第6話 古の試練、知識と精神
エルンストは俺と、そして証人となったレオナルドを伴い、神殿の奥深くへと歩き出した。通路は薄暗く、壁には古びた石の装飾が刻まれ、一歩進むごとに空気が神聖さを増していく。やがて、大きな扉の前にたどり着いた。
「ここが『試練の間』です。これより、あなたには、賢者の候補者として古より伝わる『第二段階:古の賢者の試練』を執り行っていただきます」
エルンストが扉に手をかざすと、淡い青白い光が走り、重々しい音とともに扉が開かれた。
中には円形の広間が広がっており、その中央には紋様が刻まれた石の壇上があった。
「試練は三つ。第一の試練は『知識』。第二の試練は『精神』。そして最後の試練は『力』。 これらを乗り越えて初めて、あなたは賢者として立つべき舞台に上がることができるのです」
彼女が手をかざすと、壇上の中央に古びた石板が浮かび上がる。
「まずは第一の試練、『知識』。ここに記されている古代のエルフ語を解読してください」
(古代語かよ……いきなりハードルが高い)
俺は目を細めて石板を見つめた。そこには見たこともない文字が並んでいたが、カイランの記憶の断片が、脳裏で微かにささやきかけてくる。
『落ち着け。この記憶を辿れば、お前にも読めるはずだ』
俺は意識を集中し、記憶の底から言葉を拾い上げるように、ゆっくりと解読していった。
「……森の精霊は、風と共に歩み……運命の流れに従い……」
声に出して読み進めると、背後で見ていたレオナルドが息を呑むのが分かった。
「正解です」
エルンストが静かに頷く。「では、次の試練へ」
彼女がそう言うと、部屋の奥にある別の扉がゆっくりと開かれた。
「次の試練は『精神』。幻影の間に入り、あなた自身の弱さを乗り越えていただきます」
俺は警戒しながらも、扉の向こうへと足を踏み入れた。途端に、周囲の景色がぐにゃりと揺らぎ始める。
気づけば、俺はかつて自分がいた世界の、見慣れた会社のオフィスに立っていた。
「おい、また仕事辞めたのか?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこには侮蔑の色を浮かべた元同僚たちの姿があった。
「お前みたいなやつ、どこに行ってもダメだよな」
「何をしても続かないんだろ?」
過去のトラウマが、幻影となって俺を責め立てる。俺は強く拳を握りしめた。
こんな幻に、今の俺が惑わされるわけにはいかない。
(これは幻だ……俺は、異世界へ生まれ変わったんだ!)
意識を強く持ち、目の前の幻影を振り払うように叫んだ。
「あんな人生を繰り返すものか!」
その瞬間、世界がガラスのように砕け散り、俺は元の試練の間に立っていた。
エルンストが、満足げに頷いている。
「見事です。精神の試練、乗り越えましたね。では、最後の試練、『力』へ進みましょう」
(ここまできたら、やるしかないな……)
俺は覚悟を決め、最後の試練に挑むために歩を進めた。その一歩は、過去の自分と決別するための、大きな一歩だった。




