第5話 知恵の証明
レオナルドが見守る中、エルンストは静かに俺に向き直った。その瞳には、先ほどまでの刺すような鋭さに加え、純粋な鑑定者のような厳格さが宿っていた。
「では、賢者としての資質を問います。まず、あなたがカイラン様の知恵を継いでいるのならば、彼がかつて説かれた『賢者の理』について説明できるはずです」
(……『賢者の理』? そんなの聞いたこともないぞ)
俺が内心で焦っていると、頭の奥でカイランの声が響いた。
『思い出せ。私の記憶の断片を辿るのだ』
俺はカイランの記憶の断片を頼りに、自らの言葉で理屈を紡ぎ出した。
「『賢者の理』とは、すべての知識は固定されたものではなく、個々の経験と結びつき、変化し続けるものだ。知恵とは、そういうものだろう?」
エルンストがわずかに目を細める。
「……確かに、カイラン様は似たような言葉を残されていました。ですが、それだけでは不十分です」
彼女は俺を試すように続ける。
「では、次の問いを。この神殿には、ある秘密が隠されています。それを言い当ててみてください」
(秘密? そんなの知るわけが……)
『神殿の構造を思い出せ。お前の観察眼を使え』
カイランの声に促され、俺はゆっくりと周囲を見回した。高い天井、整然と並ぶ石柱、壁に刻まれたエルフの紋章……。
ふと、神殿の奥にある祭壇の背後、その壁の一部だけが、ほかとわずかに色合いが違うことに気がついた。
「あの壁の向こうだ。何か隠されている」
俺の指摘に、レオナルドが驚いたように息を呑む。エルンストの目も、鋭さを増した。
「……なぜそう思われたのですか?」
「壁の色が違う。長い年月が経った神殿で、そこだけが異なるのは不自然だろう?」
エルンストはしばらく俺を見つめた後、深く、そして静かに頷いた。
「……見事です。あの壁の奥には、カイラン様が遺した文書が眠る秘密の空間があります。その場所を知る者は、ごく限られているはず……」
彼女は俺と、そして俺の後ろに立つレオナルドを交互に見やり、厳かに宣言した。
「魔法の素養、そして賢者に不可欠な知恵と観察眼。……認めましょう。これで、第一段階『資質の確認』は完了です。あなたは賢者の候補者たる資格を、最低限は満たしていると判断します」
その言葉は、俺がこの森で一歩前に進んだことを意味していた。
しかし、エルンストはすぐに続けた。
「ですが、これは始まりにすぎません。次にあなたを待つのは、我が森の伝統に則った『第二段階:古の賢者の試練』。真の賢者となるための、公式な儀式です」
俺は息を呑んだ。ここで逃げることはできない。俺の異世界での運命は、今まさに試されようとしていた。




