第55話 ラスト・レイ
ギルドの演習場。昼間は訓練生たちの掛け声で賑わうこの場所も、今は静まり返っていた。夜の帳が降りる中、俺はエルンだけをここへ呼び出していた。
「どうしてこんな夜に、ふたりだけで?」
エルンが少し首をかしげる。けれど、俺は真剣な目で彼女を見つめた。
「これから教える魔法の真理は、もしも悪意を持った誰かが使えば……取り返しのつかないことになるかもしれない。だから、人目のないところでだけ教えたい」
「……そんなに危険なのですか?」
「ああ。けど、エルンならその力を正しく使えると信じてるよ」
俺の言葉に、エルンはわずかに表情を引き締め、頷いた。
「わかったわ。カインがそう言うなら、真剣に学ぶわ」
「ありがとう」
「今日は、エルンの光魔法を次の段階へ進めたいと思ってる」
俺の言葉に、エルンの瞳が真剣に光った。
「スレイン丘陵の戦いで実感しただろう。影の異形には、並の光では通用しない。もっと深くて、鋭い光が必要なんだ」
「……ええ」
「俺がいた世界には、紫外線って呼ばれる目に見えない光があってな、それがめちゃくちゃ強力なんだ」
「見えない光……?」
「そう。太陽の光にも含まれていて、人体に悪影響を与えるほど強い。闇を焼く力を持っている。もしこの力を魔法として扱えたら、影の存在には特に有効だ」
エルンは目を丸くしながらも、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど。光は、目に見えるものだけじゃない。そんな風に考えたことなかったけれど。あるのですね、光に中に」
俺はさらに続けた。
「そして、この見えない光を扱えるかもしれない精霊がいる。カイランの記憶にある精霊の名は——イルディア——光の上位精霊だ」
「イルディア……」
エルンがその名を口にした瞬間、彼女の周囲の空気が微かに振動するような気がした。
「イルディアは、目に見えない深層の光を司る存在。終わりを告げる光とも呼ばれてる」
「終わりを……」
エルンはそっと目を閉じて、胸に手を当てた。
「イルディア……あなたに触れたい。私の光に、あなたの深奥の力を重ねたいの……」
その瞬間、彼女の周囲に細かい光の粒子が舞い上がり、空間の一点へと集まり始めた。
「……汝、終わりを照らす意志を望むか」
澄んだ声が心に直接届いた。イルディアの声だ。光の精霊ルミナのそれとは異なる、底知れぬ静けさと威厳を持った響き。
「私は……闇に囚われる命を救う力がほしい。そのために、あなたの光を受け入れたい」
「ならば、光の深層を覗け。見えざるものを束ね、焦点とせよ」
交信が終わると、エルンの瞳に変化が現れていた。紫の光が、ごくわずかに瞳の奥で揺れている。
「……見えた。紫の向こうに、確かに何かがある」
エルンは杖を握り直し、構えた。魔力を練りながら、光の波を束ねるように集中していく。
「光は、やわらかくて、温かい。でもその中にある、目に見えない刃……それを、引き出すの……」
彼女の手元に鋭く収束する光の芯が生まれた。
「光の精霊イルディアよ、我が魔力を代償とし、終わりの光ですべてを灰塵へ——《終光》!」
紫の光がまっすぐに放たれた。最初は、そこに何もないかのように見えた。だが、演習場の的がその軌道をなぞるように音もなく発火し、わずか数秒で——灰へと変わった。
「……っ、これは……」
いきなりの成功に驚く俺の横で、エルンは息をつきながらも確かな手応えを感じていた。
再び、彼女の周囲に光が満ちる。そして、イルディアの声がふたたび響いた。
「汝、終わりを照らすにふさわしき者。我が祝福を授ける」
金色の輪が静かにエルンを包み、その身に新たな力が刻まれた。
「……ありがとう、イルディア」
杖を下ろしたエルンは、ゆっくりと振り返り、俺に微笑んだ。
「私の光は、もう……浄化や癒しだけじゃない。これからは、守るために焼く」
「それでもエルンの中にあるものは、誰かを照らす力だよ。闇を滅ぼす力もまた、光の一部なんだ」
エルンはその言葉に小さく頷いた。
こうして、彼女は終わりを照らす者として目覚めた。
そしてまたひとつ、世界は——確かにざわつきを増していた。




