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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
最終章 零(ゼロ)の賢者

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302/312

第302話 残された者たち

 カズエルの葬儀は、王都ロルディアの歴史に深く刻まれる、荘厳な国葬として執り行われた。

 『神授の媒介者』として国を救い、三国同盟の礎を築いた大神官の死。その功績を称え、レオンハルト王の血を引く若き国王アウグスト自らが葬儀を執り行った。王都騎士団が整然と列をなし、貴族たちは黒い礼服に身を包んでその死を悼む。民衆もまた、沿道に静かに並び、英雄の最後の旅路を、祈りと共に見送っていた。


 俺は、エルンとルナと共に、その光景を少し離れた場所から、ただ黙って見つめていた。

 国葬という、あまりにも盛大な儀式。だが、俺の心にあったのは、そんな栄誉とはかけ離れた、ただ一つの、個人的な感情だった。

 親友が、もういない。

 その、あまりにも単純で、絶対的な事実だけが、鉛のように重く胸にのしかかっていた。


 葬儀が終わり、人々がそれぞれの日常へと戻っていく中、俺は一人、カズエルの墓の前から動けずにいた。王都を見渡せる、陽当たりの良い丘の上。白い大理石でできた墓石には、彼の名と、彼がこの世界で成し遂げた偉業が、金文字で刻まれている。

 だが、俺の目には、そんな輝かしい碑文など映ってはいなかった。

 ただ、土の下で眠る、あの悪戯っぽい笑顔だけが、瞼の裏に焼き付いて離れない。


「……なあ、松尾」


 俺は誰に聞かせるともなく、元の世界での呼び名で、彼に語りかけた。


「お前がいなくなって、これから俺は、誰と馬鹿話をすればいいんだよ」


 返事はない。

 ただ、穏やかな風が、丘の上の草を揺らすだけだった。


 五十年の歳月。

 エルフである俺にとっては、瞬きのような時間。だが、人間である彼にとっては、愛する者と出会い、子を育て、そして、その生涯を全うするのに、十分すぎるほどの時間だった。

 俺は若さを保ったまま、彼は穏やかな老人になった。その、残酷なまでの時の流れの違いを、俺は、これまで意識の外に置いていた。いや、無意識に目を背けていたのかもしれない。


 エルフとして、これから何百年、何千年と続くであろう、永い、永い時間。

 その中で、俺は、あと何度、この痛みと向き合わなければならないのだろう。エルンは同じエルフだ。彼女とは、永い時を共に歩めるだろう。だが、この世界で出会うであろう、多くの人間たちは?

 彼らは皆、俺を置いて、先に逝ってしまう。


 その事実に、俺は初めて、エルフとして生きることの、底知れない孤独と苦痛を感じ始めていた。

 それは、50代の冴えない男、竹内悟志としての感性が、このエルフの身体の中で、今もなお、叫びを上げている証拠だった。


「カイン」


 静かな声に、俺は、はっと我に返った。

 いつの間にか、セリスが、幼い息子の手を引きながら、俺の隣に立っていた。彼女の瞳は、悲しみに濡れていたが、その奥には、母としての、揺るぎない強さが宿っている。


「……すまない。少し、考え事をしていた」


「いいえ」とセリスは静かに首を横に振った。


「私こそ、お礼を言わなければなりません。……あの人が、最後まで笑っていられたのは、あなたという、最高の友がいたからです」


 彼女は、息子のアルヴィンを、そっと前に促した。

 栗色の髪に、父の面影を宿した少年は、俺の顔をじっと見上げ、そして、小さな声で言った。


「……父上のこと、ありがとうございました」


 その、あまりにも健気な言葉に、俺は胸が締め付けられるような思いだった。

 俺は膝をつき、アルヴィンの目線に合わせると、その小さな肩に、そっと手を置いた。


「……ああ。お前の父さんは、最高の男だった。……俺の、自慢の親友だ」


 俺がそう言うと、アルヴィンは、こくりと、小さく頷いた。

 セリスは、そんな俺たちの様子を、優しい、しかし、どこか寂しげな目で見つめていた。


「カイン。私とこの子は、森へ帰ろうと思います」


 彼女は、静かに、その決意を口にした。


「王都での暮らしは、あの人との、かけがえのない思い出です。ですが、これからは、この子を、私たちの故郷である、あの静かな森で育てたい。……父の叡智と、母の故郷。その両方を、この子に知っていてほしいのです」


「……そうか。それが、お前の出した答えなんだな」


「はい」


 彼女の決断を、俺に止める権利などなかった。

 セリスは、アルヴィンの手を引き、墓石に最後の一礼を捧げると、静かに丘を下りていった。

 残されたのは、俺と、そして、親友の墓だけだった。


 俺は再び、一人になった。

 そう思った、その時。

 そっと俺の肩に、温かい手が置かれた。


「……カイン」


 振り返ると、そこにはエルンが立っていた。

 彼女は何も言わなかった。ただ、俺の隣に立ち、同じように墓石を見つめている。

 慰めの言葉も、励ましの言葉もない。だが、その、ただ静かに寄り添ってくれる存在が、今の俺には何よりも、ありがたかった。


 俺たちは、どちらからともなく、夕陽に染まる王都の街並みを見下ろした。

 美しい光景のはずなのに、その全てが、どこか色褪せて見える。


 親友を失った世界で、俺は、これから、永い時を、どう生きていけばいいのか。

 その答えを、まだ、見つけられずにいた。

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