第50話 王子の招待
ロルディアの王城。その中庭を囲む回廊に、エルフのローブをまとった俺とエルン、そしてルナが立っていた。
「カイン、きんちょう……してる?」
ルナがローブの裾を小さく引っ張る。
「まぁな。王子様と話すなんて、生まれて初めてだ」
エルンは俺の隣で静かに微笑む。
「レオンハルト殿下は、王族の中でも良識あるお方。無用な心配はいりませんよ」
そう言われても、やはり胸の奥はざわついていた。俺の過去はただの50代無職。異世界に転生してからも、試練と戦いと陰謀の連続。ようやくこうして王族に会える立場になったのだが、緊張しないはずがない。
やがて、扉が開く。奥から現れたのは、若くも落ち着いた雰囲気を持つ美丈夫 だった。肩まで伸びた金髪に、青い瞳。騎士のような礼服の下には剣士としての鍛錬が感じられる体格。——ロルディア王国、第二王子レオンハルト・ロルディア殿下。
「ようこそ、ロルディアへ。賢者カイン殿——いえ、あなたの意志で名乗った名だと伺っています」
王子のまっすぐな瞳に、俺は一礼を返す。
「カインと申します。このような場をいただき、光栄です」
王子が席を勧め、俺たちは椅子に腰を下ろした。
「まずは礼を。あなた方がもたらしたエルフ誘拐事件の証拠、確かに拝見しました。我が国に潜む闇の一端を、あなたが明らかにしてくれたことに、感謝を」
俺は鞄から、エルフェンリートの森で手に入れた書簡と、奴らの魔法道具の欠片を取り出す。
「この術具は、影の魔法を媒介する装置。操っていたのは、ヴァルディスという存在です。奴は不死化の魔術の完成を目指し、エルフの命を糧としている。見過ごせない存在です」
レオンハルトは真剣な眼差しで頷いた。
「……聞き及ぶ限り、これは国家を脅かす脅威だ。ゆえに、王家として対処せねばなるまい。だが、私は王太子ではない。この問題に私兵を動かすには、手続きを要する」
「手続きが整うまでの間に、犠牲が増える可能性もあります」
エルンの言葉に、王子は頷いた。
「だからこそ——私は、ギルドマスター・ヴェルナーに討伐の全権を委ねる」
その名を聞いて、俺は顔を上げた。
「ヴェルナーさんに……?」
「ええ。彼は我が師でもあり、王都の守護にも力を尽くしてくれた人物。彼ならば、最善の策を立ててくれるはずです。もちろん、カイン殿の協力も仰ぎたい」
「……喜んで。俺も、ここで見て見ぬふりはできません」
「ありがとう。あなたに頼るのは他でもない。かつての賢者の影にすがるためではなく——あなたという“個”に、力があると信じているからです」
その言葉に、俺の中の何かが静かに震えた。
――その日の夕刻
俺たちはギルドの作戦室へと案内された。ヴェルナーが、ギルドの幹部たちを集めていた。
「よく来たな、カイン。殿下からすべて聞いている。お前たちの勇気と証拠に敬意を表する」
「こちらこそ、討伐の指揮を受けてくださり感謝します」
ヴェルナーは壁の地図を指し示す。そこには、いくつかの廃村や隠しルートが記されていた。
「敵の本拠地は、ロルディア西方の《ヘルムガルド廃村》付近にあると睨んでいる。そして今回の作戦は、こちらから餌を差し出すことで、ヴァルディス本人をおびき出す」
餌、という言葉にルナが不安げに鳴いた。
「……餌って、まさか」
「ああ。若き戦士セリスを捕らえたエルフとして偽装し、奴に届けさせる。ヴァルディスの手口は、自ら実験対象を選び、術具を使う。必ず出てくる」
俺は、作戦の意味を悟った。
「セリスが……おとりになるってことか」
「本人は、志願した。彼女にしかできない役目だと分かっているからこそな」
ヴェルナーは続けた。
「もちろん、護衛や伏兵は万全を期す。作戦当日は、カイン、お前にも前線に立ってもらう。お前の魔力と判断力は、討伐の鍵になる」
「……了解した。全力でやらせてもらう」
そう答えながらも、胸の奥にわずかな不安が残る。
(奴が現れたとき、果たして……勝てるのか?)
しかし——
「カイン、だいじょうぶ……ルナ、いっしょ」
その声に、背中を押された気がした。
静かに進む討伐作戦の準備。その先に待つのは、影か、希望か。
ざわつく街の空気が、何かを予感しているようだった——。




