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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
最終章 零(ゼロ)の賢者

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313/313

第313話 協力者たちの過去

 夜の嵐は、夜明けと共に嘘のように過ぎ去っていた。

 賢者の住居の書斎には、雨に洗われた木々の匂いと、濡れた土の香りが、開け放たれた窓から静かに流れ込んでくる。

 だが、部屋の空気は、まだどこか張り詰めていた。俺の魂の内側で繰り広げられた、光と闇の嵐。その余韻が、俺と、そして、それを見守っていたエルンの間に、言葉にならない緊張感を残していた。


「……大丈夫ですか、カイン」


 エルンが、おずおずと声をかけてくる。

 俺は、二百年の沈黙を破り覚醒した、もう一人の賢者――カイランとの対話を終え、ようやく、身体の主導権を取り戻したところだった。


「ああ。……ああ、大丈夫だ」


 俺は、まだどこか自分のものとは思えない身体の感触を確かめるように、ゆっくりと掌を開いた。

 魂の奥底で、カイランの意識が、静かに、しかし、確かに存在しているのが分かる。もはや、俺の行動を冷ややかに観察するだけの「影」ではない。対等な、もう一人の自分として。


 書斎の扉が開き、ルナとアルヴィンが、心配そうな顔で飛び込んできた。


「カイン! 昨日の、あの禍々しい気配……!」

「賢者殿、ご無事でしたか」


 二人の姿を認め、俺は静かに頷いた。

 そして、仲間たち全員に、今、伝えるべきことがあると、覚悟を決めた。


「皆、聞いてくれ。……カイランが、目覚めた。そして、俺たちの敵の、その本当の姿について、語ってくれた」


 俺は、仲間たちがテーブルを囲むのを待ち、カイランから明かされた、衝撃の真実を、静かに語り始めた。

 それは、この世界の誰もが知ることのなかった、二人の天才の、孤独な探求の物語だった。


「カイランと、筆頭神官セイオン。二人はかつて、この世界で唯一、互いの知性を認め合える存在だったそうだ」


 俺の言葉に、仲間たちは息を呑む。


「友人、というには、あまりに歪な関係だったらしい。だが、二人には共通の目的があった。『世界の理の外側』……つまり、『異世界へのアクセス』という、禁断の知の探求だ。彼らは、互いを唯一の『協力者』として、誰にも知られることなく、その研究を進めていた」


 カイランの記憶が、鮮明な映像となって、俺の脳裏に流れ込んでくる。

 学術都市アーカイメリアの、最も深い書庫。そこで、若き日の二人の賢者が、夜を徹して議論を交わす姿。彼らは、世界の法則を、まるで巨大なパズルのように解き明かし、その先に待つ、未知の領域へと、共に手を伸ばしていた。


「だが、二人の道は、決定的に分かたれた」


 俺は、一度、言葉を切った。


「その理由は、探求の動機の、根本的な違いにあった」


 俺は、カイランの、そのあまりにも人間的で、孤独な願いを、代弁する。


「カイランが求めたのは、『個』の超越だった。彼は、エルフの永劫の平和を、『死にたくなるほどの退屈』だと感じていた。彼は、異なる理を持つ魂と融合することで、自らが究極の叡智を得て、その停滞から脱却することだけを望んでいた。……彼の探求は、どこまでも、個人的で、利己的なものだったんだ」


 その告白に、エルンが、わずかに目を見開いた。彼女が知る、気高い賢者の姿とは、あまりにかけ離れた、その動機。


「一方、セイオンが求めたのは、『世界』そのものの支配だった」


 俺の声が、低くなる。


「彼は、平和が停滞と腐敗を生むと信じ、世界そのものを、より高次の存在へと『進化』させるべきだと考えていた。そのために、混沌を人為的に引き起こし、争いを触媒として、世界を強制的に書き換える。……彼は、神になろうとしたんだ。この世界を、自らの実験場として」


「なんて、ことを……」


 セリスから受け継いだ、強い正義感を持つアルヴィンが、低い声で唸った。


「カイランは、セイオンのその狂気に気づいた。自らの探求が、どれほど利己的なものであっても、世界そのものを弄び、無辜の民を犠牲にすることだけは、許容できなかった。……そして、二人の協力関係は、終わりを告げた。互いが、互いを、この世界で最も危険な存在だと認識しながら」


 俺の話は、終わった。

 書斎には、再び、静寂が戻る。

 仲間たちは、俺たちが戦ってきた敵の、その底知れない悪意の根源を、ようやく理解したのだ。


「……だから、カイラン様は……」


 エルンが、か細い声で呟いた。

 彼女は、カイランがセイオンと決別し、孤独な探求の果てに、あの秘術へと至った、その心の軌跡を、今、痛いほどに感じ取っていた。


 俺は、そんな仲間たちの顔を見回した。

 そして、これから語らねばならない、もう一つの、そして、最も重い真実を前に、一度、深く、息を吸い込んだ。


「そして、カイランは、セイオンを止めるための、最後の切り札として、あの秘術を使った。……俺を、この世界に、召喚するために」


 その言葉が、本当の意味で、この物語の、そして、俺自身の存在理由の、核心に触れることになるのを、俺は、予感していた。

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