第49話 王都からの急報
ヘルムガルド廃村の探索を終えた俺たちは、夜陰に紛れて再びフェルシアの里の隠れ家へと戻った。旅の疲労と、ヴァルディスの実験の残虐さを目の当たりにした精神的な消耗が、重く肩にのしかかっていた。
「リゼリア、これがヘルムガルドで見つけたものだ」
俺は持ち帰った石版を、リゼリアの前に差し出した。彼女は息を呑み、そこに刻まれた古代文字と禍々しい魔力の残滓を慎重に読み解いていく。
「……不死の研究、エルフを対象とした実験……。これは、グレイヴナー伯爵とヴァルディスの繋がりを証明する、決定的な証拠になるかもしれないわ」
リゼリアの表情が怒りと決意に染まる。
「だが、問題はどうやってこれを王都に届けるかだ。俺たちがお尋ね者である以上、下手に動けば証拠ごと揉み消されるかもしれない」
「そうね……。ですが、手はあります」
リゼリアは静かに頷いた。
「この里には王都ギルドとの秘密の連絡網があるのです。それを使えば、ヴェルナー様に、この証拠を秘密裏に渡せるはずです」
俺たちはその提案にすべてを賭けることにした。石版の写しと、俺たちの報告を添えた手紙は、リゼリアの手によって密かに里の外へと運ばれていった。
それから、長く、そして緊張に満ちた数日が過ぎた。
俺たちは隠れ家で息を潜め、来るべき戦いに備えて修行を続けながら、ひたすら報せを待った。王都で俺たちの証拠がどう扱われるのか、すべては味方の働きにかかっている。
「……おへんじ、まだこないの?」
ルナが窓の外を眺めながら、不安げに尻尾を揺らした。
「焦ってはダメよ、ルナ。今、王都では大きな力が動いているはず。私たちは、信じて待つしかないわ」
エルンはそう言いながらも、その手は固く杖を握りしめていた。
そして、運命の報せは、五日後の夜更けに届いた。
リゼリアが息を切らして隠れ家の扉を叩いたのだ。その手には、王家の紋章が押された封蝋付きの書簡が握られていた。
「カイン……! 王都の密偵から、ヴェルナー様経由で、レオンハルト王子直々の報せよ!」
俺たちはゴクリと唾を飲み込み、リゼリアが震える手で読み上げる言葉に耳を傾けた。
「『カイン殿より託された証拠は確かに我が手に届いた。これを元にグレイヴナー伯爵の屋敷を捜索した結果、ヴァルディスと交わした通信記録を発見。伯爵は王家への反逆罪で逮捕された。よって、カイン殿一行にかけられたすべての嫌疑は、ここに完全に撤回される』……!」
その言葉に、部屋の空気が一気に緩んだ。
「やった……! 」
ルナが歓声を上げ、エルンは安堵に目頭を押さえている。
だが、報せはまだ続いていた。
「『……そして今、私はヴァルディス討伐のために王国の総力を挙げる決意をした。どうか王都へ来て、その力を貸してほしい』。……カイン、王子が、あなたを呼んでいるわ」
王都からの正式な要請。それは、俺たちがようやく日向の道を歩けるようになったこと、そして、この世界の闇と本格的に対峙する時が来たことを意味していた。
俺は仲間たちの顔を見回し、力強く頷いた。
「ああ、行こう。俺たちの手で、この戦いを終わらせるために」
お尋ね者としての逃亡生活は終わりを告げた。だがそれは、真の黒幕との戦いの、始まりの合図だった。




