第3話 賢者の試練、その第一歩
「賢者たる資質を、我々にお示しいただきたい」
エルンストの静かだが、有無を言わせぬ言葉が広間に響く。他のエルフたちは固唾を飲んで俺たちのやり取りを見守っていた。これが、俺に課せられた最初の関門だった。
「資質、ね……。具体的にどうすればいい?」
俺が問い返すと、エルンストは一歩前に出て、この森の厳格なしきたりを語り始めた。
「本来、賢者として正式に認められるには、古より伝わる三段階の儀式と、最終的な長老会の承認が必要です」
彼女は指を折りながら、段階を数えるように説明する。
「第一段階は『資質の確認』。賢者に必要な知恵と魔力の素養を、カイラン様に近しかった者が見極めます。……今、私が行おうとしているのがこれにあたります」
「第二段階は『古の賢者の試練』。神殿に刻まれた知識、精神、そして力の三つの試練を乗り越え、賢者の候補者としての資格を得るための、公式な儀式です」
「そして第三段階が『森への貢献と民の信頼』。候補者として森の民のために働き、その行いをもって、真に森を導く者たるかを見極められるのです」
(……思ったより、ずっと面倒な手続きが必要なのか)
俺が内心で頭を抱えていると、エルンストは話を続けた。
「まずは第一段階、資質の確認を始めさせていただきます。賢者様、あなたが本当にカイラン様の力を受け継いでおられるのならば、その証を示していただきたい」
「証?」
「ええ。カイラン様だけが使えたという『賢者の秘術』、その一端をお見せください」
(……やべぇな)
心の中で悪態をつく。もちろん、そんな秘術を使えるはずがない。しかし、ここで「できません」と言えば、俺の立場は一瞬で崩れ去るだろう。どうする……?
その時、頭の奥でカイランの声が響いた。
『落ち着け。私の記憶を頼れ。完全ではないが、魔力の流れを感じ取ることはできるはずだ』
(……カイランか!)
カイランの声に導かれるように、俺は両手をゆっくりと前に突き出した。
意識を集中すると、体の奥底から微かなエネルギーのうねりを感じる。それを手のひらに集めるイメージをすると、ふわりと青白い光が灯った。
エルフたちが息を呑んでざわめいた。
「こ、これは……!」
「賢者様の魔力……!」
俺は内心でホッとしつつ、ゆっくりと手を下ろし、エルンストを見つめた。
「……これで、証明になったか?」
「……。確かに、カイラン様と同じ魔力の質を感じました」
エルンストはそう言いながらも、まだ完全には納得していないようだった。
「ですが、これはあくまで素養の証明にすぎません。第一段階の試練は、まだ始まったばかりです」
その場の空気が再び引き締まった、その矢先だった。
「賢者様!」
突如、神殿の扉が勢いよく開かれ、一人の若いエルフが駆け込んできた。顔色を変え、明らかに何か重大な報告がある様子だった。
「何事だ?」
「外で異変が……! 何者かが神殿の周囲を探っております!」
その言葉に、エルンストの眉が鋭く動いた。
(やっかいな時に……まだ俺が何者なのかすら定まっていないのに、もう騒動かよ)
俺の新たな試練は、次から次へと姿を現すようだった。