なバランスで保て!」
グレンダの指示に俺が応え、二人は無言の連携で加工を進めていく。
エルンはそっと手を差し伸べ、魔力の流れを安定させる補助を加える。ルナは物陰から目を輝かせて見守っていた。「カイン、ちょっとかっこいい……」と、ぽつりと呟く。
だが、簡単にはいかなかった。
一度目の加工では、表層を削る速度が早すぎて、内部の脈状構造に亀裂が走り、剣の形に整える前に破損してしまった。
「……くそ、削りすぎた。この鉱石、見た目以上に繊細だな」
俺は額の汗を拭う。グレンダは顔をしかめながらも、すぐに新しい塊を持ってきた。
「焦んな、こんなもん一発で仕上がるわけがない。あんたの魔法で行けるってのはわかった。問題は調整だ」
二度目は、水膜の振動を細かく分散させ、段階的に研磨する方法を試す。グレンダもそれに合わせて、鍛造の温度帯をわずかに低めに設定した。
だが、今度は逆に加工が進まず、金属表面に薄い歪みが残ってしまった。
「……削りが浅い。硬すぎるんだ、こいつは」
「水魔法の揺らぎの調整を少し変えてみる。あと一歩で掴めそうな気がする」
三度目、俺は集中力を極限まで高め、水膜の振動を波打つように滑らかに変化させていく。エルンが静かに支える中、グレンダの槌の音が再び力強く響き渡った。
時間が流れた。
研磨と成形の工程を経て、ようやく一本の剣が静かに工房の中央に横たえられた。
それは、淡く銀色に輝く刀身を持ち、まるで風を纏うかのように軽やかな気配を放っていた。
「できた……最高の切れ味と硬度を両立させた一振りだ」
グレンダは汗を拭いながら、刀身を見下ろし、感慨深く語る。
「見てみな。この刃は、岩でも鋼でも斬る。それでいて欠けもしねぇ。硬さと鋭さ、両立なんて夢みてぇなことが、あんたの魔法で現実になったよ」
俺は頷き、そっと剣をセリスに差し出した。
「持ってみろ、セリス。お前のために作った剣だ」
「……ありがたく頂きます、カイン殿」
セリスは両手で丁重に受け取り、柄を握った瞬間、その重みと手に馴染む感触に息を呑んだ。そして構えを取ると、軽やかに素振りを始める。
風を裂く音が、工房に走った。
「……すごい。驚くほどの扱いやすさと、切れの良さです」
セリスの瞳が真剣な光を帯びる。彼女の剣技と、この一振りは、まさに運命的な出会いだった。
しばし皆がその剣に見惚れた後、俺がふと尋ねる。
「ずいぶんと良い剣が出来上がったようだけど、名刀ができた時は名前を付けたりするのか?」
グレンダは腕を組み、真剣なまなざしで剣を見つめる。そして、静かに口を開いた。
「風哭。風のように鋭く、静かに敵を屠る……剣が泣くなら、それは戦の終わりだ」
一同はその名にしばし黙し、やがて誰ともなく「いい名だ」と口にした。
セリスは深く頭を下げる。
「この剣、風哭……命を懸けて使わせていただきます」
その姿に、俺は満足げに頷いた。
「……俺とエルン、それにルナにも、お揃いの短剣を作ってもらえるか?」
グレンダは笑って頷く。
「おうよ。材料さえ揃えてくれりゃ、何本でも打ってやるさ」
その言葉にルナが跳ねるように喜び、俺の袖を引っ張る。
「やったー! カインとお揃いの短剣! ふふ、なんだか特別な感じ!」
笑い声が工房に響く中、新たな仲間の絆が、また一つ、形となって結ばれた。




