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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十七章 灼熱の三頭竜

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第296話 古の封印魔法

「レオナルド!」


 エルンの悲痛な叫びが静まり返った戦場に木霊した。

 森の民の歓声は恐怖に凍りついた沈黙へと変わっていた。あのレオナルドが一撃で……いや、指先一つで沈められたのだ。そのあまりにも圧倒的な力の差を前に誰もが次の一手を打てずにいた。


 疲弊しきった身体、負傷した仲間、そして、まるで世界の(ことわり)そのものを体現するかのように、静かに佇む絶対的な敵。

 どうする。どうすればいい。

 森の民、そして仲間たちの視線が、指揮官である俺に答えを求めるように突き刺さる。回復しきれていない肋骨の痛みが思考を鈍らせようとする。


(落ち着け……冷静になれ……奴のカラクリを見抜くんだ)


 俺は脂汗を流しながら必死に呼吸を整え、活路を探す。だが、その思考すらも見透かしているかのように、セイオンは諭すような穏やかな声で語りかけてきた。


「無益な抵抗は悲劇を増やすだけだ。賢者カインよ。君は聡明な男だと思っていたが、どうやら感情に流されやすいらしい」


 彼は、まるで出来の悪い生徒を教え導く教師のように、その歪んだ論理を説き始めた。


「もう一度言おう。君が三国同盟という、美しい『調和』を生み出してしまったことで、この世界の天秤は大きく傾いた。だから、私がそれを是正する。最も効率的で、論理的な方法でね」


 セイオンは、森の奥深く――賢者の神殿がある方角へと、その視線を向けた。


「あの神殿は、この森の力の源泉。大精霊エルメノスが眠る、この世界の魔法的特異点の一つだ。あれを破壊し、エルメノスを消滅させれば、この地に根ざす『調和』の力は完全に失われる。世界のバランスを取り戻すには、これ以上ない一手だろう?」


 その言葉は森の民にとって死刑宣告にも等しかった。

 ミラネの顔から血の気が引き、戦士たちの間に絶望的な動揺が走る。今や、彼らにとって大精霊は信仰の対象であり、森そのものなのだ。


「君たちがこれ以上、愚かな抵抗をしないというのなら、命までは取らない。ただ静かに、世界の『進化』を見届けるがいい。破壊の先に生まれる、新たな創造の瞬間をね」


 究極の選択。抵抗すれば皆殺し。抵抗しなければ、故郷の魂が目の前で殺される。

 俺がそのあまりに理不尽な問いに答えを出すよりも早く、動いた者たちがいた。


「……ミラネ殿」


「ええ、ヴィンドール様……!」


 ヴィンドールとミラネ。

 森の過去と未来を象徴する二人が、静かに、しかし、揺るぎない覚悟を持って、一歩前に出た。彼らは、俺が指揮官として判断を下すまでもないと、自らの意志で決断したのだ。この森の魂を自らの手で守り抜くと。


「我らが叡智の全てを懸けて、この森の(ことわり)を守る!」


「ええ! あなたのような狂気に、私たちの故郷を渡したりはしません!」


 二人の声が重なり合い、森全体がそれに呼応した。大地が脈打つように震え、木々の葉がざわめき、風が守りの渦を巻く。

 二人はこの森そのものを触媒とする、古の封印魔法を発動させようとしていた。


 幾重にも重なる、複雑で荘厳な魔法陣が二人の足元に浮かび上がる。それは、この森の長きにわたる歴史と、精霊たちの祈りが編み上げた、最強にして最後の希望だった。


 だが、セイオンはその光景を、ただ心底つまらなそうに眺めているだけだった。


「……やれやれ。まだ、そんな古い『理屈』にすがるとは。実に非効率的だ」


 彼が、指先を軽く動かした。魔法の発動すらさせない。ただ、それだけの動作。

 次の瞬間、術式を紡いでいたヴィンドールとミラネの脳を、直接内側から鷲掴みにするような、不可視の衝撃波が襲った。


「ぐ……あ……っ!?」

「きゃっ……!」


 声にならない悲鳴。

 二人の視界が白く点滅し、思考が強制的に遮断される。それは痛みではない。脳という器官そのものが、外からの干渉によって機能不全に陥るような、絶対的な拒絶感だった。


 パリンッ……ガシャアアンッ!!


 ヴィンドールとミラネが紡いでいた古の封印魔法は、その美しい形を保つこともできず、ガラス細工のように空中で砕け散った。

 二人は頭を抱え、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。その鼻と耳から、細く赤い血が流れていた。


「ヴィンドール様! ミラネ!」


 エルンの悲痛な叫びが響く。

 森最強の魔術師二人がかりの秘術さえも、子供の遊びのようにあしらわれた。


 セイオンはその光景に何の感情も示さない。ただ、冷たい瞳で俺を見つめている。


「理解できたかな、賢者カイン。君たちが積み上げてきた力も、覚悟も、私の前では何の意味もなさない。さあ、どうする? まだ抵抗を続けるかね?」


 その底知れぬ瞳が、俺に最後の答えを無慈悲に迫っていた。

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