第47話 迫る影の手
フェルシアの里を後にし、俺たちはヘルムガルド廃村へ向かっていた。森を抜ける道はまだ穏やかで、木々の間から差し込む朝陽が旅路を照らしている。背後でリゼリアが手を振り、「気をつけて」と見送っていた。
「ヘルムガルド廃村か……」
俺は小さくつぶやく。
「未知の闇の魔術の痕跡が残っているって話だったわね」
エルンが横で歩きながら答える。
「そうだ。それにエルフたちが誘拐された事件も絡んでいる。調査を進めれば、何か手がかりが得られるかもしれない」
俺は視線を前へ向けた。セリスが興味深そうに問いかける。
「カイン殿、闇の魔術とは具体的にはどんなものなのですか?」
「俺にも詳しいことは分からない。だが……魔力の流れや精霊の加護を無視し、生命力を直接削るような術式だったと、カイランの記憶にはある。普通の魔法とは根本的に違うんだろうな」
「……それは恐ろしいですね」
セリスの表情が少し曇る。
俺はうなずきながら、森の奥へと進んでいく。だが、その途中、ルナが突然耳をピンと立てた。
「カイン……キケン。だれか、ついてくる」
ルナの警告に俺たちは足を止める。
「本当か?」
俺は周囲を見渡す。しかし、森は静まり返っている。小鳥のさえずりも、虫の鳴き声もない。まるで森全体が何かを警戒しているかのようだった。
「……気配はする。でも、よくわからない……」
ルナは不安げに鼻を鳴らす。
「気のせいじゃないわね。この森に生きる者なら、もっと自然に溶け込んでいるはずよ」
エルンも警戒を強める。
俺も目を細めて周囲を見渡すが、敵らしき姿は見えない。
「足を速めよう。ヘルムガルドに着く前に、こっちの動きを読まれたくない」
俺たちは先を急ぐことにした。
***
一方、森の奥。黒装束の男たちが木々の陰に潜みながら、俺たちを追っていた。
「やはり奴らはヘルムガルドへ向かっている……」
男たちの中でリーダー格の者が静かにつぶやく。
「報告通り、カインというエルフが行動を起こしたか」
「どうする? 今襲うか?」
仲間の一人が問う。
「いや、まだだ。奴には精霊の加護を持つ獣がついている。あの魔法キツネがいる限り、下手に動くと感知される。まずは奴らを十分に疲れさせてから仕掛ける」
影を纏った男たちは静かに潜みながら、獲物を狙う狼のように機会をうかがっていた。
***
夜が訪れた。
俺たちは森の開けた場所に小さな野営地を作ることにした。周囲が木々に覆われており、風を避けるには都合が良い。
「ここなら少しは安全ね」
エルンが周囲を確認しながらつぶやく。
「それでも、警戒は怠らないようにしないとな」
俺は火を焚きながら、周囲にいくつか罠を仕掛けた。
「ルナ、お前の感覚を頼りにしてもいいか?」
俺はルナの頭を撫でる。
「まかせて……カイン」
ルナは目を細めながら、小さく鳴いた。
夜が更けるにつれ、森の中は静寂に包まれていった。しかし、ルナはずっと耳を立てて警戒を続けている。
そして——。
「カイン……やっぱり、いる」
ルナが低く唸った。俺たちは即座に身構える。その瞬間、影がゆらめき、結界のような魔法が張られた。
「これは……!?」
俺は剣を構え直した。
「闇魔法の結界よ! こっちの動きを封じるつもりね!」
エルンが即座に察知する。影の中から黒いフードを被った者たちが現れた。
「……見つかったか」
「ようこそ、エルフの冒険者カインよ。我らが主は貴様を歓迎すると言っているぞ」
「主?」
俺は眉をひそめる。
「まさか……ヴァルディスの手先!?」
エルンが鋭く叫ぶ。
影を纏った男たちは答えず、静かにナイフを抜いた。そして、一斉に俺たちへと襲いかかる——。
セリスが素早く反応し、剣を抜いて敵の斬撃を受け止める。
「ふんっ!」
「カイン、やるわよ!」
エルンが風魔法を展開する。
「疾風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償とし闇を切り裂け——烈風の刃!」
鋭い風が影の結界を切り裂き、封じ込められかけていた俺の動きを解放する。
「助かった!」
俺は剣を振るいながら魔法を発動する。
「ウンディーヴァよ、蒼き閃光を放ち、影を断て——蒼閃!」
俺の手から蒼く輝く刃が放たれ、影の男の一人を吹き飛ばした。
「クッ……奴の力は本物か……!」
怯んだ男たちは後退し始める。
「引くぞ。今は分が悪い」
彼らは素早く撤退し、森の奥へと姿を消した。
「……なんとか撃退したな」
俺は息を整えながらつぶやいた。
「でも、彼らが何を目的としているのか……」
セリスが俺に不安げな視線を送る。
「グレイヴナー伯爵が俺たちに刺客を送り込んできたのかもしれないな」
そう言って俺は剣を収めた。
エルンも険しい表情を浮かべる。
「とにかく、明日ヘルムガルドへ向かう前に、もう一度計画を練り直そう」
俺は焚き火を見つめながら言った。
「カイン……あそこ、あぶない気がする……」
ルナはその場に座り込み、じっと森の奥を見つめていた。
暗闇と静寂の中、森の奥で何かが動く気配を感じる。
俺たちは警戒を解けぬまま、眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。
夜風が吹き抜け、心の中にざわめきが広がっていった――。




