第53話 影の異形、再び
仮面の男は霧と共に姿を消した。
足元に転がる仮面の破片と残された魔力の残滓。わずかだが、確かに手応えはあった。だが、それ以上に確信も得た。
「……あの男、ヴァルディスと深く繋がっている。スレイン丘陵はやつらの拠点だ」
俺の言葉にヴェルナーもうなずく。
「ここまで鮮やかに現れ、撤退したとなると、この周辺に魔術陣か隠れ拠点があるのは間違いない。だが、今の戦力では索敵に限界がある。いったんギルドへ戻って、魔力探知や追跡に長けたメンバーを加えた調査班を再編成する」
セリスは剣を収め、小さく息をついた。
「体力も充分ですし、確実な手順でいきましょう。私も準備は整えられます」
全員がうなずき、帰還の準備を整え始めた——そのとき。
「……くる」
ルナの耳がぴくりと動いた。ふさふさの尾を丸め、背を低くして震える。
異様な気配と共に黒い靄が地面から滲み出るように現れた。それは人の形を模した、だが明らかに人ではない何か。長く伸びた手足、顔のない影。——影の異形。
「しまった、逃げたんじゃない……!」
ヴェルナーが素早く構える。が、異形は音もなく地を這い、まずはガルドに飛びかかった。
「っく!」
ガルドの巨大な盾が異形の一撃を受け止めるも、重い打撃に身体ごと吹き飛ばされる。続いてミリアが風の足運びで横へ跳ぶが、異形の腕がかすめて鎧を裂いた。
ヴェルナーも斬りかかるが、異形はその動きすら先読みしたかのように滑らかにかわし、逆に爪で肩口を切り裂いた。
すぐに俺たちが飛び込む。
「エルン、ヴェルナーを!」
「了解……!」
エルンは即座に精霊に呼びかける。
「光の精霊リュミエールよ。我が魔力を代償とし彼を守る盾となれ——聖域の閃壁!」
淡い金光の膜がヴェルナーを包み、異形の追撃を防ぐ。
「セリス!」
「いきます!」
セリスの剣が異形の脇腹を切り裂く。さらに異形の連撃を受け流し、間合いを詰めて斬撃を叩き込む。だが、異形の身体はまるで黒い液体のように、その切断面が徐々に塞がっていく。
「効いてる……けど、浅い!」
俺はすぐに水の精霊を喚び出す。
「水精レヴィアよ! 我が魔力を代償とし粘性の鎧で絡めとれ——流転の雫!」
ぶよぶよと粘度の高い水球が異形を包み込み、足の動きを鈍らせる。異形はバランスを崩し、もたついていた。
「エルン、今だ!」
「はいっ——!」
エルンが狙いを定め、詠唱を開始する。
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし聖なる光の矢を放て——聖光の矢!」
輝く光線が一直線にほとばしり、異形の胸部を貫いた。
「いくぞ……とどめだ!」
俺は咆哮と共に詠唱した。
「ウンディーヴァよ、蒼き閃光を放ち眼前の敵を消し飛ばせ——蒼閃!」
青い斬光が閃き、エルンの魔法で弱体化した異形を打ち抜いた。その身体がひときわ強く震え——そして、影の異形は吹き飛ぶようにして霧散した。
地に膝をつきながら、ガルドが呻く。
「……生きては、いる……が、左腕が……」
「私も、肋骨が……ヒビくらいは……」
ミリアが苦笑しながら腰を下ろす。
ヴェルナーも腕を押さえながら呻いた。
「……だが、奴の狙いが見えたな。あの異形、エルフには一度も触れようとしなかった」
俺とエルンは顔を見合わせる。
「……確かに。エルンにも、セリスにも、俺にも」
「おそらく、ヴァルディスはお前たちを実験体として温存している。捕らえることはしても、傷つけるなと命令されていたのだろう」
ヴェルナーは静かに仮面の破片を見つめる。
「影の魔術……完成に近づいてるのかもしれん」
帰還準備が整い、皆が背を向けようとした時、ルナが俺の隣にやって来た。
「……カイン」
「ん?」
「さっきの仮面のひと、いる場所……だいたい、わかった」
俺は思わずルナの目を見つめた。そこには確信が宿っていた。
「本当か?」
ルナはこくりとうなずき、その尻尾がゆらりと風に揺れた。
「そこ、すっごく……こわい。気持ち、ざわざわする」
「……ありがとう、ルナ」
俺はルナの小さな背にそっと手を置く。
敵は確かに神出鬼没だった。だが、もう、お前らを捉えたぞ。
被害は大きかったものの、俺は今回の作戦に手ごたえを感じていた。




