第39話 消えゆくエルフの謎
ロルディアの冒険者ギルドの建物は、古びた石造りの外観ながらも、その扉を開けば熱気と活気に満ちていた。依頼を終えて報告に来たカインたちだったが、期待していたほどの対応は得られず、妙なざわつきを感じていた。
「つまり、護衛対象の商人を守っている最中に、盗賊の襲撃を受けたと?」
ギルドの受付嬢が報告をまとめながら、淡々とした口調で問いかける。
「ああ、それだけじゃない」
俺は険しい表情で続けた。
「襲撃してきた連中は、明らかに俺とエルンを狙っていたように見える」
エルンが静かに頷いた。
「ええ。襲撃者たちは私を見て『エルフ確保が優先だ』と口にしていた。つまり、エルフである私たちが護衛にいると分かった上で襲撃を仕掛けた可能性が高いわ」
受付嬢はしばらく沈黙し、書類に視線を落とす。そして、やや困ったように眉を寄せた。
「ですが……証拠はありますか?」
「証拠……?」
「例えば、今回の護衛にエルフがいる事を彼らが事前に知っていたと示すような証拠です。そのような確実な証拠がない限り、ギルドとしては襲った現場にたまたまエルフがいたという偶然の襲撃であった可能性も考慮しなければなりません」
「そんな……!」
エルンが思わず語気を強めるが、受付嬢の表情は変わらない。
「誤解しないでくださいね、カインさん。あなた方の話を疑っているわけではありません。ただ、ギルドは中立の立場であり、個人的な憶測で行動を起こすわけにはいかないのです」
俺は唇を噛んだ。
確かに、盗賊がエルフを狙った証拠ははっきりとは残っていない。だが、直感的に偶然ではないと分かる。エルフがターゲットだったのか、それとも——
(……俺自身を狙ったのか?)
考えがまとまらず、胸の奥がざわつく。
エルフの森を追われた自分は、今や単なる流浪の賢者だ。エルフの権力闘争に巻き込まれ、追放された立場なのに、未だに誰かの思惑に絡め取られようとしている。
さらに、ロルディアに到着してからも、不審な視線を何度か感じていた。盗賊の襲撃と関係があるのか、はたまた別の勢力が動いているのか——。
「……分かりました」
俺は深く息を吐いた。
「証拠がない以上、ギルドがすぐに動けないのは理解する。でも、もしこれが偶然の襲撃ではなく、エルフを狙った事件が続いているなら?」
受付嬢が一瞬、目を細めた。
「……何が言いたいのですか?」
「俺たちが調べる。ギルドの目が届かない場所で、エルフが狙われていないかをな」
エルンも俺を見て頷いた。
「私たちはエルフの立場でもあり、実際に襲われた側でもある。ギルドが動けないなら、自分たちで動くわ」
受付嬢はしばらく考え込むように視線を落とした後、小さく息をついた。
「……あなた方が調査することをギルドが止めることはできません。ただし、気を付けてくださいね。もしこれが本当にエルフを狙った犯行だった場合、相手は組織的に動いている可能性がある。深入りすれば命を落とすことになるかもしれません」
「肝に銘じておくよ」
俺は軽く肩をすくめた。
「ただ、何もしないまま狙われ続けるよりは、自分から動いたほうがいい」
こうして俺たちは、エルフ失踪事件の調査に乗り出すことを決意したのだった——。




