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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
最終章 零(ゼロ)の賢者

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308/316

第308話 成長した仲間たち

 俺が賢者の憂鬱という名の、静かな檻に囚われている間にも、森の時間は確かに、そして豊かに流れていた。

 かつて俺の隣で笑い、泣き、戦った仲間たちは、二百年という歳月の中で、それぞれが、新たな、そして、かけがえのない輝きをその身に宿していた。


 森の南に広がる修練場。

 そこでは、若いエルフの戦士たちが、真剣な眼差しで、一体の訓練用ゴーレムと向き合っていた。その指導役として、中央に立つ一人の女性の姿があった。


「――そこまで!」


 凛とした声が響くと、戦士たちの動きがぴたりと止まる。

 黄金の髪を風になびかせ、その瞳に太陽の光を宿した、美しい女性。

 ルナだった。

 二百年の時は、天真爛漫だった魔法キツネの少女を、森の守護者として、誰からも敬愛される、頼もしい炎の魔術師へと成長させていた。


「今の連携、悪くはなかったけど、タイミングが甘い! ゴーレムの動きが止まってからじゃ遅いの! 止まる『前』に、次の攻撃を予測して動かなきゃ!」


 彼女の的確な指摘に、若い戦士たちが真剣な表情で頷く。

 ルナは、ふっと息をつくと、自らゴーレムの前に立った。


「いい? 炎の魔法はね、ただ燃やすだけじゃない。相手の『気』を読むための、道しるべにもなるの」


 彼女がそっと手をかざすと、その掌に、小さな金色の蝶が生まれた。炎でできた、美しい蝶だ。それは、ひらひらと舞いながら、ゴーレムの周囲を飛び回り始める。


「火の精霊プロミネンスの力は、熱だけじゃない。生命の『熱』そのものに干渉する。相手の闘気、殺気、その揺らぎを、この蝶が教えてくれる」


 次の瞬間、ゴーレムが腕を振り上げた。だが、それよりも速く、炎の蝶が、その腕の軌道を予測するかのように、ふわりと舞う。


「――今!」


 ルナの指先から、糸のように細い炎の鞭が放たれ、ゴーレムの腕の関節部を正確に焼き切った。

 彼女はもはや、ただの魔法の使い手ではない。炎の精霊と完全に同化し、その力を、自らの五感の一部として使いこなす、森最強の守護者の一人となっていた。

 その姿は、かつて俺の背中に隠れていた、小さな少女の面影など、どこにもなかった。


 一方、その頃。

 賢者の住居の、かつて俺が使っていた書斎で、一人の青年が、静かに書物を読んでいた。

 父カズエル譲りの、理知的な黒い瞳。母セリスから受け継いだ、意志の強さを感じさせる栗色の髪。そして、人間とエルフ、二つの世界の間に立つ証である、長く、先端の尖った耳。

 アルヴィンだった。


 彼は、父が遺した理式の書と、母が教えた剣術の指南書を、二百年の時をかけて、完全に自らのものとしていた。

 書物を閉じた彼は、静かに立ち上がると、書斎の隣にある、小さな訓練場へと向かう。

 その手には、母セリスが、彼が成人した証として贈った、一振りの細身の剣が握られていた。


 彼は目を閉じ、深く、息を吸った。

 次に目を開いた時、その瞳に宿っていたのは、学者のそれではない。戦士の、鋭い光だった。


 彼の身体が風のように舞う。

 剣先から放たれる斬撃は、母譲りの、無駄のない、流れるような剣技。だが、その一撃一撃には、父から受け継いだ、論理的な思考が組み込まれていた。

 敵の動きを予測し、最小の動きで、最大の効果を生む。防御と攻撃を同時に行う、カウンターを主体とした、彼独自の剣術。

 それは、力と知恵が完璧に融合した、ハーフエルフである彼にしか、たどり着けない境地だった。


 彼は、もはや、偉大な両親の影を追う、ただの少年ではない。

 二人の英雄の遺産を受け継ぎ、それを、自らの力として昇華させた、森の次代を担う、若き賢者であり、剣士だった。


 夕刻。

 訓練を終えたアルヴィンが書斎に戻ると、そこには、ルナが頬杖をつきながら、彼を待っていた。


「おつかれ、アルヴィン。また、お母さんにしごかれてたの?」


「姉さんこそ。若手の指導、大変でしょう」


 二人の間には、姉弟のような、気兼ねのない空気が流れている。


「ねえ、アルヴィン」


 ルナが、ふと、真剣な表情で、窓の外に広がる森を見つめた。


「カインのこと、どう思う?」


 その問いに、アルヴィンは、静かに書物を閉じた。


「……賢者殿は、少し、お疲れなのでしょう。永すぎる、時の重みに」


「うん……。最近、全然笑ってないもん。なんだか、見てると、ルナまで悲しくなっちゃう」


「父上が生きておられたら、きっと、こう言ったでしょう。『時間は薬じゃない。時には、劇薬が必要だ』と」


 アルヴィンの言葉に、ルナは、きょとんとした顔で、彼を見つめ返した。

 俺が知らないところで、仲間たちは、それぞれの形で成長し、そして、俺の心の闇に、気づき始めていた。

 だが、その優しさが、今の俺には、かえって、自らの停滞を際立たせる、鏡のように思えてならなかった。

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