第65話 ドワーフの都へ
ヴァルディス・ノクターンを打倒した後、俺たちは王都ロルディアで一時の平穏を味わっていた。王宮から報酬として金貨と物資が支給されたことで、生活に余裕が生まれたのだ。
ある朝、宿の食堂で食事をとっていた俺は、パンを口に運びながらふと呟いた。
「この世界の武具って、どんな進化をしてるんだろうな……一度、ちゃんと見てみたいもんだ」
そう言う俺に、セリスが真面目な顔で問い返す。
「カイン殿、武具のご研究をなさるのですか?」
「うん。王都の鍛冶屋も悪くなかったけどな、やっぱドワーフの技術ってのは気になる。せっかくだし、一度足を運んでみようかと思ってな」
その言葉に、エルンとルナも賛成した。エルンは「ドワーフの工芸技術には昔から定評がある」と語り、ルナは「おいしいもの、あるかな?」と目を輝かせた。
「それにセリスにもな。ここまで一緒に頑張ってくれたお礼に、いい武具を用意したいと思ってるんだ。俺たちの装備も見直しておきたいしな」
俺の言葉に、セリスはきょとんとした後、姿勢を正して深く頭を下げた。
「恐れ多いお言葉です、カイン殿。ですが、もしお心遣いをいただけるなら……全力でそれに応える剣となります」
その真剣な眼差しに、俺は思わず笑みを浮かべた。
こうして一行は馬車でドワーフの領地――グランハルト砦都市へと向かう。
旅路は平穏だった。春の陽光に包まれた野山を抜け、岩山に囲まれた峡谷を越える頃には、赤茶けた石造りの城砦が見えてきた。都市の周囲には大小の工房や鍛冶場が立ち並び、鉄と炎の匂いが漂ってくる。
市場を歩けば、金属製の装飾品、武具、工具が所狭しと並び、商人たちの声が飛び交っていた。
「すごいな……ここ全部、職人の手仕事か」
感嘆する俺に、セリスは丁寧に頷いた。
「さすがドワーフの都ですね。鍛冶技術の粋が集まっているのが分かります」
ふと、俺の目は一本の細い路地に吸い寄せられた。賑やかな市場から外れたその先に、煤けた看板と無骨な鉄の扉が見える。
「ちょっと寄ってみようか」
俺が扉を開けると、鉄と油の匂いが鼻を突いた。工房の奥では、小柄ながら筋骨たくましいドワーフの女性が、大槌で鉄を打っている。手際よく叩かれた金属が、赤熱のまま整形されていく。
「いらっしゃい。冷やかしかい?」
ドワーフの女性が振り返る。鋭い目をしたその人物が、グレンダ・ブレイズロックだった。
「いや、本気で興味があってね。強い武器や防具って、どんなのがあるのか気になっているんだ」
そう答える俺を、グレンダはまじまじと見つめた。
「……あんた、その顔。賢者カイランにそっくりだな」
「……知ってるのか、カイランを?」
「ああ。百年ほど前に、うちの親方が一度だけ話したってさ。あの時代に異端の理論で精霊鍛冶を論じた変わり者……でも、天才だったってね」
俺は少し迷った後、転生の事情を簡単に話した。グレンダは黙って話を聞き、しばらく沈黙した後、口の端を吊り上げた。
「面白いじゃないか。あんた、何か作りたいもんがあるんだろ?」
「そうだな……たとえば、エルフの女性剣士が使うんだが、彼女に合うような武具って、何かおすすめはあるか?」
その言葉を聞いたグレンダは、俺の背後に立つセリスをちらりと一瞥した。
「なるほど、エルフの戦士か。ふむ、筋力は人間よりも劣るが、しなやかさと反応速度は群を抜いてる。加えて精霊との相性もいい……つまり、力で押す武器よりも、技と速さを活かす設計が求められるわけだ」
そう語りながら、グレンダは壁際の棚からいくつかの試作品を持ち出してくる。
「たとえばこの細剣は軽くて扱いやすいが、威力がいまひとつ。逆にこっちは威力があるが、重すぎてエルフ向きじゃない。結局な、武器ってのは何を活かして、何を捨てるかの塩梅なんだよ」
彼女は作業台に剣を並べながら、ぼやくように続けた。
「威力を上げればそのぶん重くなる。切れ味を高めれば、脆くなりやすい。これが難しいんだ。バランスの問題でな」
少しのあいだ、腕を組んで思案する素振りを見せた後、ぽつりと呟いた。
「もしだ、超硬度の鉱石、ヴァルグリム鉱が加工できればな……切れ味抜群で、しかも衝撃にも強い剣が作れる。軽さはないが、重心設計でなんとかできるかもしれん。問題は、あれを加工できる鍛冶師も魔法使いもほとんどおらんってことだ」
そう言ってグレンダはじっと俺を見据える。
「……カイラン殿の知恵なら、何とかなったりするのかね?」
俺は顎に手を当てて少し考え、それからにやりと笑った。
「ヴァルグリム鉱か……水魔法なら、いけるかもしれないな。削るというより、冷却と振動で表層を剥ぐようにすれば、割らずに形を整えられるかもしれない」
その言葉に、グレンダの目が輝いた。
「……それだよ! いやあ、やっぱ面白いな、アンタ。よし、やってみよう! あの鉱石を扱えるってんなら、エルフの剣士に相応しい一振りを一緒に作ろうじゃないか」
こうして、異世界の知識とドワーフの技術が交差する瞬間が生まれた。
一方その頃、魔族領・黒煙の丘では、黒い咆哮が大地を揺るがしていた。
巨躯の獣魔族――グロム・ザルガスが牙を剥く。
「戦の匂いがする。なら、進むだけだ……」
その傍らには、フードをかぶったダークエルフ、ネフィラの姿があった。
「賢者がまた動き始めました。今こそ、その力で秩序を示す時です、グロム様」
グロムが吼える。
「正義も平和もいらん。強きが勝つ。それだけだ!」
その叫びが、風を裂き、鉄と火の都へと向かう気配となる。
今、静かな都が、ざわつき始めていた。




