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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十七章 灼熱の三頭竜

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第299話 反撃の蒼閃

 時間の牢獄。

 俺たちは、セイオンが紡いだ理式によって、完全に静止していた。

 俺の詠唱も、仲間たちの驚愕の表情も、森の民の絶望も、全てが、一枚の絵画のように凍りついている。俺の意識だけが、引き延ばされた時間の中を、カタツムリのように這いずっていた。


(くそっ……! 動け……! 動いてくれ……!)


 焦燥だけが思考を焼き尽くす。

 その絶対的な静寂の中で、セイオンは、俺たちに静かに背を向けた。彼の目的は、賢者の神殿の破壊。俺たちの抵抗を完全に封じた今、その目的を遂行するために、再び歩き出したのだ。


 誰もが、森の最期を覚悟した。

 だが――。

 その、完全に静止した世界の中で、ただ一人、動いている者がいた。


 エルンだった。

 彼女が握りしめる愛用の杖。そこに仕込まれた、カズエルとの叡智の結晶であるカウンター理式が、淡い光を放っている。

 セイオンの時間の牢獄に、彼女だけが、静かに抗っていた。


「……行かせは、しません」


 エルンは凍りついた時の中を、一歩、また一歩と、カインへと歩み寄る。

 そして、その光り輝く杖を、詠唱を中断されたまま静止している俺へと、そっと向けた。

 彼女の魔力が、カウンター理式を通して、俺を包む時間の牢獄に、静かに干渉していく。


 セイオンの絶対的な理式が、エルンの意志によって、静かに解除されていく。


 時の流れが、戻る。


「――《蒼閃そうせん》ッ!!」


 止まっていたはずの俺の詠唱が解き放たれた。

 森の精霊と、仲間たちの想いを一身に受けた、最大出力の魔力の奔流。

 それは、もはや水の刃などという生易しいものではない。世界そのものを切り裂かんばかりの、蒼き閃光の奔流だった。


「……なに?」


 背後で爆発的に膨れ上がった魔力に、セイオンが初めて驚愕の声を漏らし、とっさに振り向いた。

 彼の目の前に、瞬時に何重にも重なった光の防御壁が展開される。彼の指輪が放つ、絶対的な守りのはずだった。


 だが、遅すぎた。


 ボウッ!!


 俺が放った《蒼閃》は、セイオンの防御壁を、まるで薄い紙を突き破るかのように、いとも容易く貫通し、その傲慢な男の胸を寸分の狂いもなく、深々と穿った。


「……ぁ……」


 セイオンの口から、信じられないといったように、声にならない声が漏れた。

 彼は、ゆっくりと、自らの胸に開いた風穴を見下ろし、そして、その穴から流れ出る自らの血に、震える手で、そっと触れた。


 彼は膝から崩れ落ちた。

 血に濡れたその手が地面に落ちる。その瞳には、もはや傲慢さはなく、ただ純粋な驚愕と、そして、自らの計算を超えた「理不尽」に対する、子供のような好奇の色だけが浮かんでいた。


「……これ、が……ごり押しか……」


 彼は、ふっと、笑った。


「……私の……負け……」


 そして、彼は、最後の力を振り絞るように、不気味な言葉を俺たちに残した。


「……次は……君の番……だ」


 その言葉を最後に、セイオンの身体は、まるで風化した砂のように、さらさらと崩れ落ち、風に吹かれて、跡形もなく消え去っていった。


 戦いは終わった。

 三体のワイバーン、そして、混沌の首魁であるセイオンを、ついに俺たちは倒したのだ。

 戦場に残された静寂。


 その静寂を破ったのは、森の民の、大地を揺るがすほどの爆発的な大歓声だった。


「うおおおおおおおおおおっ!!」

「勝った……! 俺たちは、勝ったんだ!」


 俺は魔力を使い果たし、その場に膝をついた。

 エルンとルナが、涙ながらに俺に駆け寄り、その身体を支えてくれる。

 意識を取り戻したレオナルド、ヴィンドール、ミラネもまた、信じられないといった表情で、目の前の光景を見つめていた。


 俺は仲間たちに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、歓喜に沸く森の民に向かって、最後の力を振り絞り、高らかに宣言した。


「――我々は、勝利した! この森は守られたのだ!」


 その声が、森の隅々まで響き渡る。

 混沌との、一つの戦いは、確かに終わった。

 だが、俺の心は、晴れやかではなかった。


(カズエル……セリス……そっちは、無事なのか……?)


 俺は仲間たちが戦う、もう一つの戦場――アーカイメリアの、その行方に、ただ、想いを馳せることしかできなかった。

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